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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

猿人の英雄、異世界へ召喚される

作者: 高橋りゅう
掲載日:2013/09/28

 ウォォォオオオオオオオン!!


 雪つぶてが激しく打ち付けてくる雪原に、マンモスの雄たけびが響き渡る。

その巨体には、マンモスに比べて小さな猿とも人ともいえないものたちが張り付いてた。


 マンモスの巨体に比べてあまりにも無力に見えるその者達は、実は獲物をねらう狩人である。

削ってナイフのように尖らせた石でマンモスの分厚い脂肪を突き通そうと次々に突き立てていく。


 一撃一撃は何の脅威にもならないが、己の身体にしがみついて次々に傷をつけてくる狩人たちを振り払おうとマンモスは暴れる。

圧倒的な力の前に、しがみついていた狩人たちはなす術もなく振り落とされる。

地面に叩きつけられるもの、マンモスに踏み潰されるものと、マンモスのまわりに無残な亡骸がつくられていく。

狩人たちにとって、食べ物を得ることは命がけであった。


 マンモスに飛び掛ろうと様子をうかがっていたものたちは、その様子にしり込みをしてしまい攻撃の手が緩んでしまう。

マンモスはその隙を見逃さず、狩られるものから狩るものへと変わるために、雄たけびとともに大きな前足を振り上げ、足元を逃げ回る小さき者たちを蹴散らそうとした。



 そのとき、マンモスの雄たけびに負けじと一際大きな雄たけびが上がった。



 見れば激しく身を振るわせる巨体に、たった一人だけしがみついている者がいる。

彼はこの狩人たちの英雄であった。

その躯は他のものよりも一回り大きく、また鋼のように堅くしなやかな筋肉で覆われていた。


 彼は再び雄たけびを上げると、身を激しくよじり振り落とそうとするマンモスをものともせず、体毛をつかみながらマンモスの頭部に移動する。

マンモスは危機を感じ、両前足を大きく振り上げその巨体を持ち上げた。


 彼はマンモスの額をその引き締まった脚でがっちりと挟み込み、愛用している石斧を振り上げ、脂肪の薄いマンモスの額をかちわった。


 グォォオオオオオオオ!!


