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会合







自由こそ、神が人に与えた地獄である。








だが人間(ヒト)は言う。法があるから私達は不幸なのだと。


しかし、法があるからこそ人間は自由を求め、愛するのだ。

元々自由な国にあれば人間は束縛する檻を自ら作り、見えない糸できりきりと首を絞め、やがて朽ちてゆく。







自由とは何か。








誰もが言うだろう。


―心だ―


と・・・。








けれど僕は違う。


何故、人間は心が自由なのだと言い切るのか?


心臓は体内に酸素を循環させる為に。

肺はガスの交換をする為に。

腸は食物の消化と吸収の為に・・・。


それぞれが一定の仕事を行う為に存在していると言うのに、

心だけが自由である事など―











だから僕は人間に与えた。

希望 (ジユウ)”を


本当の自由―


真実(ほんとう)の地獄を―


魂の叫びを―


この瞳に焼き付けたのだ。


浅ましき人間の、現実(リアル)を。








*************************************


―ミョズヴィトニル歴 1813年 春―



海の王国(フェンサリル)が海に沈んで半年が経ち、国の情勢もやっと落ち着いてきた頃。

国は完全復興し、国民はやっと海底での生活に慣れつつあった。といっても殆ど海上にあった時と同じ生活を送れるし、かの帝国からの攻撃が一切なくなったことで寧ろ平和となっていた。

違うのは陸上への移動手段だが、元々観光業として潜水艇を多く所持していた事により直ぐに順応できたのは大きい。当時海底都市への作戦に直接参加した光と闇の時期王達も1週間滞在の後、無事各国へと帰還していた。


この事実はすぐにグラズヘイム全土へと広まり、その功績により過去最短2年での後継教育が終了し、本日エイル中央都市に聳え立つスヴァンフヴィード宮殿において代替わりの戴冠式が行われる事となった。


真っ白な宮殿に相応しい、青や金を基調としたステンドグラスからは眩いほどに輝く太陽が天から降り注ぎ、神の祝福とされる白と青のバラが飾られ、広間に整列する者達を美しく彩っている。



正午の鐘が鳴り響いた。

同時に大扉が軋む音を立てながら大きく開かれ、5人の男女が会場に負けぬほど美しく着飾り、中央に出来た通路を両脇から盛大な拍手を受けながら舞台の上で微笑み待つ王の元へ進んで行く。


彼らが舞台の前に並ぶと、一人の王が台上中央に進み、迎えるよう両手を広げた。


「皆様、本日はこの良き日にお集まり頂き誠にありがとうございます。私達は無事、グラズヘイム王国を欠けることなく守り抜く事が出来たのもお集まり頂いた皆様、そして各国で映像をご覧頂いている国民の皆様のお陰でございます。どうか、まずは私達の感謝をお受け取り頂ければと思います。」


彼は胸に手を当てると深々と一礼し、後に控えていた者たちも続くとその身に拍手を受けた。


「そして彼ら。既にご存じでしょう我が海の王国を守り、絶対的な平和をもたらした新たな王。今までにない強大な魔力を保持し、優しさと慈しみ、時に非情なる決断も出来る強さを持ち合わせた自慢の教え子。学生時代には考えられない程優秀に成長してくれたと、教師の贔屓目だけでなく思っております。

