宣言
この世には、光に満ち溢れた街があるという。
どの家にも暖かなオレンジ色の光が窓から溢れ出し、人々の笑い声が絶えずにそこにある。
外を歩くものもまた、誰かと腕を組み、あるいは手を繋ぎ、支えあいながら柔らかな笑みを浮かべる人ばかりで―
誰もが幸福に笑い、誰もが一つになり、街を彩っている。
だが、光の街があるなどと言う事は嘘だ。
そこに居る全ての人間が、誰かと同等の幸福に満ちていると言う事などあり得ない。
孤独とは、一人の人間にあるのではなく、大勢の人間の“間”にある。
そして人間は自らが孤独である事を最もよく知る生物である。
だと言うのに、彼らは挙って言うのだ。
「彼は私の親友だ。」
何と浅ましい考えか。
所詮、友情などと言うのは名ばかりのものだ。
そもそも、人間等という生き物は親、兄弟をも恨み終いには殺す者もいる。
なのに友愛はあり得ると、誰かを愛する事が人間に出来るというのか。
だとしたら、それは本物の愛などではない。
ただの習慣だ。
それでも、それが愛だと言うのならお前はそれを貫くといい。
何れその意志が、お前を孤独にするだろう。
人間は一人で居れる事に慣れる。
例えば人里離れた山で長年暮らしていた人間ならそれは最早日常。
しかし、彼の元にほんの三日程誰かが共に暮らしたらどうなるだろう。
恐らく、彼は二度と一人では居られないだろう。
どんなに彼が一人で居る事は慣れているからと言ったとしても、彼はもう以前の彼ではない。
彼にとってはどんなに普通に過ごしても、その生活は他人から見れば三日前とは随分様変わりしているだろう。
何故、と聞かれれば容易い。
人間は最初から一人で居る事には慣れるが、少しでも人と触れ合ってしまえば一人になるのは耐え難い苦痛でしかないからだ。
独りになる事を選べなくなった人間。
彼らは、世界で最も不幸な者達だ。
だからと言って、光の街に行く事はお勧めしない。
何故ならあそこは-
世界が一つの篝火のように見えて、実際は全ての人間が自分の火を持っているだけ。
孤独な自分だけの火を。
人生というのは孤独であり続ける事だ。
それでも、誰かを求めてしまう時はこうすれば良い。
自分の手を伸ばしてじっと見つめる。
そうすれば、孤独は急に迫ってくるだろう。
もし、それに耐えられなかった時は―
全て、君に任せよう。
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海上から陸地に足を着けた時には東の空にあった太陽が、今は真上に移動している。
会合の開始が近い。
エイル・ウナヴァーガル邸に到着後、館の主に控え室へ案内された私は、軍服から正装に着替えると直ぐに“風の王”凪の元へ向かった。奴は飄々として掴みどころ無く、何を考えているのか櫁とは違った意味でよく解らない男だ。
普段の会合でも余り発言をする事無く、私と炬のやり取りをただ聞いていると言っても過言ではない。
ただ、偶に行き詰まった時に的確な事を述べるのも彼なのだ。
「いや、驚いたな。まさか月が俺の元を訪れて来るなんて思ってもみなかった。」
「自分でも吃驚しているよ。」
開け放たれた窓からは爽やかな風が部屋を通り抜け、壁をサラサラと伝うように落ちる水音は心穏やかにさせられる。
「風流な部屋だろう。」
「あぁ。」
「水は海水を濾過して巡回させているらしい。周りに飾られた植物もその水で生命を与えられている。」
「お前の城のようだな。」
「だから、ここに通されたんだと思うよ。」
凪は柔らかく微笑むと、木目を活かした硬いはずなのにしっくりと来る木の長椅子に腰掛けた私に新緑色のお茶を差し出した。
一言お礼を述べてから口に含むと、爽やかですっきりとした味わいと共に、エルダーフラワーの香りが鼻から抜けた。
「お前の国のお茶か。」
「職人が魔法を一切使わず丹精込めて作り上げた一級品だ。海底では滅多にお目に掛れないだろう。」
「まぁな。」
再びお茶を飲むと、カップを木で縁取られたガラス張りのテーブルに置き窓際に立つ凪を見据えた。
ドアの方にはルカと凪の聖騎士が一言も口を開かず静かに立ち、外への警戒を勤めている。