 マンモスは激しい痛みに耐え切れずに地響きを上げながら大地に倒れこむ。

そのまま痛みに耐えるように、横たえたまま激しく巨体を暴れさせた。


 彼はマンモスが大地にたたきつけられる前に飛び降り、そして暴れるマンモスに駆け寄りまたその石斧で頭部を破壊していく。



 やがて凍りついた大地に、息絶えた獣の生暖かい血が湯気をたてながら広がっていった。


 狩人たちは食料を得た喜びと、英雄の勇猛さに歓喜の雄たけびを上げた。

やがて一番の功労者である彼がマンモスの皮と厚い脂肪をはぎ、いまだ湯気をたてそうな新鮮な肉を切り取る。

彼はマンモスに足をかけ、満足そうに己をたたえる仲間たちを眺め、その勝利の肉を口に入れようとした。



そのときだった。



 彼の足元に光る円陣が浮かび上がり、それに気付いた仲間たちが驚く目の前で英雄は姿を忽然と消してしまった。

猿に戻ったようにキーキーと騒ぐ彼らのそばには、倒れたマンモスが湯気をたてながら一部の肉をむき出しにしているだけであった。





 彼は気が付くと見知らぬ場所にいた。

むき出しの足には平らで冷たい石を踏みしめている感触がした。

彼は己を見た。

手にはしっかりと生暖かい肉が握られており、腰にまいた皮にはしっかりと愛用の石斧が差し込まれている。

とりあえず彼は安堵して手の中の肉を食べようとした。


「勇者様、お待ちしておりました」


 不思議な音が聞こえた。

彼は肉にかぶりつきながら音のしたほうを見た。

咀嚼する喉を伝って床に血が滴る。


「うっ…!」

そこには不思議なものを身にまとい、口元を必死に押さえている者がいた。



 自分たちとどこか似ているが、その体格や顔つきはまったくの別物である。

線は細いが彼らの部族の雄ほどの背丈があり、露出の少ない素肌は禿げたのかというほど体毛がなく、頭部から目を見張るくらいに伸びた長い金の毛が特徴的だった。

胸元のふくらみから見るに、メスなのだろう。



 もしやこの肉を狙っているのだろうか…。

たとえ同じ群れのものであっても、英雄の肉に手を出すことは万死に値する行為である。

彼は構えながら注意深くそのものを観察した。


(ほ、本当にこの者が勇者で間違いはないのですか!?  どう見てもサルの魔物ですわよ!?)

(は、はい! 彼が神の導きの元に選ばれた勇者です!)



 金毛の横にもう一人、手には身の丈ほどもある木の棒を持ち頭から何かをかぶって顔の見えない奴がいて何かを囁きあっている。

はるか遠くのマンモスの鳴き声や足音を聞き取れる英雄の耳には丸聞こえなのだが、雄たけびや鳴き声とも違う不思議な抑揚の音だった。


「ゆ、勇者様、お名前をお聞きしても?」


 また金毛のメスが彼に不思議な音をかけるが、彼は肉を狙っているのかとうなり声を上げながら歯をむき出しにして金毛を威嚇した。


(ちょ、ちょっと! 翻訳魔法はちゃんと効いてるの!? さっきから睨みつけてきてばっかりで何も話さないし返事もしないわよ!?)

(姫様っ、ちゃんと翻訳魔法は効いているはずです!!)


 群れの誰もが威圧される彼の威嚇はきいているようで、変な二人が何の声をあげているのかはわからなかったが、焦っているのは気配で伝わってきた。


 彼はそのあいだに肉をすべて平らげた。

体中のすみずみに血肉がいきわたり、細胞の一つ一つから力がわいてくるような感覚がした。

英雄は血肉沸き踊る感覚に酔い、天を仰いで長い長い雄たけびを上げた。

空気がびりびりと震える。


 金毛のメスと木の棒をもったやつは地べたに座り込んでいた。

やがて興奮の醒めた英雄はその雄たけびをやめた。

しばしそのまま余韻にひたる。



 だが、彼の静かな時間は無粋なものによって引き裂かれた。

「近衛兵! この者を退治せよ!! どう見たってサルの化け物じゃないのっ!!」


 金毛のメスが険しい顔をして彼を指差して甲高い鳴き声を上げた。


「姫様ぁぁっ!!」

「きゃぁあああああっ!!」


 明らかに自分に対し敵意を示した金毛のメスを敵と見なし、瞬時に彼は石斧を振りかざして飛び掛った。

信じられないほどの脚力による跳躍は、国の精鋭である近衛兵が目で追えないほどの速さであった。


 ドゴッッッ!!