そんな彼らが本日、遂に私達の手を離れ王国の頂点に立ちます。どうか皆様、まだ若い彼らですがどうぞ私達と共に支えて頂きたい。」


今度は願いに応えるように拍手が送られた。


「では、これより戴冠に移ります。名を呼ばれたものは前へ。」


舞台下に控えていた騎士がそう言うと、王権は下の者から呼ばれ、それぞれが現第2王権者である湊から各国の冠を与えられていた。


「次、第3王権者。闇の王国(ニザヴェリル)・国王、櫁。」


カツン…広間にヒールの音が響く。一歩一歩階段を上る度にステンドグラスから延びる光が全身に当たり、男の白をより強調し神が降臨したかのような光景を作り出した。


「櫁、本日これより闇の王国(ニザヴェリル)・国王の座を与えます。」

「はい。」


短い宣言の後、頭を垂れた男の頭に冠が乗せられるとすっと立ち上がり、振り返ると大勢の前に顔を見せ一礼すると段を降りた。


「最後に第2王権者。海の王国(フェンサリル)・女王、月。」

「はい。」


ゆっくりと歩む。壇上までは階段を込みとしても10歩あるかないかだというのに、酷く長く感じた。

今までも散々目にしてきた。教師として、王として、自分を厳しくも優しく育ててくれた恩師が目の前で微笑んでいるというのに、心音が酷く煩い。


「月、よく私の後を継ぎ第2王権者となって下さいました。これまで初めての女王として辛い経験もしたかと思いますが、私はいつも貴女の味方です。これからも2人、海の王国(フェンサリル)を守り、豊かにして行きましょう。」

「はい。」

「本日これより、海の王国(フェンサリル)・女王の座を与えます。」


頭に乗せられた重みはきっと冠のせいだけじゃない。背負うべき使命と運命。国民の命の重さだ。

振り返れば口元に笑みを浮かべた騎士や貴族、一般市民が大きな拍手を送ってくれる。だが、耳に入るのはそれだけじゃない。会場の外からでも聞こえてくる街の人達の歓声と声援。誠意を尽くさなければいけない相手。

これで終わりじゃない。ここから始まるのだ。


舞台の下に居る同じく戴冠を得た仲間と視線を合わせると大きく頷いた。

やろう。きっと私達ならもっといい国に出来る―と。





その後、会場を移し開かれたパーティーでは身分関係なく誰もが楽しそうに話し、踊り、食事をしていた。

街でも遅くまで屋台が開かれ、お祭り騒ぎだった。

だから気が付かなかった。この時、既に彼の計画が始まっていたことに―。








「えっと、櫁…?一体どうしたって言うんだい?そんなに急がなくたって執務は明日からで構わないんだよ?」

「解っていますよ。でも、今日どうしてもやっておきたいことがあるので、朧様には是非手伝って頂きたいのです。」


エイルの喧騒とは違い、遠く離れた祭りなどとは縁遠い闇の王国(ニザヴェリル)へと早急に帰って来た前国王と新国王は、松明で照らされた仄暗い階段を下へ下へと進んでいた。


「この先は召喚部屋しかないよ?君がどうしてもやりたい事って、幻獣との契約なのかい?」

「えぇ。国を豊かにする為に必要なので、召喚術に長けた朧様に是非お手伝いして頂ければと。」

「そうか…。やっぱり君は凄いな…。僕なんて-あ、ごめんね“僕”だなんて言って。人前では“私”って使うように言われたんだっけ。」

「構いませんよ。今は僕と2人きりですから。」

「あ、そっか…。うん。」


おどおどと、前王とは思えぬ弱弱しい口調で話す朧に対し、常であればイライラが募り刺々しい口調となってしまうのだが、今は何故か非常に機嫌がいい櫁は何も咎めることなく只々先へ進んだ。

すると、遂に階段が終わり、目の前には黒く厳重に閉ざされた巨大な扉が現れた。

見ただけで一人では決して開くことが出来なさそうな程に重そうな扉に櫁は手を翳すと、“開錠”と小さく呟いた。途端に解錠音が石造りの空間に木霊し、次に何とも言えぬ重く金悲鳴を上げる属音が響いた。


