転章【激闘編】 第十一話「獣王ふっさ」
眼を開けると、見慣れた天井が浮かんだ。
すやすやと隣から聞こえる寝息に目をやると東吾がいつものように眠っているのが見えた。
朝か。
まどろむ目をこすりながら普段通り着替え訓練室へとむか―――
「・・・あ?」
そうだ、昨日、俺はシンバに負けて―――そうだ。
(((強い奴の、意見が通るんだ)))
「ふっさぁああああああ!!!」
「にょおん♡」
「あれ?」
足元にすり寄るこの感触は―――。
「ふっさ?」
「にょおん♡」
ふっさは生きていた。
「・・・なんで?」
喜ばしい事だが・・・理解が追いつかない。
俺は負けた。
確かに完敗した。
・・・なんでふっさが無事なんだ?
そんな事を考えていたら、トンッとふっさが肩に乗った。
「にょおん♡」
すりすり。
ふっさの温かい体温が頬から伝わる。
「ま・・・いっか!」
「にょおん♡」
そうだ。よく分からないが・・・。
有名な漫画家の人も言ってたじゃないか。
「にょお~ん♡」
これでいいのだ。
よくわからないけど、とりあえず結果オーライだ。
ふっさが無事で、よかった。
「おはようございます」
「ハレ太!!」
けだるい体で向かった訓練室には、いつものように上半身裸で全力で木刀を振るうシンバが―――いなかった。
代わりに早希と美麗が木刀を持ち体を動かしていた。
さわやかな汗が流れている。
二人の頬は紅い。
「具合は大丈夫・・・?!」
「大丈夫だよ早希ちゃん、ほら」
ひょい、と早希をお姫様抱っこした。
早希の体は軽い。
「ちょっ・・・降ろしなさいよ!」
俺は知っている。
こんな事を言ってるが彼女はまんざらでもないという事を。
早希が実は乙女であり、お姫様抱っこ(こういうの)に密かに憧れる純粋な少女であることを。
早希を抱えたその場でくるくると回った。
「ちょ、ばっ・・・美麗さんの前っ!!」
恥ずかしがって俺を殴らないのがその証拠だ。
ぐひひ。
俺は知ってるんだぜ。
早希がさりなと‘‘理想のキスのシチュエーション‘‘について熱く語っていたのを。
「ほれほれ~」
くるくるくる。
早希は頬をさらに赤く染めてわなわなと震えている。
「~~もうッ!!」
なんだこれ。
楽しいな。
「ほれほれ~」
くるくるくる。
「ほれほぐばぁっ!!」
俺は腹を抑えうずくまった。早希のリバーブローが炸裂した。
「ハレ太君といいシンバといい、なんで殴られるまで気づかないんでしょうか・・」
「・・・馬鹿!」
だが頬を赤く染める早希はやはり乙女なのだ。
渾身のボディブローを的確に急所に放てる、力強い系女子だ。
「早希ちゃん、そう言う割りには顔がにやけてますよ?」
「ふぇっ?そそそそ!そんなことないんだからっ」
早希との会話でぼひゅんと音が出そうなほど真っ赤になる早希の顔は、年頃の女子高生らしくて実に可愛らしい。
「ぐぉおおお・・・」
ただ繰り返すが俺の腹に叩き込まれた拳の質は明らかに乙女のそれではない。
俺が悶絶する横で、二人は10分程からかい合いきゃっきゃとガールズトークを繰り広げた。
「ハレ太君・・・あなた3日も寝てたんですよ?」
俺は早希の方に向き直った。
「・・・3日も寝込んだ病人殴るの?」
「あんたが悪いんじゃない!」
ブンッ。
早希の拳が空を切った。
「先眺眼・・・発動」
「くっ・・・!!」
「二人ともふざけてないでちゃんと聞いてください」
「はい」
珍しい。
美麗の顔にあまり余裕がない。
「シンバは・・・あなたが気絶した後、すぐに倒れました」
倒れた?
おかしいな。
「は・・・はぁ」
「そして次の日・・・内爺が帰ってきました」
「老師が・・・?」
「そうです・・・そしいて奴の手掛かりをつかんだと言うと、シンバと二人で直ぐに遠征にでていきました」
「たった二人で・・・?」
危険だ。
遠征戦は刀匠級4人以上で出撃するのが基地でのルールだ。
それを二人で・・・。
あ、でも内田はいつも一人だからわりと平気なのか。
そんなことより、だ。
「奴の手掛かり・・・?」
「そう・・・奴。夢の少女です」
「なんだって!?」
夢の中で、少女は確かに言っていた。
「1000匹殺せば貴方が帰れる。私を殺せば皆が帰れる」と。
その手掛かりがつかめたというのか。
その時だった。
カンカンカン!!
「敵だーーーっ!!」
迎撃戦の合図・・・!!
「・・・今、老師と師匠はいないんですよね?」
「えぇ・・・そうなりますね・・・」
美麗の額に一筋の汗が伝った。
垂れている汗は多分、冷や汗だ。
おいおいおい。
割りとこれまずくないか?
「私達だけでも、基地は守るわ」
こうして最高戦力を二つ削られた、迎撃戦の始まりの幕が上がった。
・・・大丈夫だろうか。
2時間後、俺達の心配は杞憂に終わることとなった。
「グォオオ・・・」
「圧巻ね・・・」
ズシャァ!!
俺達の視線の先で、ふっさが最後の一匹を切り裂き肉塊へと変えた。
「まさかふっさちゃんが・・・こんなに強いなんて」
戦いの最中、俺の血を舐めたふっさが暴食種化したときは正直終わりを覚悟した。
雄ライオンのようなふっさを見た俺の頭の中には、
正直/(^o^)\(やべぇ終わったの意)の文字が浮かびまくった。
だがふっさは自らの体を暴食種化させると人間達を守るように敵を蹴散らした。
長期戦を覚悟した俺達は、ふっさの活躍によって救われた。
「あんちゃん・・・!!」
「藤司・・・」
戦いが終わりを告げ、藤司がタオルで汗をふき取りながら興奮の表情で近寄ってきた。
「ふっさのその姿・・・!!」
そうだ・・・。
初めてだ。
前回の遠征にいなかった藤司はふっさの暴食種化を見るのは確か今が、初めてだ。
「グルルル・・・」
「ふっさ・・・どうどう」
俺はふっさをなでながら若干俯いた。
こいつも危険だからふっさを殺さないととか言うのだろうか。
正直勘弁してほしいな。
「超かっこいいじゃん!!僕にも触らせてよ!!てか、乗っていい!?」
前言撤回。
藤司はいつも通りに藤司だ。
不安があった迎撃戦は、その後も最高戦力抜きで数を重ねるも、ふっさの活躍によって死亡者をわずかに抑え続けることとなった。
0ではない。
わずかだが、墓も作らないといけなかった。
だが俺とふっさの連携も少しずつ形になっている。
これからは大丈夫だ。
「ふっさ~よく頑張ったわね!」
「ぐるるる・・・」
早希が暴食種化したふっさの顎をなでると、ふっさは気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「にょおん♡」
「・・・見て!すり寄ってきてるわ!私に懐いてるわね!」
「ふっさは誰にでもそれやるけど・・・」
「・・・」
兎も角、こうしてふっさは基地の皆に再び受け入れられた。