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門への道にて

アルバート王国から、アルバート帝国に修正しました。内容に変更はありません。

「え……戦争?」


 周囲がざわめく。極秘裏に留学生が集められた場で突如告げられた、信じられない言葉。


「どういうこと?」

「戦争……って、ここも危ないのか?」

 良くも悪くも、戦争とは程遠い母国を持つ私たちの反応は鈍い。皆呆気にとられたように顔を見合わせている。

 だけど、私には分かってしまった。なぜ役人ではなく、軍人が私たちに会いに来るのか。

 ……国境に近いこの場所キルンは、そしてキルンに程近い、日本と繋がっている洞窟は、既に危険だからだ。


「アルバート帝国が侵攻してくるのですか?」


 一般市民には何も情報は入って来ていないが、キルン(ここ)から馬で2日の国境と接するという地理的条件上、それしか考えられない。

 確かアルバート帝国では王の求心力が弱まっている上に、今夏の日照りで食糧不足に陥っているはずだ。そして宰相を務める人物は、相当な野心家だったはず。

 案の定壮年の指揮官は渋い顔をして私を見た後、諦めたように口を開いた。


「………侵攻はされていない。だが、時間の問題でもある。貴殿らは日本国からお預かりしている大事な御身だ。このことが知れ渡り王国民が混乱に陥る前に、帰国していただきたい。もちろん洞窟前の「門」までは我々が全力で守ることを誓おう。これは、我が国王陛下および王太子殿下のご命令でもある」


 頭が真っ白になる。

 ……還る?日本に?


 ………リックを置いて?


「ちょっと待ってください! 僕は……!」

 誰かが焦ったように叫ぶが、指揮官は無言の圧力で黙らせると、再度念押しするように言う。


「今から直ちにここを発つ。荷物は少ない方がいい。外に馬車を停めてあるので分かれて乗ってほしい。殿下は1名残らず無事に国に送り届けるようにと仰せだ。貴殿らには誠に申し訳ないが、私の指示に従ってほしい」


 リックが、一人残らず、還せと、


 離れたいと願ったのは、私なのに。

 彼の傍から逃げ出したのは、私なのに。


 心に、ぽっかりと穴が開いたようだった。



「アカネ・スドウ様ですね?」


 馬車に揺られること数時間、馬を替えるために小休憩がとられた。普段馬車に乗り慣れていない私たちは、座っているのにもかかわらずへろへろだった。ちょっと外の空気を…と、外に出た瞬間、見張りをしていた一人の兵士に呼び止められる。


「そうですが、何か?」

「これを。さる方から貴女へと、お預かりしていた物です」

 そういうと、彼はくしゃくしゃになった白い封筒を私に差し出した。なんの変哲もない、庶民が誰でも使うような封筒だ。しかも差出人も宛名も書かれていない。


「え、これって…」

「では、私はこれで」


 呼び止める間もなく、彼は仰々しい礼を一つすると見張りに戻ってしまった。仕方なく、ぺりぺりと封を開ける。そこにあったのは、たった一枚の走り書きのメモ。


『迎えに行けなくなった。すまない』


 誰の字かなんて、すぐに分かる。あの4カ月間、嫌というほど隣で見てきた。

 

 次の瞬間、抑えきれない衝動が私を襲う。必死で口を覆うが、後から後から雫がメモに降り注ぐ。字が、滲んでゆく。彼の字が。



 ああ、分かってしまった。私は、私には彼が眩しすぎる。だから逃げた。自分が傷つく前に。

 なのに、それなのに。


 ――こんなにも寂しいと思うなんて。


「迎えなんて、頼んでないよ。バカ…」


 

 さよなら、リック。


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