捕まる
人間の欲とは、斯くも恐ろしいものである。
そんな事を思ってしまうのも、僕がソレを一番よく知っているからだろうか。
あの時・・・
僕と同じように世界に絶望した彼女へ、執着という今までにない胸の高鳴りを知ってしまったからだろうか。
それとも、
世界の全てを―
少女を手に入れた時に感じた優越感か。
今となっては、その正体を知る事は出来ない。
あるいは、僕自身・・・
産まれた時から、他人とは何か違ったのか。
きっと答えを知っているのは、僕が唯一惹かれた、
彼女だけなのだろう。
********************************
―ミョズヴィトニル歴1805年春―
魔力を持った者は、力の強さによって寿命が決まる。
魔力を持っていない者の寿命は平均85歳。一般市民で魔力を持つ者は200歳。魔力を軍事力等に扱う者達は最低でも400歳。
聖騎士ともなれば700年は軽く、王では最高8000歳を超えたという記録もあるが、コレは一度だけ現れた天空の玉座を治めた者だけだった。
では彼らはどの様にして自らの魔力を知るのか―
ここ、グラズヘイム国では多少でも魔力を持つ者は15歳になると髪色や瞳の色が変化し、その者たちは一般の教育機関から学校の推薦を経て士官学校への入学を許可される。
学科は料理・掃除・洗濯といった商業科。幻獣召喚や守護・攻撃といった魔術教育科。以上全てを学びながら剣の腕を鍛える騎士科。最後に、自ら使役するモノと全ての魔術・剣を鍛える次期王専用の特薦科。
大まかに言うとこの様なものだが、準聖騎士以上の者は毎年居るものではない。彼らが仕官学校に存在するのは産まれながらに刺青を刻んだ“次期王”が誕生し15歳を迎えた年、あるいはその聖騎士・準聖騎士が死期を迎えた時のみ、教育を許される。
彼らを育てるのは現王と聖騎士。絶対に間違った事が起きぬよう徹底的に全てを教え込むのが伝統である。
ただ、現王でさえ次期王が生まれる年など知るわけもなく、後継者が現れるのをジッと待つしかない。今回も彼らが誕生してから随分月日が流れた。今までと比べれば早い方ではあるが、やはり1000年も経てば長く感じるのが人というもの。
そして本日遂に彼らは人前に姿を現す。
士官学校の広い中庭には多くの生徒が1ミリの狂いもなく整列し、3階のバルコニーを見上げていた。
理由はもちろん、現王と数人の聖騎士。更に幼い面影を残す次世代の王が立っているからである。
王は満足気に中庭を見下ろすと、中でも一際体格のよい四十代そこそこといった風貌の赤い軍服を身に纏った男が一歩前に進み、自分の喉元に手を当て学校中に響き渡る音量で話し出した。
「諸君、日々懸命に学ぶ君達に朗報がある。無論、これから共に学んで行く君達もだ。本日ここに我らの後継者がついに入学する事となった。彼らの誕生は我らが長らく待ち望んでいた事でもあるが―何より、この士官学校に通う騎士見習いの君達が1番待ち望んだ瞬間だろう。」
男は一度言葉を切ると満足そうに微笑んだが、彼の横に控えていた聖騎士が耳を押さえる動作をしたので拡声魔法を緩めるように一度喉から手を離し、誤魔化すように咳払いをすると再び喉に手を、しかし見た目からして指先の光り方が違う程魔力を抑えて再び話し出した。
「失礼した。少々気が高ぶってしまってだな…。さて、先程も述べたように今年は次期王が入学する。よって、これから騎士見習いとなる諸君。君達新入生の中から最強の十人と、それに次ぐ準聖騎士を選出する事となる。君達にとってこれ以上の名誉はない。何せ“王”に仕える事が出来るのだからな。
では、どの様にして聖騎士を決めるか・・・簡単な事だ。4年生から始まる闘技大会にて準聖騎士含む上位十五名を決定するのだ。見事一位となった者には、自動的に次期最強の王に仕える権利を与えよう。」
にやりという表現が合うかのような表情をするも、中庭にいる生徒達は困惑したような表情のままブツブツと何かを話していた。それを見て不服そうに男は控えていた自分の聖騎士に視線を向けると、呆れた様に首を振られてしまった。
その動作に自分は果たして何かしてしまったかだろうかとついに不安になってくると、後の方に控えていた蒼い軍服を身に纏い、白金色の髪をした男が彼の肩に優しく手を置いた。
すると不安気な顔がぱぁっと明るくなり、赤い軍服の男はその男に場所を譲るように一礼して一歩後に下がった。
男は先程の男同様、手を喉元に少しだけ触れるとすぐに手を離し優しい声色で話し始めた。
「皆さん、困惑させてしまい申し訳ありません。こうして騎士見習いの方以外に直接お会いするのは初めてでしょうか。“焔の王”烈に代わり、“海の王”である私、湊がお話させて頂きます。」
海の王の登場に生徒達のざわめきが変わった。
先程までは確かに、焔の王の説明に頭を悩ます呟きがポツポツと零れていただけだが、今は明らかに登場した人物へのざわめきに変わっていたのだ。
しかし、それも納得だろう。何せ彼こそ、現王最強と呼ばれる“海の王”なのだから。
「さて、只今烈が話した通り、次期王が入学した本年は大変素晴らしい。特に騎士見習いにとっては…。今までの闘技大会は騎士見習いにとって魔力と剣技を御互いに競い合う云わば公開試験のようなものでしたが、新入生においては大会で準聖騎士、もしくは聖騎士の称号を上位15名に与える決定戦となります。