 鈍い音が響いた。



「…!?」


 彼は金毛のメスの一歩手前で、見えない何かに勢いよくぶつかり弾き飛ばされた。

そのまま勢いを殺せずに床に激しく打ち付けられる。


「? ? ?」

彼は床の上で混乱しながら傷ひとつ無い金毛のメスを見つめる。

かすかに金毛のメスの手から不思議な気配が感じられた。


「ひ、姫様っ!! ご無事で!? 」

「えぇ、守護の指輪のおかげで傷ひとつ無いわ! それよりもこの無礼者を早くとらえなさい!!」

「ははっ!」

光を鈍く反射する棒を持った、オスと思われるものたちが彼を囲んだ。

そいつらは、群れで一番大きい彼よりも背が高かった。



 彼は立ち上がり、石斧を構えながら様子をうかがった。

不思議に光る棒を突きつけながら、じりじりとやつらは距離をつめてくる。


 爆発しそうな緊張が場に充満したそのときだった。


「地軸をつかさどる空間の精霊に命じる! 転移!!」


 彼をめまいのような感覚がおそい、やがてその姿は虚空に消えてしまった。






「姫様、大丈夫でしたか?」

時空魔法を専門分野とする王宮魔術師は慌てて姫に駆け寄った。


「私は大丈夫です。それより今の魔法は?」

姫は金の髪をなびかせ、襲撃者による動揺を隠しながら魔術師を見た。

「は、はい。勇者の召喚魔法と同時進行で組み立てていた、大掛かりな転移魔法をつい発動させてしまいました」

「そう…助かったわ。あれでは近衛兵にも怪我人が出たでしょうからね。ところでどこに転移したの?」


 王宮魔術師はローブの下に隠れた幼い顔をかきつつ、眉を困ったように下げながら答えた。

「え~と、最終時点で勇者を転送するために地軸を合わせていた……魔王城です…」

「………」


 王宮の召喚の間に沈黙がおちた。





 その頃、魔王城では阿鼻叫喚の大惨事となっていた。


「ギャー!! 何コイツ!? いきなり現れてスライムを食べやがった!!」

「うわー! スケルトンの骨をわって骨髄を食べてやがる!!」

「俺たち魔物だってそんな残酷なことしねえよ!! お前、どこの悪魔だよっ!!」

「コイツの身体能力どうなってんだよ!」

「あ、あそこ! 壁をのぼってやがる!!」

「ってか、あの武器ってただの石じゃねえの!?」

「おい! ゴーレムが一蹴りで崩されたぞ!!」

「お前に人の心って者はないのかっ!!」


 彼はまだ人に進化する前だった。





 その頃の城。


「新たな勇者召喚の準備はできましたの?」

姫は薄暗い召喚の間で、たいまつの灯りを頼りに魔法陣を構築している魔術師に声をかけた。


「う~ん、準備はできたのですけど…」

魔術師は困ったように頬をかいた。

魔術師の様子に首をかしげた姫の横から、同じく困った顔の神官が声をかけてきた。

「姫様、この世界に召喚できる勇者は一人だけと決まっています。先ほど呼び出した、その…サルの魔物を元の世界に戻さない限り、次の勇者は呼べないことになっております…」


「さっきのアレ、…勇者としてカウントされてるの…?」


 召喚の間に、重苦しいため息が満ちた。




 その頃、魔王城。


「ふっはっはっはっは! この魔王城で好き勝手に暴れている愚か者とは貴様かっ!! この私自らが貴様を葬り去ってくれるわっ!!」

最上階にある魔王の間で、魔王と英雄は対峙していた。


 魔王の正体は、この世界の悪意を吸い込んで肥大したダークドラゴンだった。

高い天井にまで頭が届きそうな巨大な身体を覆った鱗は、禍々しく黒光りし鎧のように堅固に魔王の身体を守っていた。


 彼は魔王の巨体を恐れることなく見つめた。

そして喉を鳴らした。


 なんてうまそうな巨大トカゲだ!