「どうぞ。既に召喚陣は描いてあります。」


初めて教え子に頼られたこともあり、朧はうきうきとしながら何も疑うことなく櫁の後を追い、円の中心に立った。


「それで?何を召喚するんだい?」

「あぁ…それは、御覧頂ければ直ぐに分かりますよ。」


笑みを浮かべて手を円の上に翳すと、基本の円に魔術で隠されていた図形と文字が紫電を走らせ浮かび上がった。

ソレを見た途端、朧が浮かべたのは絶望と恐怖。ただ2つの感情だった。


「さぁ、始めましょう。全てを終わらせる為に。」











*************************************


戴冠式より118年と4か月後


―ヘリウス歴118年 初夏―



色彩豊かな花々が咲き誇り、あるところでは若葉を茂らす準備を始めた木々を背に、三人の男と一人の女が、窓から入ってくる陽光を反射する白い長テーブルに着き、時々注がれた黄金に輝く果実酒で喉を潤しながらお互い都市の報告を行っていた。

内容は主に内部環境と外界からの攻撃についてと他都市からの救援要請。そして、闇の国の動向調査結果だった。


(ユエ)、楓からの報告はまだなのか?」


正式な会合の場だというのに、発言をした男は軍服を着崩して頭の後ろで手を組むとスラリと長い、ズボンの上からでも鍛えられているのが判る足をテーブルの上にどかりと乗せ、椅子に反り返った。その行為は名を呼ばれた女の脇に控えていた黒髪の一睨みにより改善を遂げたものの、足がテーブルの下にあるという事だけで態度の大きさに差はない。


「私も今回はルカに賛成かな?」

「なっ…!?」


光を纏ったような金糸の髪を持つ男の言葉にくすくすと笑う声と、呆れたような溜息が溢された。


「ルカ、仮にも彼は王だ。気に入らない事も多いだろうが余り虐めてくれるな。」

「申し訳ございません、月様。」

「ったく…本当にルカは月にしか従わないよな?」

「我が王に従うのは当然の事ですので。」

「へいへい…。」


再び溢れる笑い声に、もはや焔の王は溜息しか出てこなかった。


この会合も何度目になるか忘れてしまう程ではあるが、最初はこんなにも穏やかではなかった。

全員が全員、王になったばかりでピリピリしていたし、何よりあの男が居たのだ。

全てを見透かすような“闇”。

その瞳は確かに美しいのに、全てを呑み込む様な声で告げるのだ。世界のあり方を。

それは聞く方にとって甘美な蜜を啜るようではあるが、ある者には彼の絶望を聞かされているようで―。


だが、認めざるを得ないだろう。

彼はカリスマだ。


彼程、王の中で最も強いとされる月と互角に戦える魔力を持つ者はいない。

彼程、剣の扱いに長ける者はいない。

彼程、幻獣を使役できる者はいない。

彼程・・・人を操る能力に優れた者はいない。


何より、人々は彼の神々しい容姿と甘い声に惑わされるのだ。

彼自身が、人を惑わす魔物のように―


しかし、彼は一つの言葉を残してこの場を去った後、二度と姿を見せる事はなかった。


―自由こそ、神が人に与えた地獄である―


その意味を理解できる者はいなかった。

唯一、月だけが何かを悟った様だが・・・

彼女もまた、それ以上口を開くことはなかった。



あれから随分経つ。

彼が姿を消した頃は騒然としたが、どこかでほっとする自分と、計り知れない不安が過ったものだ。

その後、月は何やら部下を使い闇の国を調査しているようだが期待する成果が出せていないようである。


(カガリ)、先程の質問の答だが楓からの報告は上がって来ていない。しかし、最近我が都市でも闇の国(ニザヴェリル)からの侵入者が多い。だが、彼らをどんなに尋問しようと答えは一緒だ。ニザヴェリルに法を。王の失脚を。民に救済を。彼らは散々街中で暴れまわった後ソレを口にする。声高々に・・・。」

(シキミ)はいったい何を・・・」

「分からないが、必ず突き止めてみせる。必ず。」





以降、誰も言葉を口にすることはなく会合はお開きとなり、月だけがどこか遠く・・・窓の外で囀る小鳥の声を耳にしながらずっと何かを思案していた。

その様子にただ黙ったまま傍に控えていたルカは、廊下から響いてくる1つの足音に視線を逸らせた。

足音は段々と部屋に迫り、とうとう扉の前で止まると今度はギィと重厚なそれが開かれ、茶器を手にした金糸の髪を持つ、先程までここに座っていた男が微笑みながら立っていた。

