第六話――ダンジョン【地龍の寝ぐら】
入口は、巨大な裂け目だった。
まるで大地そのものが爪で引き裂かれたかのように、地面が縦に割れている。
その奥は、光を拒む闇。
底が見えない。
生き物の喉のように、静かに脈打っているようにさえ見える。
熱気が吹き上がった。
湿っている。
肺にまとわりつく重い空気。
硫黄の匂いが鼻を刺す。
「……うわ、リアルすぎ」
思わず眉をしかめる。
視界の端で、ケットシーの耳がぴくりと動いた。
「主様、入った瞬間が1番危険にゃ。気をつけるにゃ。」
「了解」
一歩、踏み出す。
足裏が、熱を帯びた岩を踏む。
その瞬間、視界が暗転した。
電子音と共に、UIが強制展開される。
<ダンジョン:地龍の寝ぐら>
<階層:1/3>
空気が一段階、重くなる。
閉じ込められたような。
そんな感覚。
目が慣れてくると、内部の構造が浮かび上がる。
壁は赤黒い岩盤。
表面はざらつき、ところどころ溶けたように歪んでいる。
溶岩が脈のように流れ、時折ぼこりと泡立つ。
天井からは、熱で歪んだ水滴がぽたり、と落ちていた。
その音だけが、やけに響く。
静かすぎる。
その違和感に気づいた瞬間だった。
地面が、ぐにりと動いた。
足裏に伝わる、不自然な振動。
「にゃ、下!」
ケットシーの声が鋭く弾ける。
反射的に跳ぶ。
直後、岩盤が爆ぜた。
砕け散る石片。
砂塵。
地面から突き上げる、巨大な円筒状の影。
サンドワーム。
全長三メートルはある。
体表は岩のように硬く、ぬらりと光る。
裂けた口が、縦に大きく開いた。
歯が、幾重にも並んでいる。
喉の奥は、赤い。
「グォオオオ!」
熱風を伴った咆哮。
そのままナーシャへ突進。
速い。
想定より速い。
「闇魔法――シャドウボルト!」
詠唱と同時に、魔力が腕を通って解放される。
黒い矢が、一直線に走った。
空気を裂く音。
次の瞬間、ワームの体表に直撃。
爆ぜる。
闇が内側から弾ける。
HPバーが大きく削れる。
だが、ゼロにはならない。
「硬っ……!」
ワームは勢いを殺さず、再び地面をえぐりながら方向転換する。
重い。
一発が、重い。
きっと俺の紙装甲じゃ一撃くらっただけで死んでしまうだろう。
「ケットシー!」
「バフいくにゃ!」
ケットシーが前足を掲げる。
淡い光が弾け、ナーシャを包んだ。
<敏捷上昇>
空気が、軽くなる。
世界の粘度が下がる。
自分だけ時間の流れが緩やかになったような感覚。
ワームの突進が、スローモーションに見える。
「いける!」
横へ一歩。
それだけで突進の軌道を外す。
「闇魔法ーーエンチャント!」
闇魔法を刃に纏わせる。
ワームが通り過ぎる瞬間。
地面を蹴る。
一気に懐へ。
岩のような体表。
だが、節の隙間は柔らかい。
短剣を逆手に握り、力任せに突き立てる。
ぐしゃり、と嫌な感触。
「ギィィイイ!」
ワームがのたうつ。
尾が暴れ、岩盤を砕く。
破片が頬をかすめる。
HPがわずかに削れる。
だが止まらない。
さらに押し込む。
闇魔法の残滓が、内部で爆ぜる。
HPバーが、ゼロへ。
ワームが崩れ落ち、動かなくなった。
洞窟に、再び静寂が戻る。
荒い呼吸。
鼓動が早い。
だが――
楽しい。
「……いいな、この連携」
自然と笑みがこぼれる。
一人では届かなかった隙。
ケットシーのバフがあるから、踏み込める。
「主様、MP管理にゃ」
冷静な声。
視界の端にMPバーが表示される。
三割、消費。
たった一体で。
胸の奥が、じわりと冷える。
まだボス前。
ここは一層目。
「燃費、マジで終わってるな……」
「だから言ったにゃ」
ケットシーは尻尾を揺らしながら、周囲を警戒している。
可愛い見た目なのに、目は鋭い。
頼れる。
ナーシャはゆっくりと立ち上がる。
足元には、まだ温かいワームの残骸。
溶岩の赤が、壁に揺らめいている。
ダンジョンは、静かだ。
だがそれは。
“何もいない”静けさではない。
“まだいる”静けさだ。
ナーシャは深く息を吸う。
「行くぞ、第二波来る前に進む」
「了解にゃ」
二人は、熱を帯びた岩の通路を、さらに奥へと進んでいった。