にしても、ルカの眉間の皺は何とかならないものだろうか。
「さて、ここに来たのはまさかお茶を飲みに来た訳ではないだろう。」
相変わらず視線を窓の外に向け、口元にほんの少し笑みを浮かべたまま、凪は私にそう問うた。
「今日、ここに櫁とアルファズルが来ているのは知っているな。」
「もちろん。厄介な獣付きで現れた事もね。」
「何を考えての行動だと思う。」
「さぁ、俺には理解できないね。君はどう思う。」
「私はお前の意見を聞きに来た。」
何時もなら特に何事もなく私から意見を述べるのに対し、そうではなかった事に相当驚いたのだろう。
凪はやっと私の方を眼帯に隠れていない側の目を大きく見開いて振り返った。
不謹慎だが、共にポカンと開かれた口に思わず笑いが溢れてしまう。
「笑うとは失礼な。」
「すまない。」
「まぁいい。」
彼は一つ溜息を零すと窓から離れ、私の前の椅子にどっしりと足を組んで座った。もちろん、“焔の王”のように豪快な座り方ではなくどこか品のある貴族のような―ではあるが。
「俺の意見はあまり参考にはならないと思うが、そうだな・・・恐らく、今回アルファズルが出席するのは櫁と結託しての事だろう。内容はこうだ。先日、君が“闇の国”へ聖騎士を潜入させた事が知れ、直接彼が赴く次第となった。しかし、それだけでは面白くない。そこで奴は何かを閃きアルファズルに連絡を取った。彼らにとって会合などは二の次。他にもっと重要なナニカを秘めている。この会合、俺達は二人の思惑という罠に嵌るのかもしれない。」
「罠?」
「そう。“天空の玉座”を掛けた、という甘い蜜に晒されて。」
凪が確信めいた事を口にした途端、タイミングを見計らったかのように外からドアがノックされ、再び館の主が姿を見せた。
まだ返事を返していないにも関わらず扉が開かれた事にルカは顔を顰め、何かを口にしようとしたが男の後に金糸の髪を持つ男と、彼に従うように立つ軍服の男の姿を捕え、開きかけた口を閉じ一礼した。
それに館の主が口を開こうとするが、ルカは手で制すると部屋内の王達に向き直り用向きを伝えた。
「月様、周様がお越しです。」
「周が?」
私の疑問の声と共に周が部屋に足を踏み入れると、凪は何が可笑しいのか声を立てて笑い出した。
「すまない、けど何も無いから大丈夫だ。」
「私はまだ何も言っていませんよ、凪。」
「何、言いたい事は分かってる。お前もお茶飲むか。」
「是非、と言いたい所ですけれど・・・時間ですよ。」
「それで?態々部屋に居なかった月を探して―」
「私を―何だ?」
「いや、俺の口から伝えるのは無粋なのでね。口を噤んでおこう。」
その後も凪はクスクスと小さく笑いながら茶器を片付けると、仮面を手に取り身に着けた。
「それにしても、何故アルファズルは王に仮面を着けさせるのかね。皆顔を知らないわけではないのに。」
「さぁ、私にも理解できないのですけれど・・・。」
「趣味のようなものだろう。」
些細な文句をたれながら三者デザインの異なった仮面を着け、それぞれの騎士を従え会合の開かれる広間へ足を進めた。
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館の最上階―ルーフトップガーデンには、艶やかな色彩のバラが蔓を巻きながら咲き誇っていた。
一般開放されている際には多くの人々が訪れ、時折開かれるミニバラの花冠作り体験で活気溢れる場所だ。しかし、今日はその活気も無く普段多くのテラス席が置かれている場所には白い円卓と、重厚な椅子が人数分用意され、焔の王がその一つに座していた。
「お前ら遅ぇぞ!と言いたい所だが、何故か俺しか居ないという不思議な状況だ。」
「それはそうだろう。今日は誰も一人で来たくはないさ。」
「今日・・・って何かあんのか?」
炬の一言により、椅子に腰掛けようとしていた王達は中腰の姿勢で、あるいは机に手を突き、座るまで至っていない状態で、はたまた既に座った状態で思考を停止させたりと三者三様の反応を見せた。
もちろん、これは彼らに付き従っていた騎士達にも言えるが―焔の王の聖騎士である樹は申し訳なさそうに・・・とはいえない表情で自らの王に告げた。
