転章【激闘編】 第十話「欲を通す強さ」
「意地を張りだした男は本当に面倒くさいですね、早希ちゃん」
「全くだわ」
あれから俺とシンバ間の会話の一切が消えた。
訓練室で共に刀を振る際も、
遠征戦の作戦を練る際も、
食事を皆で取る際も、
シンバは必要最低限の事だけを告げると、ふらりとどこかへと消えるようになった。
皆は腫物を扱うようにシンバに気を遣っていたが、
美麗と仏子が「うちのリーダーはいつまでいじけてるのかしらね」「まぁまぁ子供みたいに頑固なところがまた可愛いんじゃないんですか」と冗談を言った際に、
「ぶっとばされてぇのかお前ら!!」
と本気で怒鳴ったことでそれは本格化し、
遠征隊の皆の間にぎすぎすとした空気が流れるようになった。
俺達はもう、仲良く二人で壁に突き刺さることもなくなった。
ふっさは今まで通り、いや今までよりずっと俺にくっつくようになった。
心配はかけさせないと言わんばかりの表情だ。
彼は四六時中俺にくっついた。
「結局ふっさちゃんは何も変わりませんね」
美麗は俺の頭の上で眠るふっさを見て優しく声をかけた。
「美麗さん・・・すいません、俺のせいで」
ぴこん。
うつむく俺の額に美麗の細く、白い指があたった。
「ハレ太君は悪くありませんよ。でも喧嘩するなら外じゃなくて中でしてください」
そういって悪戯っぽく笑った。
「悪いのはシンバです。シンバは馬鹿です。それに加えて単純で短気です」
「えぇ・・・」
「でも―――3年くらい前ぐらいでしょうか、彼は皆の前で言ったんです」
「なんと?」
「俺が必ず、皆を元の世界に帰してやるって」
「・・・」
本当ですか?
とは言わなかった。
シンバがそう言うのは想像に易い。
標的である夢の少女を倒さねばならない、手掛かりが皆無といえるほどにないこの状況でも彼は言うだろう。
無根拠な癖に堂々と胸を張って、自信たっぷりと。
こんな世界なのに―――。
自信満々に次々と敵を倒していく彼に皆が着いてゆきたくなる。
そんな不思議な力―――リーダーシップと呼ぶのだろうそれを、シンバはこの基地の中の誰よりも持っている。
「だから、私はあの人について行ってしまうんです。もちろん私も死ぬのは怖いのですが――」
その言葉を口にした美麗の顔は穏やかなものだった。
そうか。
美麗もシンバの力に虜になった一人なのだ。
「美麗さん俺・・・師匠と話してきます」
自然と口がそう動いた。
「ええ。そのほうが良いと思います」
美麗は普段通り笑って、俺を送り出した。
コンコン。
訓練室のドアをノックした。
いるか・・・?
返事がない。
ドアを開けるとその男は、ちょうど入口の向かい――出てきた俺と相対するように訓練室の奥の玉座に座っていた。
「とうとうここまで来たか」
「どこのラスボスですか師匠は」
俺が真剣な表情でそういうとシンバはハハッと笑った。
「面白ぇよな、お前と話すのはよ」
「俺もそう思います。だから師匠」
仲直りしましょう。
そういい終える前にシンバは立ち上がり木刀で打ち込んできた。
「うおおおあっ!!」
カッ!!
咄嗟に壁にかかっていた木刀で受け止めた。
「あいつを殺す覚悟はできたか?」
「・・・まだ言ってるんですか」
シンバに先ほどまでの笑みは消え、鬼のような表情が現れた。
「てめぇに何がわかる。この基地を作り上げてもいない、仲間の死を経験したことのない、引き籠って小説書いてたてめぇに何が・・・!!」
グググ。
瞬時に俺の身体をヴヴ、と白い練気が包むこむ。
「・・・気纏、発動」
バッガァアアン!!
俺は力任せにシンバを壁まで吹っ飛ばした。
「・・・分かりませんね。ふっさは大人しくしてる。無害だ!ふっさに害はない!・・・俺が分かるのは、師匠が必要以上にふっさを怖がってる事くらいです」
ガラガラガラと、崩壊した壁の瓦礫を押しのけシンバがむくりと起き上がった。
「あぁ、怖いさ。怖ぇんだよ・・・」
「怖い?その気になったら暴食種化したふっさですら一撃で倒せるくせに・・・怖い?」
「万が一その時誰かが怪我でもしてみろ。そして死んでみろ!!俺はお前らに向かってどんな顔をして何を言えばいいんだ!あぁ!?」
「あんたは何を見てるんだ!!」
俺は両指で自らの頭の上ですやすやと眠るふっさを指さした。
「こんな平和そうに寝てる奴が人を襲うわけないだろぉがぁあああ!!」
「ほぉ!何かあった後にてめぇが責任を取るってわけか!!立派なもん」
「びびってんじゃねぇよ!!」
「てめぇ・・・」
「・・・」
埒が明かない。
俺はふっさは安全だという。
シンバは万が一があるから危険という。
どちらの意見も筋は通っている故に、どちらかが折れるしか道はない。
俺は絶対に、折れない。
シンバも同じだろう。
「強くなるのに必要なモンが何か・・・分かるか」
ぽつりと。
唐突にシンバは言った。
直接的な発言が多いシンバから出てきたとは思えない言葉だ。
「何の話ですか」
眉間にしわが寄った。
「どうもお前ら日本人は消極的すぎる。俺はアメリカに行って改めてそう思った」
「は・・・?」
何が言いたい?