 彼の目はギラギラと捕食者の光を宿していた。


「…おい、あいつ魔王様を見て…舌なめずりしてないか?」

「…え? さすがにそれはないんじゃない?」

「へいへい、びびってんじゃねえぞ!」

魔王の間の外で、野次馬たちがのぞいていた。


 千人もの兵士をなぎ倒す竜の尾で、英雄を一薙ぎしようと襲い掛かる。

英雄は軽々と飛び越えて竜の尾を避けると、石斧を振りかざしながら桁外れの脚力で巨竜の頭に飛び掛った。


「愚か者め! 永遠に消えることのない地獄の灼熱にさいなまされるがよい!!」


 巨竜は巨大な(あぎと)を開け、迫る英雄に灼熱の炎を吐いた。


「――っ!!」


 英雄は火を知らない。

空中で跳躍の軌道を変えることもできず、さりとて炎を防ごうとする知識も装備もなく、まさに眼前に吐き出された炎を全身で浴びることとなった。


 そのまま炎の勢いに飛ばされて床に転げ落ちた。


「あーっはっはっはっは!! 勇者といえど、あっけない最後であったな!!」

まさに火ダルマになりながら床に力なく横たわる英雄を見下ろし、魔王は歓喜の声をあげた。

魔王の間のそとで見守っていた魔物たちもそれぞれ雄たけびを上げる。

魔王城はしばし湧き上がった。


「あ、あれを見ろ!!」


 魔物たちが見守る中、静かに、しかし英雄はしっかと立ち上がった。

その身体には消えることの無い炎がいまだまとわりついている。

腰に巻いていた皮はすでに焼き焦げて煤となり、どこかに散っていった。



 魔王の間はしんと静まり返った。

灼熱の炎を身にまといながらフルチンで佇むその姿は、まるで炎から生まれた戦いの神のようでもあったし、何かとてつもないプレイに挑戦しているド変態のようでもあった。


 魔物たちも、魔王ですらその姿に恐れおののいた。



 ただびとであればすでに骨すらも地獄の炎に焼き尽くされていたところであったが、彼にはこの世界の精霊の祝福により勇者の加護というものがついており、魔王の攻撃に耐えうる力があった。



 やがて英雄は炎で熱され真っ赤になった石の斧を構えて魔王を睨んだ。


「ひっ!」

魔王はおもわずその眼光に小さく悲鳴をもらした。

英雄の目は、狩人でありながら手負いの獣の壮絶さを併せ持っていた。

そして英雄が身じろぎするたびに、股から下がったなかなかのブツが炎をまといながら揺れているのも、魔王の目をとらえて離さなかった。



 ぐぅおおおぉおおおおおおおおお!!



 英雄は戦士の雄たけびを上げながら魔王に飛び掛った。

地獄の灼熱にあぶられた石斧が魔王の頭を捉えようとしたしたそのとき、英雄の姿は光に包まれて消え去った。


 あとには、失禁して呆然と座り込んでいる魔王と、魔王の間の外で目を覆ったまま英雄が消えたことすら気付いていない魔物たちが残されるのみであった。





「これでサルの化け物はこの世界から消え去ったはずです」


 その頃召喚の間では、やりとげた充実感に鼻の穴を膨らませた魔術師と、安堵のため息に胸をなでおろす姫の姿があった。


「これで新しい勇者を呼べるようになるのですね…」

「はい! しかし魔王城への転移陣を再構築しなおさなければいけないので、一月の間は再召喚しても魔王討伐はできないでしょう」


「そうですか…。今度こそイケメンの勇者であれば、一月ほど我が城でイチャイチャするのもいいかもしれませんね…」

「何かおっしゃいましたか?」

「うふふ…いいえ、何も…」


 しばらくこの世界の魔王も人間たちも、静かに過ごすことだろう。






 さて、魔王城で姿を消した英雄であるが、彼は炎を身にまとったまま、倒したマンモスの側に戻っていた。

消えた英雄が再び現われたことで更に猿のようにキーキーと騒ぎ立てている彼らの目前で、炎に包まれた英雄は突如マンモスに抱きついた。


彼らは叫ぶのも忘れて英雄とマンモスを見守った。

やがて雪原に、それまで嗅いだこともない香ばしくて食欲を誘ういい香りが漂った。



 炎を身にまとった英雄はそっとマンモスから身を離し、そばに落ちていた石のナイフで肉を切り取った。

それは、見事なミディアムに仕上がっていた。


 英雄はその肉を天にかかげて咆哮した。

仲間たちも英雄を囲んでそれに続いた。



 その後、彼らの部族は猿人類ではじめて火を使い始めた部族となる。


 だがもちろんのこと記録は残されておらず、この事実は歴史の中にうずもれて消え去っていった。

英雄の一族はその後も繁栄を極めた。


 そして猿人類に火を広めた英雄は、その偉大さをリスペクトされ、世界中の各地で「炎の神」「闘いの神」「神罰の神」「かまどの神」などなどと語り継がれることになったのであった。



                     襲撃…いや、終劇!


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― 新着の感想 ―
[一言] その発想はなかった! 簡潔で分かりやすく、ぽんと膝を叩いて笑える面白い作品でした。 もし英雄が魔王を倒していたら、世界はどうなっていたのでしょうね。
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