試験は従来通り4年生から卒業まで行われ、年4回。サドンデス方式。
ただし、今までと違うのは先程も申し上げた通り聖騎士と準聖騎士を決定する為新1年生は学内のみで行われてきたこの試験を一般公開するものとし、正式な騎士決定戦とさせて頂きます。
大会の内容ですが、1学年ごとにサドンデスで順位を決めて行きます。これについてはどの学年も同じですが、新1年生は上位15名。上から10名を聖騎士候補、下5名を準聖騎士候補とし、特別配置する学科にて卒業するまでの間学んで頂きます。
では聖騎士とは何か―それは最も名誉ある称号-私達王に直接仕える3人の最高位の騎士です。
聖騎士は王の右腕となり、忠誠を誓う気高き者。準聖騎士は上位3人を支え、国の土台を固めて行くであろう賢き者。誰よりも厳しい訓練をする事となるでしょう彼らは、闘技大会において上位15名に入った者のみ。中でも聖騎士を束ねる聖騎士長となれるのは通算12回の大会の中で10勝以上1位をキープ出来た者だけ。今までにこの称号を与えられたのはただ一度。天空の王に仕えた騎士のみです。
かの王は元々光の王でした。もちろん、当時五王の中で最強と云われていた方ですが…。
その伝説とも言われる物語に従い、聖騎士の中で1位を獲った者には次期最強の王に優先的に仕える権利を差し上げましょう。
では、優先的にとはどういう意味か―、騎士見習いは卒業後多くの者が王宮に仕える事になりますが、何分これに関しては自分の意思だけで主人を選ぶ事は不可能。特に聖騎士ともなれば王に怪我を負わせる事も可能なので、王は自らに仕える者を順位と人柄で選び、正式に刺青を刻むのです。無論、現段でどの子が最強か、1位となった騎士の子をその子が雇うかは当人次第ですが…。ご理解頂けたでしょうか?」
在校生から疑問の声が上がらない事を確認すると湊は優しく微笑み、自分達より遥かに若い5人の男女を自分の横に並ぶよう手を差し出した。
彼らは横1列に整列すると、初めて眼下に居る大勢の生徒達を見る事となった。無論、それは中庭に整列する彼らも同様で―
「紹介しましょう、彼らが次期王となる子達です。嬉しい事に歴代で初めての女王が誕生しました。彼女は私を継ぎ“海”を使役する者。名前は“月 ”です。是非彼女には第2王権も引き継いで欲しいものですが、あまり期待しすぎて重荷にはさせたくないので此処までにしておきましょう。月、ご挨拶を。」
「はい。」
甘い声の後に凛とした女性とも少女とも言えない音に。そして海を連想させるような蒼い光を纏った長い黒髪と、アウウィンのような輝きを放つ切れ長の瞳に、多くの生徒が目を奪われた。
「皆さん始めまして。“海”を継ぐ月と申します。まだ魔法は使えませんが、皆さんに慕って頂ける王を目指したいと思いますので、よろしくお願いします。」
彼女がお辞儀をすると共に流れた髪に、最早誰も声を発する事は出来なかった。
その後も他3名の紹介がされたが、やはり最初に紹介された彼女の影響が大きく、生徒達の耳にはあまり届かなかったようだ。
しかし、彼だけは違った。
最後にして最凶の王―
「では、最後の王を紹介しましょう。彼は現第5王権者であり“闇の王”朧の後継者である“櫁” です。既に多くの魔法を操り、悔しい事に彼が恐らく次期第2王権者となるだろうと予想されています。では櫁、ご挨拶を。」
「はい。」
今までとは明らかに違う存在がそこに居た。
どこまでも白く白銀に輝いているというのに、星々を映した瞳はどこか虚空を見つめているかのよう。
「初めまして…誰もが初めて目にした人間に言う。けれど、果たしてそれは本当なのか…。」
「櫁…?」
「人間の記憶なんてものは実に曖昧だ。自分の都合のいい事だけ覚えていてそれ以外は存在すらしない。
都合の悪い記憶を書き換えるなんて当然の事。そんな信用ならないものを、どうして人は信じるのか…。何故、彼らが僕と初めて会った等と断言出来るのか。しかし、誰もそれを気にも留めない。何故なら彼らにとってソレはフツウのコトとしてオシエコマレテイルのだから。」
「櫁、止めなさい。」
「だから僕は…この世界に衝撃を与えたい。誰もがフツウと思うこの世界を、壊すために。」
「…!」
後の事はあまり覚えていない。兎も角その場はお開きとなり、多くの生徒が自分の教室や寮に戻され、私達次期王もそれに倣った。
彼は居なかった。
品格とカリスマ性を持った白い彼は、最初の登場から他人とは違った。
世の見方も、考え方も、捉え方も。
だからこそ、現王は恐れたのかもしれない。いや、もしかしたら私も恐れていたのかもしれない。
彼という“異質”を。
そんな事を頭の片隅で考えていると、座っている私の横に影が出来た。
一体誰だろうと顔を上げると、ソレはソコに居た。
どこまでも白く美しい―でも、どこか寂しい孤高の悪魔。それが彼に抱いた2番目の感情。
そして彼は、整った唇から脳に直接響くような声で言うのだ。
「難しい顔をしているね。でも、考える事は悪いことじゃない。誰もが自分の意見を持っていい。何故ならソレは、神が許した唯一の自由なのだから。」
「貴方…!」
「僕は櫁。君と友達になりたいんだ。」
この時、私は彼に捕まった。
永遠に逃れることの出来ない・・・孤独な王に。