「欲しいなら欲しい。むかつくならむかつく。好きなら好き。感じたままに行動すればいいのによ。お前らが気にするのは他人からの視線、世間体・・・つまんねぇもんばかりを自分の欲より優先しやがる。本能に嘘をついてごまかして―――強くなれるはずがねぇんだ。美麗も、仏子も、藤司も、早希もな―――あいつらはちったぁマシだがまだ弱い。でもなハレ太・・・お前だけは違う」
「・・・」
「お前は―――強い。し、まだ強くなる」
「何を・・・」
俺が強い―――?
嘘だ。
確かに腕っぷしはマシになった。
正直、気纏と先眺眼を併用すればナンバー3と呼ばれている仏子にも負ける気はしない。
だが強いとは思わない。
俺はシンバや、内田、彼らのようなずば抜けた強さを持った男達がいることを知っている。
それに――俺は打たれ弱い。
だがシンバは真面目な表情で言葉を切らさなかった。
「お前はその化け物を生かしたい。俺はそいつを殺したい、と思っている」
「・・・」
「お前は俺に屈することなく自分の欲を貫いた。だが、俺も貫かせてもらう」
回りくどい言い方だな。
何が言いたい?シンバらしくない。
「俺達みたいなのがぶつかったらどうなるか分かるか」
「・・・分かりませんね」
「強いほうが生き残る。だ」
眼の色が変わった。
殺気を孕んだ、シンバが敵を仕留めんととするときの眼。
木刀が即座に構えられ、雄たけびが轟いた。
「豹袁人ァアアア!!」
やっぱりこうなるのか。
この脳筋野郎が。
俺は予め気纏で発動しておいた練気を眼に集中した。
先日の件で、先眺眼の弱点は分かっていた。
それは相手が俺の動きによって対応を複数考えた(・・・)場合、その数だけ先眺の影が幾重にもぶれてしまうという欠点だ。
いくつもの未来の姿が一気に目に映ると、とてもじゃないが反応は出来ない。
ということは、だ。
解決策は一つ。
考えさせる間もなく殺る、だ。
奇しくもそれはシンバが教えた暴食種化の対策に酷似していた。
何もやらせずに、殺る。
「先手必勝!!」
ダンッ!!
俺は地面を蹴り、まだ距離がある内に空中で居合を十閃、全力で放った。
練気を纏った刀は、振り抜いた刀の斬撃を‘‘飛ばす‘‘
かつて老師・内田が見せた練気を刀に纏わせる技術。
「気纏刀ォオオオオオ!!」
飛ぶ斬撃。
空気を切り裂きながら、斬撃がシンバへと迫った。
「ぐおあっ!?」
斬撃の初弾がシンバの身体を吹き飛ばし壁へと貼り付けた。
次いで放った無数の斬撃が直撃する。
ズババババババババ!!!
死にはしないだろうか。
右手の木刀を握りしめた。
・・・真剣じゃないんだ。
大丈夫だ。
気絶ぐらいで済む。
瞬間、土煙の中から強烈な殺気があふれ出した。
「ひぃっ」
脚が竦み、腰がふわっと抜けそうになるのをなんとか踏みとどまる。
最初暴食種と相対した時の覚えのある感情が体をびくっと痙攣させた。
恐怖に竦む。
(((土煙の中から、シンバが飛び出してくる)))
「来るなァアアアアアアアア!!」
飛ぶ斬撃で迎撃する。
「ウォオオオオオオッ!!」
練気の出力を限界まで引き上げ、先程と比較にならない量の斬撃を放つ。
「オアアアアアアアアアッ!!」
ズババババ!!
腕が重い・・・。
「オオオオオッ」
ズババ・・・。
「ハァッハァッハァッ」
ズバ・・・。
徐々に腕のキレがなくなっていった。
腕が、
肩が、
重い。
肩に鉛でも仕込まれたかのように動かない。
「ハァ・・・ハァ・・・」
もう腕が上がらない。
先眺眼はとっくの昔に発動が解けており、肉眼でしかシンバの姿は確認できない。
それにしても・・・。
眼を覆いたくなるような光景が広がっていた。
訓練室の分厚い壁は、飛ぶ斬撃により巨大な三日月の形に抉られ無数の太刀傷が天井まで続いていた。
「やりすぎたか・・・?」
もしかして、腕とか千切れてるんだろうか。
いや、シンバは頑丈だ。
気絶で済んでいるだろう。
根拠はまったくないが・・・。
「よぅ、もう終わりか」
「な・・・!!」
砂煙が晴れると、そこには人間の姿をしていない、別の生物がいた。
筋肉はさらに肥大化し、大きな凹凸が体に陰影を付けている。
首周りが太い金色の剛毛で覆われ、上半身が獅子の姿となっている。
「獅子袁人」
百獣の王たる獅子の力を宿したシンバの姿を見た。
見たはずだった。
「ガッ・・・!!?・・・」
次の瞬間、
ゆっくりと地面が迫ってきた。
やられた!
・・・やられた?
何をされたかは分からない。
「ふっさ・・・ふっさ・・・」
俺の、負け―――??
ドサリ。
俺は訓練室に倒れこんだ。