第二話 ナーシャという名の魔族
――禍々しい空。
赤黒い雲がゆっくり流れ、黒曜石の塔が天を突いている。
ここが魔族専用都市【ヘルタウン】。
……そのはずだ。
だが。
「……ん?」
視線を落とした瞬間、思考が止まった。
胸元。
服の上からでも分かる、明らかな膨らみ。
しかも、でかい。
「は?」
慌てて両手で触れる。
柔らかい。
現実と変わらない感触。
いや待て待て待て。
「ステータス、オープン!」
視界に半透明ウィンドウが展開される。
⸻
ナーシャ
性別:♀
種族:魔族
職業:小悪魔
Lv:1
筋力:5
体力:5
耐性:7
敏捷:30
魔力:82
魔耐:34
運:18
スキル:解体技術Lv1
古代魔法Lv1
⸻
「……誰?」
名前が違う。
性別も違う。
能力値も激変している。
魔力と敏捷が跳ね上がり、筋力と体力は紙。
完全にガラス砲台型。
「ランダム種族って、そこまでランダムなのかよ……!」
周囲を見渡す。
頭上のマーカーは緑ばかり。NPCだ。
プレイヤーを示す青は見当たらない。
孤立。
その時。
<ヒューガさんよりメッセージが届いています>
<ヒューガさんよりウィスパー>
「おい! どこにいるんだ? 噴水前だぞ!」
やべ。
約束。
「ヒューガ、助けてくれ。名前も性別も変わって、ヘルタウンって場所にいる」
少しの間。
「はぁ? どこだそれ。……あー、ランダム選ぶと極稀に性別変化あるらしいぞ。当たりだな」
「当たりなのか?」
「超レア枠だ。別街スタートは聞いたことねぇけど。悪い、俺セントラルで野良組むわ」
……そうなるよな。
「分かった。こっちは自力でやる」
<ウィスパーが終了しました>
静寂。
広場の中央で、俺――いや、私は一人立ち尽くす。
女体化。
魔族。
別都市スタート。
状況は最悪。
だが。
心の奥が、少しだけ高鳴っていた。
悪魔側から始まる物語。
……嫌いじゃない。
⸻
まずは情報収集。
石畳を歩くたび、細い腰が揺れる感覚が妙にリアルで落ち着かない。
【ギルド ヘルタウン】
黒鉄の扉を押し開ける。
「いらっしゃい。冒険者かい?」
受付の悪魔族の女性が微笑む。
「あの、首都セントラルにはどう行けば?」
「西へ向かえば着く。ただしダンジョン【土龍の寝床】を抜ける必要がある。推奨レベルは15だ」
無理。
今の私はLv1。
「まずはクエストで鍛えるといい」
壁のボードを見る。
「一番簡単なのを」
「<シャドウウルフ討伐5匹 D+>だな」
受注。
⸻
街の外。
赤黒い荒野。
さっそく二体、現れた。
シャドウウルフ。
牙を剥き、低く唸る。
「グルアアアアア!」
リアルすぎる。
一体が飛びかかる。
バックステップ。
軽い。
身体が羽のように動く。
敏捷30の恩恵。
短剣で斬りつける。
だがHPはほぼ減らない。
魔法一択か。
「古代魔法――フレア!」
足元に巨大な魔法陣。
空気が歪む。
次の瞬間。
――ズドォォォォン!!
爆炎。
衝撃波。
二体まとめて吹き飛ぶ。
一撃。
「……強っ」
短剣では削れなかったHPが、消し飛んでいる。
<毛皮×2 入手>
<暗黒玉石 入手>
三体目も瞬殺。
クエスト達成。
これはいける。
私は調子に乗った。
「グオオオオオ!!」
背後から轟音。
振り向く。
トロル。
巨大な棍棒。
だが私は笑う。
「古代魔法!」
<MPが不足しています>
え?
確認。
MP残量、ほぼゼロ。
フレア二発で空。
燃費、最悪。
振り下ろされる棍棒。
避けきれない。
「――っ!」
視界が弾けた。
⸻
目を開けると、ギルド前の広場。
死に戻り。
ステータスを確認する。
⸻
状態異常:衰弱
筋力:5(-3)
体力:5(-3)
耐性:7(-4)
敏捷:30(-15)
魔力:82(-41)
魔耐:34(-17)
運:18(-9)
⸻
ほぼ半減。
デスペナルティ、重い。
「……なるほど」
古代魔法は核兵器。
だが弾数は二発。
MP管理必須。
万能ではない。
ギルドへ報告。
「五匹、倒した」
「早いな。報酬だ」
<120EXP 獲得>
<250G 獲得>
<レベルアップ>
ステータスポイント:3。
迷わない。
魔力へ。
その瞬間。
<スキル【闇魔法】を習得しました>
「……お?」
古代魔法とは別枠。
低燃費のサブウェポン。
つまり。
魔族・小悪魔・古代魔法持ち・闇魔法習得。
ビルドとしては悪くない。
いや、むしろ特化型。
私はゆっくり立ち上がる。
衰弱中でも、目は笑っていた。
「面白くなってきた」
セントラルには行けない。
仲間もいない。
だが。
この魔族都市で、最強になればいい。
人間側ではなく。
魔族側の頂点へ。
ナーシャという名で。




