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想うのは 2

 後の自分が聞いたら鼻で笑われるだろうが、あの時私が裏で手を回して、本来は許可されていない留学生の王宮滞在を認めさせたのは、ほんの気まぐれに過ぎなかった。息の詰まるような毎日に、少しだけ刺激が欲しかったのだと思う。


 ある日、図書館に籠っているという彼女の様子を見に立ち寄った。するとアカネは本に熱中していて、恐縮したり、ましてや媚を売ってくるどころかそっけなく袖にされた。怒りは無く、ますます興味が湧いた。(ちなみに彼女が読んでいた本は、『真の外交とは?~隣国を上手くやり込める秘訣~』だった。彼女の国でも色々あるのだろう。)


 その後も政務の隙間を縫って、図書館や食堂で偶然を装ってちょっかいをかけるようになった。彼女もさすがに王太子わたしに対しては邪険に出来ないようで、結果的に二人で様々なことを語り合った。彼女の故郷である日本国の文化や、私が幼かった頃のこと、彼女が専攻している「政治史」についてなど、話題は尽きない。そしてアカネは驚くほど「人」を見るのに長けていて、私が疲れている時などは(決して顔に出してはいないつもりだったのだが)、ゆったりとした口調で故郷の自然の美しさや昔話などを聞かせてくれたりした。何より嬉しかったのは、重責にもがく私への「肯定」だった。


『この国は良い国だと私は思う。もちろん、どの国にも影の部分はあるけど、豊富な食糧に働き者の国民。国思いの王太子殿下…十分じゃない?』


 もっとそばにいてほしい。そう思うようになるまで、時間はかからなかった。それを側近のレイルに呟いたら、物凄い形相で見られたのを今でも覚えている。



 そのうち、権力を振りかざして彼女の部屋にたびたび出入りするようになった。ついでとばかりに自分を「リック」と呼ぶように強制してみたりした。彼女は最初こそ「迷惑だから他の女の人のとこに行って」とツレナイことを言っていたが、そのうち諦めたのか何も言わずに私の好きなコールを入れて待っていてくれるようになった。

 いつの間にか、自室よりアカネの部屋にいることが増えた。


 当然、アカネには多々嫌がらせややっかみがあったらしい。もちろんそれに気づかない私ではない。ただ、アカネが頼ってくれたらと思っていた。一言相談してくれれば、悩んでいると憂いてみせてくれたら、私は即刻アカネの全ての憂いを取り除くつもりだった。

 全て私の我が儘だ。勝手に厄介ごとを持ち込んで、頼ってほしいなどと、今思えばなんて浅はかなことか。そして、アカネがそんなことで沈むような娘ではないと分かっていたはずなのに。


 そんなある日、久々に仕事を早く終わらせた私は、浮足立つ気持ちを抑えてアカネの部屋に向かっていた。夕刻時だっただろうか。突然アカネの部屋の方角からつんざくような悲鳴がして、私の心臓は凍りついた。レイルや護衛を振り切って部屋に駆け込むと、アカネが大きな花瓶を持って仁王立ちしていた。その前には、水浸しのドレスを纏って座り込む令嬢が3名。


「あんたら、ふざけるのもいい加減にしなさいよ! あたしだけならともかく、あのコールはリックも飲むのよ!?それを……!!」

 その言葉で分かる。アカネは毒を盛られたのだ。自分で表情が抜け落ちてゆくのが分かる。私は彼女の後ろから静かに近づいて、花瓶を持っていない左手を取った。


―――冷たい。


「え、リック、いつから…」

 私の存在に今気づいたらしいアカネは、何故か私の顔を見て怯えたように震えたが、その手を掴んだまま私は令嬢達に視線を落とし、一言告げた。


「追放しろ」

 この城から。この国から。


 周囲が騒然とする。かの令嬢達はいやしくも国の中枢を担う貴族を親族に持つ者ばかり。

 だが私は撤回しなかった。許せなかった。アカネを傷つける者は誰も。

 アカネが呆然としたように私を見ていたのは知っていたが、何も気遣うことが出来なかった。

 私は知ってしまったのだ。彼女が傷つくことに、これほどまで恐れている自分を。

 ……彼女への自分の想いを。


 その夜、アカネは熱を出した。少量だったものの、毒が体内に入ったせいで体調を崩したらしい。令嬢達の処分の後始末を終え、夜半にそっと彼女の部屋に入る。

 彼女は少し息苦しそうにしながらも、静かに横たわっていた。蒼いカーテン越しの月光が、アカネの顔と長い黒髪に揺れる。私はそっと黒髪を撫でると、微かに汗ばむ額に口づけを落とした。

 

 そのまま調子に乗ってアカネの横にもぐりこんだのが悪かったのか、翌朝は全快したアカネの特大の悲鳴と容赦ない蹴りにたたき起こされることになった。

 だが何故だろう。仮にも王太子である私に一瞬の躊躇もなく思いのままに振る舞う彼女を、もっと好きになる自分がいた。


 令嬢達を国から追放し、親族も失脚させた後は、誰も表立ってはアカネと共にいることを咎めなくなった。まだ拒むのはアカネ一人だけだ。

 数日前から脱走する計画を練っているのは知っていた。というかバレバレだった。いつもなら瞬殺するのだが、今回は違った。

 アカネがこの国に滞在できるのは残り2か月。一向に振り向いてくれないアカネに、私は賭けをした。

 必ず、手に入れるために。





「……下、殿下!」

 切羽詰まった部下の声に、馬上の現実に引き戻される。


「……なんだ?」

「もうじき雨が降ります。この山道ではぬかるみましょう。少し遠回りになりますが、平地を通るルートを進言致します」

「いや、敵軍は既に我が国土に攻め入っていると聞いた。一刻でも早く救援に向かわなければならない。このルートで行く」

「しかし…!」

「よい。行くぞ皆の者!!」

オオオ!!という兵士の雄叫びが木霊する。


 父は老い、母は既に亡く、兄弟も無い。

 たった一人の王位継承者として、私はこの国を率いて勝ち残らなければならない。

 

 ふと、西の方角を見る。アカネはもう帰還したのだろうか。

 ……あの手紙とも呼べないような紙片を見て、どう思ったのだろうか?

 顔を赤くして憤慨しているアカネを思い浮かべ、このような時だというのに笑いが込み上げてくる。

 

 空を見上げると、分厚く灰で覆われた空からぽつり、ぽつりと滴る雫。


 賭けは、私の負けだ。




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