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ヒトクイー暴食種狩りー  作者: 太陽に灼かれて
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承章【邂逅編】 第八話「暴食種(ランシュ)3・白牙」

 内田との修行の末、俺は刀匠級の権利を手に入れた。


 修行の末に・・・。


 はぁ。

 いやぁ中々ね。

 やばかったね。 



 冗談抜きで死ぬかと思ったね。



 いやこっちの世界に来て毎度の事死にかけてるけどね?

 でも今思い出すだけでも、あの人との修行は別格だった。

 まさに地獄・・・。

 あれはそう、まだ俺が初遠征に出て間もない頃の事だ。


「実戦あるのみですね」

「え?老師?え?」


 俺は基地外に一人放り出された。


 しかも夜だ。


 この夜というのが重要だ。

 初夜にシンバが言ったことを覚えているだろうか?


「いいか、夜は絶対外にでるんじゃねぇぞ。夜は‘‘奴ら‘‘の嗅覚と聴覚が鋭敏にうんたらかんたら~」

「夜は絶対外にでるんじゃんねぇぞ」

「夜は絶対外に・・・」


「うわぁあああああああっ!!!」

「ふぉふぉふぉ。若人を伸ばすのは実戦に限りますねぇ」


 俺は夜、外に出されたのである。


 これがいかに危険な事かお分かりいただけるだろうか?

 怯える俺を喰らわんと、わらわらと押し寄せる腐乱人腐乱獣。

 内田は木の上から楽しそうに俺が苦しむ様子を観察していた。

 俺はその時、10匹目を斬ったあたりで気を失った。


 意識が戻ると、食事を大量に取った後に打ち込みの見稽古、数稽古。

 そして深夜まで再び睡眠。

 夜になれば無理やり外に放り出され限界まで奴ら相手に実戦稽古。

 機会があれば遠征戦。

 そんな地獄のような生活に慣れた頃だった。

 刀身が真っ赤に染まったのは。


「それで、あんたの固有能力はなんなの?」

「あんちゃん、俺もそれ聞いてないよ」


 遠征戦から帰還するバスの中で、早希が言った。

 前の席から藤司が身を乗り出して言った。


先眺眼(せんけいがん)


 シンバが前を向いたまま言った。


「だよな、ハレ太」

「はい、師匠」

「なんでリーダーだけ知ってるんだよー」


 藤司が口を尖らせた。

 敵を前にすると鬼のように容赦がなく斬り殺す藤司でもこういうところは流石にまだ中学生か。

 こういうの見ると安心するな。


「俺も詳しくは聞いてねぇさ。ハレ太、皆に説明してくれ」


 シンバはバスの進行方向を警戒したまま言った。

 ちなみに内田が単独遠征にでている今、バスが襲撃に遭った際の対応はシンバを中心として全員で行っている。

 とは言えバスはすでに基地近辺の林の中の道に入っている為、ひとまずここまでくればほぼ襲撃はないと言っていい。

 比較的容易に事を終えた遠征の帰りの車内には穏やかな空気が流れていた。


「先眺眼は、相手の‘‘先を見る‘‘眼の事を言います」

「先を見る眼・・・ですか?」

「そうです。刀匠級になった時から、気纏で体全体に纏った練気が精密に制御出来るようになりました。練気の部位移動を目に、具体的には眼球付近に集中させることで相手の動きの先が読め・・・」


