マリア2
『過去…、どこまで知っている??』
先ほどまでの口調とは違う、低い声。
この言葉遣いに女は少し眉をひそめたが、構わず話し出した。
『全部知ってるわ』
『と言っても、漠然としたことだけだけどね』
『どこで知った??』
『調べさせてもらったわ…。時間は1年と2ヶ月程かかったわ』
『なるほどね…。何が目的だ??』
『それはこれから話させてもらうわ』
ピリピリとした雰囲気。
それもそうだろう。
僕の過去には、他人が軽々しく踏み込んではいけない領域がある。
それをこの女は踏み込もうとしている。
僕の態度は先ほどの好青年から一変した理由もそうだ。
土足で入ってくる人間は撃退しなければいけない。
どんな手段を使おうと。
『まず、【マリア】について私の知ってることを話させてもらうわ』
『ああ、そうしてくれ』
『ただ、俺は何も言わない。その話が真実かどうか』
『お前は自分が知っていることを話せば良い』
『口調が変わると恐いのね。知らなかったわ』
『軽口を叩いている暇があったら、話せ』
『…そうさせてもらうわね』
『まずはあなたと【マリア】の関係についてからで良いかしら??』
『…』
『無言は肯定と捕らえて良いかしら??』
『そうじゃないと話が進まないからね』
女はそう言うと手に持っていたペットボトルのキャップに手をやった。
水を一口だけ飲むと、一息ついた。
その動作がこの話が長く、そして深くなる予兆のように感じた。
『3年前に起きた事件…』
『その事件というのは【マリア】を飲んでいた学生二人が交通事故にあった』
『男子生徒は意識不明の重態』
『そして、横にいた女子生徒は死亡…』
『その意識不明の重態になった男子生徒が…』
『神崎伸一あなたね』
その言葉を発した瞬間、俺は女を押しフェンス際に追い詰めた。
胸倉を掴み、無言でただ怒気を女にぶつけた。
女は予想外の事態だったのか、言葉を失った。
表情も今までの強気な態度が一変し、恐怖の混じった顔になっていた。
『これ以上喋るな』
『喋れば…お前が女としてのプライドを無くすようなことをする』
『……さいよ』
『何だ??』
『やってみなさいよ!!』
『何でもしたら良いわ。私の問いに答えてくれたらね!!』
『最初から簡単に話が済むとは思ってなかったわ!!』
『さあ、交換条件よ!!』
俺は女の凄みに負け、何も言えなかった。
胸倉にあった手をどけ、女から一歩後退した。
最初から簡単に話が済むと思っていない…
それは優秀なこの女があらゆる事態を想定していたのだろう。
優秀故に、様々なことを想定したに違いない。
それ程までに何かを求めている。
…僕に対して。
何が目的なのかはまだ分からない。
ただ、ここまでの決意をするほどのことなのだろう。
『…そんな馬鹿なことはしないさ。手荒なマネをしてすまなかった』
僕はそう言うと、ポケットに入れていたある物をくわえた。
それは…。
『いえ、神崎君はそんな人間には見えなかったから少し驚いただけよ』
『けど意外ね…あなたがタバコを吸うなんて』
『はは…。これは電子タバコさ』
『本物のタバコは相性が悪くてね…』
『これは少し落ち着きたい時に吸うんだよ』
『フィルター(吸い口)の部分が交換できるようになっていて、様々な味が楽しめるんだ』
『今日はチョコレートかな』
『それに水蒸気が出て、本物そっくりなんだ』
『タバコを吸わない人間が禁煙グッズをしてるなんて面白いわね』
『それに態度も軟化してもらえたようだし、やはりあなたは興味深いわ』
そう言った彼女は、持っていたペットボトルの水を一気に飲み干した。
それだけ彼女にとっては、喉が渇くような出来事だったんだろう。
危険を知らない、真面目な彼女が必死になること…。
それはこれから分かることさ…。