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学び舎にて

街中に響き渡る、夕刻を告げる鐘の音。

「―であるからして、ランゲルト王国は約300年前に大きな転換点を迎えたのであり……。む、もう時間か。では本日の講義はここまでとする」


眼鏡をかけた老年の教授がそう言って教本を閉じた瞬間、蜘蛛の子を散らすように生徒が教室から飛び出してゆく。こんな光景は、日本の大学と全く変わらないなと苦笑しながら、私は黒板に書かれた文字を必死に写していた。


曲がりなりにも国費で留学させてもらってますからね。

留学生は大変なんです!


私が勉学の町キルンに来て、2週間が経った。

王都を飛び出して来たのはいいものの、何をするわけでもなく由美の部屋でひたすら本を漁っていた私に彼女が切れ、由美を初め多くの留学生が通う国一番の学舎「ランゲルト王立学院」へ連行されたのが1週間前。一体どういう手を使ったのか分からないが、偽名で私の編入手続きを済ませた由美は、誇らしげに「持つべきは親友でしょ!」とのたまった。


「アカネ、終わった?」


 後ろから聞こえた声に手を止める。覗き込む由美の後ろに、同じく留学生仲間の岸本くん。寡黙な彼とおしゃべりな由美。珍しい組み合わせだ。


「うん。何かあった?」

「ここじゃちょっと……裏庭ででも」


*****


 放課後の裏庭ともなると、人気が無く内緒話には好都合だ。日本語を理解出来る人は限られるが、ここは天下のランゲルト王立学院。油断は禁物だ。裏庭の、更に木陰に3人仲良く腰掛ける。


「なあ、二人とも。今王都でこんな噂が流れてるんだけど、知ってるか?」

 所用で王都へ行っていたという岸本くんが切り出した。


「なんか、近々国民に重大発表があるらしい。公共の掲示板がかなり増えてた。ただ、内容は正確には分からなくて、日本おれたちの関係とか、王太子殿下の妃のお披露目とか、好き勝手に皆想像してる」


 き…さき?

 思わず心臓が大きな音を立てたのに驚いて、服をきゅっと握る。


「あ、それってもしかしてこれに関係あるのかな?」

由美が鞄のポケットから出したのは、ランゲルト王国の王花が描かれた高級そうな薄紅色の封筒。


「これ、今日届いたんだけど、留学生の中間報告とかで全員一度王都に招集されるみたい。岸本にも来た?」

「いや、俺は今王都から戻ったばかりだから、まだ郵便は確認できてないんだが……日時はいつになってる?」

「追って連絡するとだけ。変ね、国からの招集状なのに曖昧な感じ…。ねえ岸本、王都でなんかあった?」


 岸本くんが何かを思い出そうとするように目を閉じる。その横でじっと手紙を見つめる由美。もちろん城から逃げ出した私には招集状など届くはずもないのだが、何となく心細くて、持っていたノートを抱えなおした。


「気のせいかもしれないんだが、前に王都へ行ったときより警備隊とか騎士とかを多く見かけたな。ほら、確か騎士はめったに街中には現れないはずだろ。なんかピリピリしてたって言うか……」

 いや、俺の勘だけど。っと、彼はがしがしと頭を掻きながら困ったように私達を見た。


「そもそも中間報告なんで、予定に入ってなかったはずなんだけど、なんかきな臭いわね…。アカネ、岸本くん、とりあえず報告の準備だけして、他の留学生仲間とも連絡をとりましょ。ここは日本じゃないから、警戒は怠らない方がいい」


 3人で頷き合う。

 じゃ、俺も郵便確認したいから、と岸本くんが去った後、由美は封筒を見つめながら、夕焼けをぼんやりと眺めている私にぽつりと言った。


「アカネ、さっきの噂…」

「え、あ、うんそうだね。やっとお妃さま選んだんじゃない? 騎士が王都を警備しているくらいなんだから」


 ランゲルト王国軍の構成は3部。国境を守る「守備隊」と、王都を初め町々に点在する「警備隊」、そして貴族の子弟が大半を占める「騎士隊」だ。騎士隊は王族の護衛が主なため、めったに王城周辺から出ることはない。そう、国家の要人を迎えるとき以外は。


「リ……フレデリック王太子の妃には、隣国の王女とか、重臣の娘とかが候補に挙がってたはずだし、あの人もやっと覚悟決めたんじゃない?」

 私がけらけらと笑うと、由美は腑に落ちないという風にじっと見つめてきた。


「ショックじゃないの?」

「え?」

「王太子殿下と親しかったんでしょ? キルンここに逃げてくるくらい…アカネ、本当に何も思わないの?」


「へ? なんで私が…むしろやっと勉強に集中できるからせいせいしたよ! じゃ、講義も終わったし、報告書かないといけないからもう行くね。」


 私は、何か言いたそうにしている由美に気づかないふりをして、町外れにある図書館へ逃げた。

 重い本を抱えたまま煉瓦色の坂道を駆け下り、理由もないのに息を切らす。

 

 そうだよ。呼吸いきが苦しいのは、久々に全力で走ったせいだ。


 それだけだ。

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