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第九話ーーセントラル

ドラゴンには、まじで死ぬかと思った。


転移の白光が晴れた瞬間、ナーシャはその場に膝をついた。


力が抜ける。


肺が空気を求める。


さっきまで肺を焼いていた硫黄の匂いはない。


轟音もない。


揺れもない。


代わりにあるのは——風だ。


やわらかく、涼しい風。


汗を冷まし、火照った皮膚を撫でる。


「……生きてる」


自分の声が、やけに現実味を持って耳に届く。


遠くに、石造りの城壁が見える。


白い壁。

青い旗。

陽光を反射する塔。


行き交う人影。


人だ。


普通に歩いている。


笑っている。


「主様、今さらにゃ」


ケットシーが肩の上で呆れた声を出す。


だが、その尻尾は安心したようにゆるく揺れている。


街道を歩くプレイヤーやNPCの姿がはっきりしてくる。


商人風の馬車。

初心者らしい軽装パーティ。

地図を広げて揉めている三人組。


「たぶんこっちだろ!」

「いや違うって!」


そんな声が聞こえる。


さっきまでいたのは、死と隣り合わせの溶岩洞窟だ。


今目の前にあるのは、日常だ。


ギャップが、少しだけ怖い。


「……やっと街だ」


胸の奥に、じわりと安心が広がる。


同時に、別の緊張も芽生える。


ここは人間側の首都。


魔族である自分は、歓迎される立場ではない。



城門が近づく。


巨大なアーチ状の石門。


分厚い鉄扉。


両脇には鎧姿の門番NPCが二人。


槍を持ち、直立している。


門の上には監視塔。


弓兵のシルエットも見える。


「セキュリティしっかりしてるにゃ」


「首都だしな」


門の前で、門番が槍を軽く構えた。


「止まれ。入都目的を述べよ」


低く、よく通る声。


ナーシャは軽く手を上げる。


「冒険者だ。情報収集と仲間との合流」


門番の視線が、頭からつま先までゆっくり動く。


そして、一瞬。


眉が動いた。


「……魔族か」


周囲のプレイヤーが、わずかに距離を取る。


空気が変わる。


「問題あるか?」


あえて、堂々と返す。


門番は表情を崩さない。


「規定上は問題ない。ただし——」


視線が鋭くなる。


「都市内での暴行、窃盗、その他揉め事は厳罰だ。理解しているな?」


「する気はない」


小さく息を吐く。


「重大犯罪履歴はなし。現時点では入都を許可する」


槍が下ろされる。


「問題を起こすな。次は警告なしだ」


「了解」


「ようこそ、セントラルへ」


門をくぐる。


その瞬間。


空気が変わった。


石畳。


露店の匂い。


焼きたてパンの香ばしさ。


果実の甘い匂い。


遠くで楽器の音。


噴水の水音。


子どもの笑い声。


街だ。


完全に、街だ。


「……なんか、すげえな」


ダンジョンと違って、ここは“生きている”。


建物一つ一つが、ちゃんと生活の匂いを持っている。


だが。


視線もある。


好奇。


警戒。


値踏み。


「主様、目立ってるにゃ」


「種族のせいか?」


「それもあるけど、服もあるにゃ」


「……あとでなんとかする」


ナーシャは深呼吸し、メッセージウィンドウを開く。


『ヒューガ。セントラル到着。噴水広場に来い』


送信。


数秒。


既読マーク。


『今ちょうど広場いる』


「早いな」


「便利な時代にゃ」


ナーシャは噴水広場へ向かって歩き出す。


石畳の中心に、巨大な円形噴水。


青い水が高く吹き上がり、陽光を散らす。


人の流れが多い。


商談。

待ち合わせ。

パーティ募集の呼びかけ。


「ヒューガ……ヒューガ……」


視線を巡らせる。


——いた。


黒髪の青年。


腕を組み、誰かを待っている。


「ヒューガ」


「くそっ、なにやってんだリンの野郎……」


「おいヒューガ!」


「おわっ!? なんだお前は! 人の名前を耳元で叫ぶとは失礼だぞ!」


「お前が無視するからだろ!」


ヒューガが怪訝そうに目を細める。


「……え? お前がリン?」


「そうだ」


数秒の沈黙。


ヒューガの目が、ゆっくり上下する。


そして。


「……ぷっ」


「ぷっ?」


「……ぷっ……ハハハ‼︎ なんだその格好は!」


周囲のプレイヤーもつられて見る。


「笑うなー!」


ケットシーが冷静に補足する。


「主様、客観的に見て布が少ないにゃ」


「お前もか!?」


ヒューガは腹を抱えて笑う。


「はー……笑った。いやマジで予想外すぎる」


ひとしきり笑ってから、ようやく真顔に戻る。


「で? どんなスキル取った?」


「古代魔法」


「は?」


ウィンドウを呼び出しスキル一覧を可視化する。


ヒューガの目が丸くなる。


「……お前、始まって何時間だ?」


「数時間」


「頭おかしいな」


真顔で言われる。


「でもな、それ——目立つぞ」


ヒューガは声を落とす。


「このレベル帯でそんな火力出せたら、レア装備持ちって思われる。


PKに狙われるぞ」


「な、なるほど」


「しかもお前アイコン紫だろ。カルマ値マイナスだな。デスペナが重いぞ」


「まじか」


「扱い的には敵対者だ」


ケットシーが小さくうなずく。


「主様、街中ではおとなしくにゃ」


ヒューガは最後に付け加える。


「あと、その服なんとかしろ」


「?」


「きわどいんだよ!」


周囲の視線が、また下に落ちる。


「ああ……なるほど」


「無料公開中にゃ」


「……あとで露店行く」


ヒューガは肩をすくめる。


「そのネコかわいいな。俺ちょっと別件あるからまた後でな」


「ああ。またあとで」


撫でたかったのだろうか手をわきわきさせてからヒューガが人混みに消える。


ナーシャは噴水を見上げる。


水が、光を弾く。


ダンジョンで死にかけて。


街で笑われて。


PKに狙われる可能性があって。


でも——


確かに、物語は動いている。


「まずは装備だな」


「主様、布面積アップにゃ」


「うるさい」


ナーシャは露店通りへ歩き出した。


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