 む・・・。

 皆の顔に疑問符が浮かんでいた。

 特に早希はもう飽きたと言わんばかりに刀の柄をちょんちょんと手で弄っている。

 少し固いか。

 俺は美麗に向かって手を差し出した。


「手っ取り早く言うとこんな感じですかね」

「?」

「美麗さん、俺とじゃんけんをしましょう」

「?・・・はい」

「先眺眼、発動」


 ぼわっと小さな炎のような練気が目に宿り、すぐさま瞳の奥へと消えた。


「あんた、目の色が・・・」

「あぁ、能力発動中は変わるんだっけか」


 瞳の色は日本人が元来持つ茶色から翡翠色へと変わった。


「では美麗さん、じゃーんけん」

「「ぽんっ」」


 俺がグーを、美麗がチョキを出した。


「もう一回、じゃーんけんぽんっ」


 俺がグーを、美麗がチョキをだした。

 その後何度やっても結果は同じ。俺の全勝。


「これがハレ太君の能力・・・」

「なるほど、これは便利でござる・・・」


 仏子と美麗が感心したように言った。

 うん。

 大人組に褒められるのは悪い気分じゃないな。


「そうです。俺はじゃんけんにおいて無敵・・・」

「「「「「そうじゃねぇよ」」」」」


 車内の皆の声が重なった。

 ナイスチームプレイ。

 刀匠級遠征隊の息は今日もピシャリと合っている。




「止めろ」


 基地まであと1キロないという地点で、シンバはバスを止めた。


「奴だ。白牙がいる」

「!!」


 バスの中に戦慄が走った。

 白牙とは基地近辺に生息している猫型の暴食種の個体―――

 そう、最初の迎撃戦時に現れた雌ライオンの姿をした強力な個体を示す言葉だ。


 シンバの視線の先、バスの通る道の100メートルほど先には一匹の黒い猫が立ちはだかっていた。

 普通、暴食種は戦闘形態じゃない限り一般的な動物と見分けがつかない為、あれはただの猫ともとれる。

 だがその黒猫は遠目でも分かるような殺気を孕んだ視線で俺達を射ていた。


「仕留めるぞ」

「「「「「了解!!」」」」」


 それだけで白牙と判断するには十分だった。

 シンバの言葉に俺達は一目散にバスから降り標的へと接近した。


「ガァアアアアアア!!」


 白牙は俺達が向かってくると認識した途端、ボッ!!と体を強靭に変化させた。

 暴食種化―――戦闘形態への肉体の活性である。


 ザワワ・・・!!と猫ほどの小さい体は大型の雌ライオンのように膨れ上がり硬い筋肉に覆われ、巨大化した牙が口元を覆った。


 今回のメンバーに老師、内田はいない。

 しかし、シンバ、美麗、仏子、藤司、早希、そして俺。

 ほぼフルメンバーがそろっている。

 遠征会議の際、白牙が現れてもこのメンバーなら倒せるとシンバは言っていた。

 ただ懸念材料が一つあった。


「一撃だ!!最初の一撃で決めるぞ!」


 獅子神輿!!

 シンバの声が聞こえた後、皆が次々と固有能力を発動する。


増殖(ぞうしょく)(けん)

「命の(メシア)

「3分間の英雄(インスタントヒーロー)

「回復する有酸素領域(リブテリトリー)


「「「「「発動!!」」」」」


 ただ一つの懸念材料、それは全員が疲弊しきっている事。

 最初の一撃で決める。

 それは作戦ではなく、最後の手段。

 皆、残りわずかとなった練気が込められた最後の一撃を―――最初に放つ。


 ズバアアアアアアアン!!

 完全に敵の虚を突いた一撃。斬撃の暴風が白牙を襲い、激しい衝撃は巨大な土煙を上げた。


「やったか・・・?」

「グルルルルルル・・・」


 が、白牙は肩口に大きな傷を、右前脚と尾を切断されながらもなお健在。


「まぁ、そう簡単にはいかねぇよな・・・」

「リーダー、もう練気が・・・」

「私ももう、発動できないわ」


 シンバはかろうじて立っていたが、ほかのメンバーの体はすでに疲労の限界を超えていた。

 ―――だがこういう時の為だ。


「ハレ太・・・あとは頼む」

「はい!!」


 俺が練気の消耗が少ない、気纏だけで戦っていたのは!!