彼は躊躇う事なく月の正面の椅子にゆったりと腰掛けると、ルカに1度だけ視線を合わせた。他の人から見れば何があるのかと言う所だが、合された本人は何も口にすることなく一度深く礼をし、先程男が入って来た扉を潜って行った。

残った男はしっかりと扉が閉ざされたのを確認するとやっと目の前に座る女に視線をやり、淹れたばかりの香しく紅色に輝く茶をカップに注ぎ差し出した。


「あまり考えすぎない方がよろしいですよ、月。」

「・・・お前はもう少し考えるべきだ、(アマネ)。」


彼女の視線はまだこの世にはないが、確かに表情は笑っていて、周と呼ばれた男はホッと胸を撫で下ろした。何しろ彼女は瞑想を始めるとそのまま何日も体勢も変えずにいるからだ。

思考する事は王にとって重要ではあるが、彼女においては少し過度ではないかと私自身は思っている。

それにきっと、今彼女の脳内を支配しているのは彼だ。

まだ私達が王になる前―

魔力を制御し、剣術を前王達から同じ場所で習っていた時も、彼女の気を引いたのは彼だった。

正直に言えば、これは嫉妬だ。

当時、月と一番仲も良く常に行動を共にしたのは私だし、何時しか恋と呼べるようなものを抱いていた。ただ、ソレは伝えないままで・・・。


姿を消して尚、私と月の間に憚る存在。

闇の国(ニザヴェリル)の王(シキミ)

彼の紡ぎだす言の葉は時に甘く、時に鮮烈で、時に残酷だった。

頭に残る彼の声。美しすぎる悪魔のようなその容姿。何物も映さない星々の輝きを持つ瞳。目を離せなくなる一挙手一投足。

誰もがカリスマと称え、月と共に多くの騎士達から尊敬や敬愛の眼差しを受けた彼は、見る者によっては犯し難い神のような存在。ある者にとっては白い悪魔という両極端な印象を与える人物であった。

もちろん、私は後者の側だった。

月と話す彼は生き生きとしていて酷く人間らしかった。しかし、彼女と少しでも離れると彼は表情をなくし、ただそこにあった。

何者にも捉える事の出来ない存在がそこに。

彼が唯一興味を示し、唯一お互いを理解しあえたのが月だ。だからこそ彼女は今、櫁が何を考え行動しているのかをたった一人で探ろうとしている。

彼の思考に寄り添って。


「それで、何か妙案は浮かびましたか?」

「いや、ただ思い出していた。」

「思い出す?」


月はティーカップを手に取ると口付ける事もなく、手にしたことによって出来た波紋をただ暫く見つめていた。

どの位の時間が過ぎたのかは分からない。一瞬だったのかもしれないし、果てしない時間が経過したのかもしれない。

会合が始まった時は天辺にあった陽が、今は地平線に寄り添うように赤く空を染めていた。

思考を遮るようにカタンと音がすると、ティーカップをソーサーに戻した月が私の瞳をスッと見据えこう口にした。


「自由とは、なんと愚かしき事か。」


彼女はそれだけ口にすると徐に席を立ち、廊下で控えていたルカを従え海の国へ帰って行った。

取り残された方としては残された言葉の意味も、月が最後に浮かべた驚愕の表情の意味も理解の範疇を超えているが、それこそ―

120年前、月と櫁が築いた関係からなのだろうと心のどこかで確信していた。

だから、あの時私は彼らを止めなかったのだ。

全てを信じていた。

この世界も、この世界に生きる人々も、ユグドラシルという仕組み(システム)も。


けれど、無常にも世界は時間を進めたのだ。


運命(ノルニル)の糸を絡めながら・・・













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