「あぁ、すいません。今日櫁様とアルファズル様が来る事を伝えるの忘れてました。」
「お前・・・。」
余りに酷いようではあるが、この王にこの騎士ありだと皆改めて思い、何事もなかったかのように席に着いた。
それを見ていた他の騎士達は不憫な炬に哀れみの表情を浮かべたが、自分の騎士を見つめて絶句する王と、ケラケラと頭に手を当てて笑う男の姿を目にし、最後はどうでもいいかと興味を無くすのだった。
暫くして笑い声が収まると、引きつった顔をしていた焔も何とか平静を取り戻し、月に声を掛けた。
「で、櫁サンは何しにここに来るんだ?」
「おそらく、楓の偵察がバレたのだろう。本人が無事帰ってきたところを見ると、闇の国を出る時にでも目撃された可能性がある。」
「アノ楓が?冗談だろう。」
「冗談ではないよ。」
炬の問いに、柔らかでいて薔薇のような鋭い棘を持つ声がそう答えた。
「僕が留守の間に随分面白い事をしてくれたようだね、月。残念なことに潜入されている間に彼を見つけることは出来なかったけれど。」
「櫁・・・。」
彼の登場により和やかだった場は凍り付き、色を失った。
まるで世界そのものが闇に包まれたかのように。
「さて、ここに居る面子と顔を合わせるのは何年ぶりかな。」
櫁は王の座る席一つ一つの背凭れに手を触れながら歩き、最後にやっと自分が座るべき所に落ち着いた。
皆が皆、彼に注目していた。
果たしてこの男は何をしに来たのか。自分達をどうするつもりなのだろうかと。
緊張が高まる中、ルーフトップへ繋がる階段から誰かが慌しく上ってくる足音が一つ届き、広間に入ってくるなりこう発した。
「櫁様、どうしてお一人で行動され―月様・・・月様!あぁ、麗しい。どれ程お会いしたかったか。」
不意に近付いてくる闇の聖騎士に呆気に取られるも、ルカだけは即座に反応し、早足で近付いて来た彼の前方を塞いだ。
「これ以上我が主に近付く事は許さない。」
「ルカ・・・俺は貴様になど用はない!」
鬼気迫る聖の姿にルカ以外の騎士達は剣に手を掛けた。
しかし、唯一その状況を口元に笑みを浮かべて眺める者が居た。
「聖、彼の言う通りだ。お前が容易に触れていい相手じゃない。」
主の声に唇を噛み締めて耐えると、深々と頭を下げて海の王へ非礼を詫び、悔しそうに拳を握り締めながら櫁の後に就いた。
「我が騎士が失礼した。こうなることを予期してもう一人の方をと考えてはみたけれど、聖がどうしてもと聞かなくてね。」
「櫁、今更何をしに来た。」
「月、その質問は必要ないだろう。」
「お前、本当に・・・!」
「お静かに。皆さん、どうぞ席にお着き下さい。」
気付けば立ち上がっていた月に対し発せられた言葉に、全員が入り口の方を振り向いた。ただ一人を除いて。
「遅れてしまい申し訳ございません。なにぶんやる事が多いものでして。」
「アルファズル、本当に来たのか。」
「王の招集に応じない訳にはいかないものですから。といっても、今回私を呼んだのは櫁様だけですが。」
意味ありげに含み笑いを零すと、彼は座る事なく両手を大きく広げ前置きする事無く宣言した。
「聞け、王よ!紳士も・・・。グラズヘイム王国の番人にしてユグドラシルの掟であるアルファズルが諸君に命ずる。“天空の玉座”を賭け争い、競え。勝者には永遠の栄光が約束される。後世に語り継がれる名声。与えられる力等、今とは比べ物にならない。」
彼の声に誰かが生唾を飲むゴクリという音が聞こえた。しかし、誰もがそれに反応する事無く、次の言葉を待った。
「ただ残念なことに、前回“天空の玉座”を賭けた時もそうだったのだが―、争いには必要不可欠だ。何が―、そんな顔をしている。では教えよう。君達には命を賭けてこれに挑んでもらう。拒否権などない。天空の国に相応しいのは最強の王のみ。全てにおいてカリスマ性がなければ話にならない。だからこそ、弱い王には撤退して貰う。天空の国からだけでなく、天空の属領を率いる5王としても。さぁ、今こそ決戦の時。皆の者、旗を掲げろ!」
世界は、終焉へと歩を進めた。
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