 敵はシンバ達によって致命傷ともいえる外傷を負っている。

 今なら俺一人でも勝機はあるはず・・・。

 しかし、正直な所怖い。


「皆、下がって・・・」


 まずは戦うより先に安全の確保だ。

 奴が逃げてくれるなら最もいいのだが・・・。


「ハレ太!!殺れぇえええ!!」

「・・・」


 シンバが叫んだ。

 やっぱ戦わないと駄目か・・・。

 それもそうだ。

 今は好機だ・・・!

 今倒さなければ白牙は後の脅威となる。

 迎撃戦に現れ、もしその際タイミングが悪ければ死者が出る。

 それは避けなければいけない。


「気纏、発動・・・!」


 ヴン・・・と白い練気が体を覆った。

 そして先眺眼。

 練気をさらに眼に集中させ先手を取る。


「先眺眼、発

「ガァアアッ!!」

「うぁあああっ!」


 ヒュンッ!!


 能力を発動する前に、白牙は俺の首元めがけ飛び掛かってきた。

 ぎりぎりの所で屈むと、頭上を奴が通りすぎ風を切る音が間近に聞こえた。


「ハァ・・・ハァ・・・落ち着け」


 あっっっっっぶねぇ・・・。

 バクンバクンと心臓が鳴った。

 野生の勘か?

 気纏のおかげで動きが俊敏になっていたのが幸いした。


「グルルルル・・・」


 白牙は切断された右前脚から血をブシュゥと流しながらも殺気に満ちた目を向けた。


「ガァアアアアオオオオオオオオオオ!!」

「ひぃぅっ!!」


 そうだ。

 敵は手負いと言えどかつてシンバ達を苦しめた暴食種。

 慎重に―――。


「受け身になるなハレ太ァアアアア!!」

「えっ?」

「早くとどめを」

 刺せ!!

 ドンッ!!


 シンバの叫びが届く前に、俺の腹に白牙の頭がめり込んだ。


「がっ・・・はぁ」


 穴が開いてしまったかと思うほどの痛みに意識が遠のく。

 そうだ・・・。

 暴食種を相手にするときはとにかく一方的に叩く。

 何もさせず仕留める。

 それがシンバと打ち合わせしたルールだった。


「ウウッ・・・」


 俺の身体はいとも簡単に吹き飛んだ。

 今ここで倒れたら追撃を受ける。

 野生のハンターはいちいち相手が起き上がるのを待ったりはしない。


「ううっ・・・先眺眼、発動ぅ・・・」


 悶絶するほどの痛みを抑え練気を眼に集中させた。


 ザザッ。


 なんとか転ばないように地面に着地してバッとすぐさま顔を上げる。


「げぇっ!!」


(((一直線に突っ込んでくる)))


 先眺の影をはっきりと追ってくるように突っ込んでくる白牙を、すんでのところで交わした。


 ビュンッ!!


「うぎぃっ!!」


 背骨が軋む。

 先ほどからズキズキと痛みが体中に走っている。


「気纏刀ォオオオオオオオ!!」


 刀に練気を流し込む。


(((着地して体勢を整え、即座に飛び掛かってくる)))


「ォオオオオ!!」


 俺は敢えて白牙が着地した所へ飛び込んだ。

 もうこれ以上時間はかけない!

 躱すんじゃなく、前へ!

 強く一歩を踏み込む。


(((首元に狙いを定め、噛みついてくる)))


 練習通り。

 俺は強く踏み出した脚で地面を受け止めると、その力を方へ、腕へと伝え逆袈裟の形で襲い掛かる白牙を斬りあげた。


「アアアアアアッ!!」


 ブシャァア!!

 練気を纏った刀が腹を引き裂き、鮮血が地面へと降り注ぐ。


 ドサリ。


 音を立て白牙は背後で崩れ落ちた。


「ハァッハァッハァッ・・・!?」


 倒れる白牙に振り向くと、その殺気の衰えない眼に一瞬体が硬直した。

 だが奴は俺を睨みつけたまま、地面へと突っ伏しただ苦しそうに呼吸をしているだけ。

 大量の血が地面を赤く染めた。

 反撃は、ない。

 勝った・・・。


「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」


 腕が鉛のように重い。

 数回刀を振っただけというのに・・・。

 これが実戦の疲労か。


「みゃぁー」

「・・・ん?」


 白牙が、鳴いた?いや違う。


「みゃぁー」


 白牙の、腹の中からはみ出した何かが動いた。


「胎児・・・!!そうか」


 合点が行った。

 なぜ白牙は俺達に襲い掛かってきたのか?


