王城にて
「う、うぎゃあああああっっ」
目の前で、かつて重臣と呼ばれていた男がのた打ち回る様を、私は冷ややかに見下ろしていた。男の右足はあらぬ方向に曲がり、醜い肥え太った顔からは、絶えず聞くに堪えない悲鳴が上がっている。
その後ろでは、新たに捕えられた貴族が二人。そして彼らの親族達。どの者も、目の前の惨状に声を失っているようだった。
指示どおり計画を進めてゆく騎士達を、無表情のまま見守る。
「殿下、やりすぎでは」
一番の側近であるレイルが眉をひそめるが、私は容赦するつもりはなかった。祖父の代から自身の権力を盾に私腹を肥やし、政治中枢に取り入った。父王が存命のため、まだ王にはなれぬから余計な混乱を生み出さぬように静観してはいたが、その弊害は、今尚根深い。
「で、殿下、なぜこのような恐ろしいことを……!!」
会う度に媚を売るように私を見ていた、名ばかりの後宮に住む令嬢たちが、悪魔を目の前にするように怯えている。何も考えず、何も知ろうとせず、ただ贅を尽くし生きているだけの人間に元から興味などない。この状況から抜け出そうと、懸命に縋る彼女らの手を払い、後にする。
背後から悲鳴が上がった。
このことが国民に知れ渡れば、動揺を生むだろう。
このことがアカネに知られれば、きっと嫌われるだろう。
―――だが、私は決めたのだ。
戦もなく、飢える者もなく、まるで天国のようだと聞くアカネの祖国。それに負けぬような国をいつかアカネと――
「レイル、準備は出来ているか」
執務室に向かいながら簡潔に告げた問いに、生真面目な側近は淀みなく応えた。
「……すでに元宰相、リヒャルト様には、アカネ様を養女にすることをご了承いただいております。王都中の掲示板にも、妃の披露目について記載しました。これで、王城の粛清はしばらく隠せるでしょう。そして、日本国からの留学生についてですが……」
「ああ、その件については問題ない。アカネ以外の留学生全員に、中間報告と銘打って召集を手配してある」
「早いですね。では、後は貴方しだいです。殿下」
「何だ、反対しないのか」
いつものように慇懃無礼な小言がなく、拍子抜けした私が後ろを歩くレイルを振り返ると、大仰にため息をついて天を向いていた。
「今更でしょう……あーもう、やだやだ。何で俺までお前の追いかけっこに付き合わされるんだよ」
「おい、地が出てるぞ」
「そうですか」
友人のようなやりとりに、微かな見えた光。消えないうちにと、言葉に乗せた。
「レイル、二人の時はもう敬語はいい」
「え……」
「お前に長い間苦労させてしまったこと、悪いと思っている。……私は変わる。だから、お前も変われ」
背後で、ひゅっと息をのむ音がした。
「殿……フレデリック」
「何だ」
「いや、何でもない。……アカネ様が、捕まることを願うよ」
「ああ」
自分でも、何故ここまであの異国人に惹かれるのか分からない。
ただ、私の全身が叫んでいた。彼女が欲しい、と。彼女を手に入れるまで、この熱は治まりそうにない。
素直でないアカネがどのような顔をして私を見るのか、ああ、楽しみで仕方ない。
―――だがその夜半、国境からの早馬が王城に到着した。
―――隣国、アルバート帝国の進軍との知らせだった。