第八話ーー地龍グラディウス
空間が、異様なほど広い。
それまでの狭い通路が嘘のように、天井は高く、視界は開けている。
だが——
広いはずのその空間は、圧迫感に満ちていた。
熱い。
空気そのものが焼けている。
足元の岩盤には細い溶岩の筋が走り、赤く脈打っている。
まるでこの場所そのものが、巨大な心臓の内部のようだ。
その中心に——いた。
赤黒い鱗。
一枚一枚が鎧のように重なり、鈍い金属光沢を放っている。
地を這う巨体。
山だ。
いや、山が動いている。
ゆっくりと、巨大な影が持ち上がる。
黄金の瞳が開いた。
【地龍グラディウス】
レベル:???
「……でか」
喉の奥が乾く。
視界の端に、ボスHPバーが出現する。
長い。
横に伸びきった赤いゲージは、終わりが見えない。
その瞬間。
地龍の胸部が膨らんだ。
空気を吸い込む、重低音。
「主様、開幕ブレス来るにゃ!」
喉奥が赤く灼ける。
光が、溜まる。
逃げれば間に合うか?
——いや、無理だ。
この空間全部が射程圏だ。
ナーシャは前に出た。
足元に魔法陣が展開する。
幾何学模様が迸り、床を焼き焦がす。
「古代魔法――」
MPがごっそり削れる。
内側から、力を強制的に引き抜かれる感覚。
それでも詠唱は止めない。
「フレア!」
次の瞬間。
地龍のブレスが放たれた。
紅蓮の奔流。
洞窟を埋め尽くす灼熱。
それと正面から衝突する、超高熱の爆炎。
轟音。
衝撃波が四方へ弾ける。
岩盤が砕け、溶岩が跳ね、視界が白に染まる。
熱。
圧。
耳鳴り。
やがて炎が霧散する。
地龍のHPが削れている。
だが——三割。
「普通のプレイヤーの五倍消費してこれかよ……!
適正レベル15って、“ソロ”じゃなくて“パーティ”前提だろこれ!」
悪態をついた、その瞬間。
巨体が動いた。
地響き。
一歩で地面が割れる。
次の瞬間、突進。
視界いっぱいに迫る赤黒い壁。
「ケットシー!」
「俊敏上昇!左にゃ!」
淡い光が脚を包む。
体が弾けるように横へ飛ぶ。
——ギリギリ。
尾が空間を薙ぐ。
ただ、かすめただけ。
それだけでHPが三割吹き飛ぶ。
神経に走る疑似痛覚。
肺が詰まる。
「くっ……!」
地龍が振り向く。
黄金の瞳がこちらを捉える。
完全に、敵と認識された。
「主様、闇魔法連射!」
「分かってる!」
シャドウボルト。
黒い矢が空気を裂く。
一発、二発、三発。
鱗に弾かれる。
四発目。
目元に直撃。
地龍が僅かに怯む。
隙。
接近。
短剣に闇を纏わせ、鱗の隙間へ突き立てる。
火花。
刃が弾かれる。
浅い。
浅すぎる。
前脚が振り下ろされる。
回避が遅れた。
衝撃。
地面に叩きつけられる。
HP残量、一割。
視界が赤く染まる。
「主様!!」
ケットシーの叫びが、意識を繋ぎ止める。
MP残量——三割。
これでは削りきれない。
通常火力では足りない。
なら。
一撃で持っていく。
ナーシャは立ち上がる。
呼吸を整える。
魔力を、圧縮する。
体内で暴れるエネルギーを、無理やり一点に縛る。
骨が軋む。
血管が焼けるように熱い。
足元に、魔法陣。
さらに、その上にさらに魔法陣が重なる。
空気が震える。
溶岩が逆流する。
地龍が本能で危険を察知し、再びブレスの構え。
間に合うか。
いや、間に合わせる。
「古代魔法——」
声が震える。
それでも、叫ぶ。
「フレア・バースト!!」
爆ぜた。
爆炎が柱となって立ち上る。
直径数十メートル。
洞窟全体を巻き込む、超高熱の奔流。
地龍の咆哮が途中で掻き消える。
鱗が弾け飛ぶ。
黄金の瞳が、光を失う。
爆炎が収束する。
静寂。
視界の端で、HPバーが減っていく。
ゆっくり。
ゆっくり。
そして——ゼロ。
巨体が崩れ落ちる。
地面が揺れ、溶岩が波打つ。
完全停止。
<ボス討伐>
<ダンジョン踏破>
<セントラルへの通行が解放されました>
ナーシャはその場に膝をつく。
MP、ゼロ。
HP、残りわずか。
指先すら震える。
ケットシーがそっと頬にすり寄る。
「……やるにゃ」
ナーシャは荒い息のまま笑う。
「燃費……最悪だな」
「でもその魔法は目立つにゃ。
もっと“目”があるところでは使わないようにするにゃ」
「目?ああ、他のプレイヤーにやっかみ買うのは面倒だな。
反則級だろ、これ」
「違うんだけど……まぁ、それでも良いにゃ。
目立たなければ——って、待つにゃ! 置いてくにゃ!」
始まって数時間。
パーティ想定ボスをソロで吹き飛ばした高揚感のまま、ナーシャは洞窟奥へ歩き出す。
光る転移門が開いている。
白く、静かな光。
その向こうは——
人間側首都、セントラル。
「ヒューガ、驚くだろうな」
立ち上がる。
一歩踏み出すたび、全身が軋む。
それでも、止まらない。
光の中へ。
視界が白に染まる。




