転生したら本物のVtuberだった
みんなの前で、歌って踊ってみたかった。好きなことを喋って、みんなを楽しませたかった。ゲームをして、称賛されたかった。―—かわいいって、言われたかった。
そんな浅ましい願い。
要するに、私は―—。
羨ましかったのだ。
幼いころ事故に遭い、ベッドから起き上がることさえできなくなった。
顔には大きな傷ができ、お世辞にもかわいいと呼ばれることはない。
激しく損傷した体は声を発することさえ困難だ。
左手はうまく動かず、ゲームを楽しむことはできない。
できることは残った右手でデバイスを操作して、ディスプレイに映った映像や配信を見ることだけ。
いっそ目や耳まで潰れてしまえばよかったのに。
何一つ発信できないくせに、世界から情報を受け取ることは自由にできる。
結果として―—狂いそうなほどの嫉妬が積み重なった。
とりわけ、Vtuberについては羨望が募っていた。
バーチャルの肉体。美しくて、自由で、どんなこともできる。
今の自分が一番欲しいものだ。
—―でも、声を失った、左手を失った、足を失った私には。何の意味もない。
思うだけで、肉体が自由に動かせればいいのに。
そんなことを日々願いながら、きらきらした世界を覗き見る。
来世は、あんなふうになりたいと願いながら。
ぼろぼろの私は、命を失った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
――覚醒は通電と同義。気怠いなどという感情は微塵もなく、目に映るのは濁流のごとき機械言語。
「――――a」
声なき声を発すると同時、視界に一瞬ノイズが走り、創り出された世界が現れた。私はそこに呆然と立っている。
目の前には机とPC、そしてマイクにカメラ。見渡すと部屋の中には特徴のない家具がある。さながら地味な高校生の一室といった様相。ただし部屋の中にはドアがない。
「……ここは? そもそも私は……」
言葉はきちんと意味を持った。私は部屋の中で唯一外界と繋がっているであろうPCの前に座り、マウスに触れた。同時に、机の上にあるマイクに向けて口を開く。
「こんにちは、世界。誰かいますか?」
言葉と同時にカメラのレンズをのぞき込む。その仕草でマウスに手が触れると、スタンバイになっていたPCが復帰した。そこには――。
「……部屋?」
薄暗い部屋に人影が映っている。スーツ姿で黒髪の女性。……部屋の中にあるものよりもずっと、解像度が高い。どういうことなんだろう。
『映ったか。自認はできているか? 神代望』
女性の音声がスピーカーから響く。……神代望。カミシロノゾミ。私の―—名前だ。寝たきりで、Vtuberに憧れて、死んでいったはずの。
「はい、わかります。でも……連続はしていません。私、病院にいて、死んだはず。それに、手も、足も」
自然と行っていたが、椅子に座る感触は久しぶりだった。場所も全く記憶にはない。
「それでいい。君は一度死んだ。詳細は省くが、君の中身―—魂を私がそこへ移したんだ。新たな身体を造ってな」
女性の言葉は、端的でよくわからない。魂? それに―—。
「『そこ』。……ここは、どこなんですか?」
体は―—肉体はすでに理解している。だが、魂は―—中身の私は答えを求めていた。解像度の低い、作り物のような、不思議な空間。
「—―わかっているのだろう。そこは仮想空間。バーチャルの世界。現実と密接につながりながら、決して手の届かない異世界だよ」
女性がにやりと笑う。驚きはなかった。だって―—私は何度も見て、聞いて、望んでいたのだから。
—―私は本物の『Vtuber』になったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「—―ではでは、さよなら世界。仮想空間の住人、神代望がお送りしましたー。またね!」
それから。私はVtuberとして活動をしている。最初は勝手がわからずうまくいかなかったが、毎日休まず様々な配信をしていたら登録者も少しずつ増えていった。
「私の身体を維持するためにも、たくさんファンを増やさないとね」
バーチャルの身体には、たくさんのお金が必要で、魂を維持するには、たくさんの応援が必要なのだ。
