馬上にて
ゴトゴトン、ゴトゴトン。
飛ぶように去っていく景色を、馬車の窓からみつめる私。最後になるのなら、大好きなこの国の景色を見たいと思うのだが、すぐ横には何人もの兵士が物々しく馬で並走していて、とてもそんな状況じゃない。
「アカネ……顔色悪いよ、大丈夫?」
途中で合流した由美が心配そうに覗き込んできたので、慌てて頷く。
日本に還ったら、何をしようかな。
大好きな魚介たっぷりパスタを食べて、スイパラも行って、あ、カラオケもいいなあ。もう半年も行ってないし。
車の排気音も、踏切の音も、流行の曲も、ずっと聞いていない。
たった数か月前までいた世界なのに、随分遠いことのように思えた。
この状況を乗り切れば、リックは、きっといい王様になるんだろうな。その時が見られないのは残念だけど、きっとこれからも、密かにこの留学制度は続いていくんだろう。もしかしたら、後輩達から話が聞けるかもしれない。
フレデリック陛下は、美しいお妃さまと、可愛らしいお子様たちと、幸せに暮らしていますよ―って……
「おい、聞いたか、王太子殿下の話!」
窓越しに慌ただしく交わされる会話に、はっと我に返る。この列の指揮官に王都からの早馬が来たらしく、兵士たちが一様にざわめきだっていた。
「ああ、殿下まで出陣なさるらしいな。でもなんだってそんなことに」
「なんでも、シュエル砦が落とされたらしいぞ」
「なんだって!? じゃあもう領土内に攻められているということか!?」
「それで殿下が急遽出られることになったらしい。何事もなければいいが…」
――――私の、馬鹿。
「っ、ごめん! どいて!!」
「え、ちょっ…!?」
強引に窓をこじ開け、全速力で走っている馬車から身を乗り出す。
周囲の兵士が慌てて馬車を止めるように指示するのを見て、一気に窓枠を蹴った。
その先には……
「アカネ!!」
由美の悲鳴が聞こえると同時に、鈍い痛みが全身に走る。思わず呻いた瞬間、私が必死に首根っこを掴んだ「もの」が勢いよく嘶いた。
「何をなさいます!?」
「お客人、早くこちらへ!」
並走していた馬に飛び乗り、どうにか這い上がった私を驚愕の表情で見る兵士たち。
乗馬には全く自信がないけど、この手段しかない。
私は必死に手綱を握ると、道なき森に向かって突進する。
「っ、ごめんなさい!!」
大変ご迷惑をおかけ致します!!
だけど、目が覚めた。
私は、このまま還りたくない。還るわけにはいかない。
何か、できることはないか、この国のために。
あいつの、ために。
「馬鹿リック! 早死にしたら許さないからね!!」
もしもう一度会えたら、なんて言おうか。
私は王都を目指し、駆け出した。