間話「神場進之介の専門分野」
平凡な人間だと認めて、一般人として普通に死にたくない。
金持ちの家庭に生まれた俺はいつしかTVに映る天才子役や、甲子園の選手などの同年代でテレビに出るような才覚者に強烈な憧れを抱いた。
俺は金持ちの家庭に生まれただけで、平凡だった。
恰好良いなぁ。
俺もいつかこんな風にTVに出たいもんだ。
何か俺にも夢中になれる物はないだろうか。
金で手に入る快感はたかが知れていた。
遊んで、
遊びつくして、
そのおかげで分かった事は、金で得る事の出来る快感には限界がある、という事だ。
俺はそのまま金持ちの‘‘普通‘‘の大人になるのがとてつもなく怖かった。
大人は普通が素晴らしいのだと言う。
あいつらは分かっていない。
普通っていうのは比較的容易に手に入れられるから普通と言われるのだという事を。
勿論その普通でさえ手に入れられない底辺の者は下を見れば溢れている。
環境で言えば俺はヒエラルギーの限りなく上にいるのだろう。
だがそんな‘‘下‘‘を見て満足したフリをするのは何か違うんじゃないだろうか。
特別な一握りの者しか味わえない幸せをつかみ取りたいのだ。
自らの力で。
それがなぜ分からないのか。
「俺はプロボクサーになる。独立する」
「馬鹿が。勝手にしろ」
半ば勘当されたように家を飛び出した。
「おやっさん、俺を内弟子にしてくれ!!」
「はぁ?」
家を出て、ジムの会長のもとに無理やり居座って四六時中ボクシングに打ち込んだ。
俺は間違ってない。
間違ってないんだ。
の、はずなのに家族や親族の誰一人にも俺の考えは理解されなかった。
それでも。
俺は間違えていない。
その考えの正しさを証明するのは結果しかなかった。
プロになるという結果のみが俺の正しさを証明する。
だから絶対にプロにならなければならない。
周りに宣言した俺にもう後戻りは出来なかった。
身体を鍛えまくった。
高校を卒業するまでには成果がほしい。
そして高校2年の時にプロデビューを果たした。
苦しかった日々が報われた。
あぁやっと解放された。
素晴らしい達成感だ。
日本王者なるのに時間はかからなかった。
あれよあれよと言う間にうまく事が運ばれ、俺は世界大会デビューを果たした。
やっと特別になれた・・・。
これで俺も楽しく生きられるだろうか。
毎日このままじゃだめだと不安に駆られる事なく、小さな幸せを感じられるようになるだろうか・・・。
が、世界大会、俺は惨敗した。
判定での決着となり、俺は大差で敗北した。
八百長だった。
「ふざけんじゃねぇぞこらぁああああああ!!」
「やめろシンバ!!おちつけ!!」
「落ち着いてられるかよぉおおお!!」
俺はその事件でプロ資格を剥奪された。
こうしていとも簡単に居場所を失くした俺は学生の頃ツルんでいた悪友たちのツテ(・・)を頼りに、渋谷のクラブなどで用心棒をするようになった。
5年後。
【 喧嘩屋と格闘家、果たしてどっちが強いのか?「BREAKE』第5回大会は、「地下格闘技の世界で連戦連勝の快進撃を続ける素人の喧嘩屋チームが、プロの格闘家チームを迎え撃つ」という刺激的なマッチメイクで話題を呼び、前売りチケットはあっという間に完売。約15メートル四方の会場は、立ち見を含む数百名の客で酸欠寸前のスシ詰め状態となった。 】
【 喧嘩屋チームの顔ぶれは、「渋谷専門の用心棒」を生業とする神場グループの精鋭達。ストリートファイトを得意とする元不良ばかりである。
対する格闘家チームは、ボクシンングジムから選抜された、若きプロ集団だ。 】
【 この両者が激突するとなれば、否応なしに注目は高まるわけだが、試合に負けず劣らずスリリングだったのは観客の層。格闘技オタクはほぼ皆無で、ダークスーツを着た本職とおぼしき御仁や、ガラの悪い渋谷系の若者が大半を占め、リングサイドのVIP席には「麻薬商人」こと高須氏、関係者席には麻薬売買で執行猶予付きの判決が出たばかりの井上氏や、恐喝事件で不起訴処分になったばかりのシネマ俳優・銀二氏の姿も。 】
【 そうしたコワモテどもが見守る中、全5試合が怒濤のごとく繰り広げられた。「1R決着」「頭突きあり」の喧嘩マッチゆえ、どの選手もゴングが鳴った直後から、スタミナ配分を度外視してフルスロットルでぶつかり合うのが恐ろしくも面白い。殺気に満ちた選手の表情を至近距離で見て取れるばかりか、バチンバチンという打撃音が耳に痛く、汗や血しぶきまで飛んでくる。興奮した観衆からは「折れ!」「殺せ!」などの怒号も飛び交い、さながら映画「ファイトクラブ」並みの怒号に会場は満たされた 】
~~~中略
白熱の5戦は4勝1敗、喧嘩屋集団の圧勝という結果に終わった。その喧嘩屋集団のリーダーの名は、神場進之介 】
【かつて世界の頂点に挑んだ男である】
(2005年12月10日号、大日スポーツ新聞より抜粋)
この記事を読んで次の日。
目が覚めたとき、この世界に迷い込んでいた。
そしてハレ太と出会った。
仲間だと思った。
あぁこいつも、もがきながら、一人で歯をくいしばりながら頑張っていたのだなと。
俺以外にもいるんだよな、こういうのが。と。
幼い頃から知る旧友を見つけたように。
心から、嬉しくなったんだ。