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市庁舎バルコニーにて

チチチチ…チチ…

日本と変わらぬ鳥の声に、がばりと顔を上げる。


「あほか、私……」


やってしまった。徹夜だ徹夜。しかも報告書はまるで進んでいない。

はい、図書館で完徹です。

んんっ、と伸びをして白壁にはまる天窓を見上げれば、柔らかな朝の日差しに目が細まった。

外は朝市で賑わっているらしく、子どもたちの声が響いている。

いつも通りのキルンの朝。


「帰るか……」


今にも閉じそうな目をこすり、立ち上がる。うん。今日は一日寝よう。

そうやってふらふらと図書館を出た私が異変に気付いたのは、キルン一の大通りを横切ろうとした時だった。


「お嬢ちゃん、こっちは通行止めだよ! 市庁舎に向かうならモンテ通りまで行っとくれ!」

キルン警備隊の制服をまとったおじさんに、容赦なく家とは反対方向に押し戻される。早朝からお疲れさまです。って、そうじゃない。いつの間に集まったのか、目の前には、人、人、人の波。それはもう、キルン中の人がここに集結してるんじゃないかってくらい。何か今日、イベントでもありました?


呆然としていると、ふいにざわめきが一層大きくなり、波が一気に市庁舎へ向かって流れ出した。

「え、ちょ、私は家に…って、ちょっと――!!」

ダメだ。皆興奮状態で、誰も気づいてくれない。仕方ないので流されるままにしていると、市庁舎前の広場に押し出された。

どうやら市庁舎の最上階にあるバルコニーに、誰かいるようだった。

周りにつられるまま、顔を上げる。


うう、太陽が眩し……い………


「「王太子殿下――!! フレデリック様―!!」」

「ようこそキルンへ!!」

「いつもありがとうございます!!」

耳にどっと歓声が響く。

数日前までは毎日見ていた金の髪が、遥か遠くで手を振っているのが見え、息をのんだ。


「ど、どうして……」

思わず口にすれば、隣で国旗を振っていたおばさんが誇らしげに反応した。


「フレデリック様は本当にいいお方だよ! お忙しいだろうに、わざわざキルンここまで視察に来られたんだってさ。陛下はご病気でめったにお顔を拝見出来ないけど、この方になら安心してついて行けるってもんだよ!」

「そうだそうだ、王太子様は毎年のように氾濫していたハル河を、ついに制圧されたんだ! おかげで土地が増えた」

「それもあるが、子どもが病気にかかる数も随分減ったなあ。俺の家に『石鹸』が来てから、うちの坊主も腹を壊さなくなった。あれも殿下の発案らしいじゃないか」

「あんた、それを言うなら………」


目の前で口々にリックを称える人々に、私は圧倒されて声が出ない。

再びした大きな歓声に再度バルコニーを見上げると、彼が朱色のマントを翻して室内へ戻るところだった。私はそれをぼんやりと眺めるだけ。


朱色が完全に視界から消えるのを、ただ見ていることしか出来なかった。



*********


「ここに来るのは約半年ぶりですが…やはり若者が随分多いですね。良いことです。さあ殿下、もう満足されたでしょう、早々のご帰還を」


バルコニーから室内に戻り服を整えさせていると、側近の一人であるレイルが抑揚のない声で一気にたたみかけて来た。ひらひらと手を振って了承の意を表す。

仕方ない。無理やりキルンへの視察をねじ込んだせいで、王都にやり残した仕事は山ほどある。

手元の書類にサインしながら、出立の準備が整うのを待った。


「しかし、キルンでの留学生たちの評判は上々です。成果報告が楽しみですね」

薄茶色の短髪に、深い藍色の瞳。武人らしく少々無愛想なところがあるレイルだが、留学生についての報告を見ながら満足そうにしている。

「……ああ、そうだな。アカネも少し元気が無いようだが、まあまあ健康そうだし、今のところ心配なさそうだ」


広場の隅で、呆然とこちらを見上げていた彼女に、今更笑いが込み上げる。

さぞ驚いただろう、と。しかし。


「……アカネ様を、見つけられたんですか? この群集の中で?」

あからさまに狼狽したレイルは、変なものをみるかのようにこちらを凝視した。


意味が分からない。


「ああ、そのために来たんだからな。悪い虫がついたという報告もないし、もう少し時間はある。……レイル」

「……はい」

「王都へ帰還したら、大掃除だ。忙しくなるぞ」

レイルの顔が一気に蒼褪める。

「!!殿下、それは…!」

「大声を出すな。還るぞ」


もう少しだ。今の私にはアカネに会う資格はない。

だが、時間がない。


逸る気持ちを必死に抑え、王都へ向かい馬を走らせた。



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