 白牙は賢い獣だ。

 俺達、刀匠級が俺達が抵抗もなしに喰われるの餌ではない事は分かっているはず。

 なのになぜ危険を犯してまで姿を現したか―――。


「白牙、お前・・・」


 栄養の為だ。

 自らと子を守る為、彼女は俺達に向かってきたのだ。


「みゃぁー」


 彼女は苦しそうに呼吸をしながら子猫をぺろ、と一舐めするとガクンと頭を地へと落とした。

 死んだ。

 長年基地の人間達を脅かしてきた白牙は最後、俺の目の前で母親として死んだ。


「みゃあん」

 白牙の腹の中から飛び出した子猫を拾い上げ、つながったへその緒をブツッと斬った。


「ハレ太・・・なにやってる・・・」


 ヨロヨロと近づいてきたシンバの目は若干の怒りを孕んでいた。

 それもそうだろう。

 白牙にはかつての仲間がたくさん殺されたのだ。

 否、喰われたのだ。

 俺は知らないが。


「とっとと殺せ。そいつは俺達の仲間を喰って生まれた暴食種の・・・」

「師匠・・・」


 だが殺す気にならなかった。


「ただの子猫・・・ですよ」


 白牙が戦ってるの姿と、倒れた後の母のような姿は全くの相反する姿だった。

 あの恐ろしかった白牙が、子を守る為に必死だったのだ、としか今は思えない。

 それに親が白牙でも、こいつはただの子猫だ。

 見た目もただの子猫だ。


「殺せ・・・ハレ太」


 ドサッ。

「師匠ッ!!」


 シンバはその場に倒れた。

 そして基地に着くまで気を取り戻すことはなかった。



 数週間後


「にょおん♡」

「か、かわいい・・・」


 猫型の暴食種・白牙から生まれた子猫、

 ふっさ(ふさふさの毛に依ってせりなが名付けた)

 は、瞬く間に基地内のアイドルと化した。

 未熟児として生まれた子猫、ふっさは小柄ながらも毎日もりもりと餌を食べている。


 生まれたばかりのふっさを皆は当初危険だと言ったが、こうしてもしゃもしゃと餌を食べるふっさを見てただの猫だと知るとその警戒心が失せたようである。


「にょおん♡」


 ぴょんと俺の足にふっさが飛びつき、するすると身体をよじ登り肩に乗った。


「ぐぬぬ・・・ふっさちゃんなんでそんな奴の肩に・・・」


 早希が悔しそうに俺を見つめている。


「ハレ太・・・ふっさちゃんを私によこしなさい」

「ふっさは俺の方が好きだってよ」

「にょおん♡」

「あんた・・・最近随分と調子に乗ってきたわね・・・」

「おっと、殴るなよ?ふっさが落ちて怪我でもしたらどうするつもりだ?早希ちゃん?」

「ぐぬぬ・・・」


 恨めしそうに俺を見る早希の姿は実に痛快だ。


 ぴょん。

「あ・・・」


 ふっさが俺の肩から降りた。

「・・・」

「ちょっとまって早希ちゃぐぼぁ!」

 ドゴォン!


「ふんだ!いじわる!」


 かわいい声をあげながら早希は俺の頭を壁へと突き刺した。


「にょおん♡」


 ふっさは壁からぶらんぶらんと垂れる俺の体をぺろぺろと舐めている。

 ・・・平和だなぁ。


 後から考えるとこのときの俺の考えは温かった。

 ただ楽観視していた。

 ふっさは子猫。

 だがあの暴食種、白牙から生まれた生物なのだという事実を。   


 ●承章【邂逅編】終



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