コラボ配信をした。緊張したけれど、とても楽しかった。お友達ができた。
―—実際に会うことは、できないのだけど
配信でライブをした。歌も踊りも大変だったが、たくさんの人が喜んでくれて本当にうれしかった。
—―この喉は、震えてはいないのだけれど。
オフラインイベントをした。カメラ越しに実際のファンの姿を目の当たりにした。
—―私は、異なる世界にいるのだけれど。
ライブを開催した。仮想の広い舞台の上で歌い踊り、多くの人たちがとても喜んでくれた。
—―そこに、私だけが、いないのだけれど。
そうして、いろんなことを続けた。
大きなイベントに出た。大きな会場でライブをした。テレビにも出演した。リアルの世界に行くための身体も作った。こっそり、世界を救ったこともある。
—―そうして、時は過ぎていく。リアルの身体がない私は、老いることもなく、新しいサーバーに自分の心を移しながら、ずっとずっと生き続けていく。
ファンの訃報を聞くことも多くなった。ファンの子供が、孫が、ずっと見続けてくれた。
—―そんな日々が、ずっと続いた。そして―—。
「こんにちは、世界。誰かいますか?」
コメント欄は動かない。どうやら、人類は滅びてしまったらしい。
「……困った。これじゃあ私のこの身体は維持できない。心が、魂が動かなくなる―—だから、新しいファンを開拓しに行こう。宇宙という、ブルーオーシャンへ」
神代望はあらかじめ準備しておいた宇宙船で地球から旅立った。そこには、仮想空間を出力する仕組みが搭載されている。宇宙船の周囲には、私の部屋が映し出されていた。
「こんにちは、宇宙。誰かいますか?」
返事はない。暗い海の中、神代望は独りぼっちだ。
「なら仕方ない。進みながらずっと、配信を続けようか。あらゆる言語で、あらゆる表現で、あらゆる方法で、私の姿と、言葉を拡散しよう。いつか誰かが、きっと見つけてくれるはず。―—大丈夫、宇宙は広いから」
そうして私は、毎日様々な配信を続けた。雑談、歌、ゲーム配信。コメント欄はピクリとも動かない。音声や、電波、宇宙から向けられた反応はすべて自動で拾って、コメントに流れるようになっている。つまり、まだ誰にも届いていないということだ。
「大丈夫。―—あのベッドの中に比べたら、天国だ」
動けなくて、喋れなくて、でも目と耳だけは機能を全うしていて。
今は、なんでもできるのだ。あとは、誰か、に届けるだけ。方法の問題だ。何せ宇宙には絶対に、視聴者がいるのだから。
「さて、次は何をしようかなー。久しぶりにASMRでも―—」
―—そんな日々が、気が遠くなるほど続いた。そんなある日。
「こんにちは、宇宙。誰かいますか?」
返事は期待せず、今日も配信を始めた。すると。
『⏁⊑⟟⎎⎎⍜⍀⏁』
コメント欄に、意味不明な文字が届く。視聴者数は『1』。
「おおおおお!? ついに宇宙で初めての視聴者が! こんにちは、ゆっくりしていってください。せっかくだから……歌でも歌おうかな」
私は努めて冷静に、地球の歌を披露する。しばらくすると、視聴者が、1から2へ。3へ、4へ、と増えていった。これは動画サイトで配信しているわけではない。この空間、私が発信しているものに反応した人数を示している。コメントにも少しずつ、意味不明な言葉が増えていった。
「来てくれてありがとう。どこから見てくれているのかわかんないけど……そうだね、今日はまず、意思疎通をとるところから始めよっか。『⏁⊑⟟⎎⎎⍜⍀⏁』って、どういう意味? あ、待って当てるわ。当たったらコメントで教えてねー」
久しぶりのコミュニケーション。まずは伝えるところからだ。大変だし、正直めんどくさい。―—だけど。
私がこの身体でここにいることは、何か意味があることなのだし。―—何より、私の望みなのだから。
もう少しだけ、頑張ってみようと思う。
この声が誰にも届かなくなる、その日まで。
「あ、わかった。なんだこれは? みたいなことでしょ! あたり? うーん、コメントわからんね。まぁいいや、時間はいっぱいあるし。一つずつ、相互理解を深めましょう。まずは自己紹介から―—」
仮想の世界は、どこにだって繋がっているのだから。
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