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王様は目を離せない

作者: 白凪しおり
掲載日:2026/03/23

昔話に出てくる王様は、きっといつも、全てを見渡せる場所に立っているのだろう。


 城のいちばん高いところから。

 あるいは、誰よりも遠くまで届く視線で。


 大切なものを、見失わないために。


 ――そんなふうに考えたこともなかったのに。


「横内、こっち手伝って」


 現実は、ペンキの匂いと騒がしい声に満ちている。

 文化祭準備の放課後。教室の床には新聞紙が広げられ、段ボールの壁には下書きの線が何本も走っていた。


「ごめん、今行く!」


 立ち上がると、少し離れたところで誰かと目が合った。


 ――永山朱雀。


 同じクラスで、たぶん一番目立つ人。

 騒がしい中心にいるタイプではないのに、なぜか視界に入る。

 気づくと、そこにいる。

 ――いつも、見ていた気がする。


 壁の色を決めるグループの少し外側で、静かに会話を聞いていた。

 目が合うと、ほんの少しだけ笑う。


 それだけなのに、心がふっとほどける。

 優しく、落ち着いて、余裕がある。

 ――不思議な人だ。


「横内、それ青でいいと思う?」

「あ、うん。いいと思う!」


 返事をしながら視線を交わす。

 さっきまで少し離れていた距離は、いつの間にか縮まっていた。


「俺もそれでいいと思う」


 隣に立つ永山。自然に、誰も気に留めないくらいさりげなく。

 ――でも、心の奥で少しだけ胸が騒ぐ。


脚立の上で色のバランスを見ていると、下から声がかかった。


「横内ってさ、こういうの得意だよな」

「え、そうかな」

「うん。だからさ、ちょっと相談乗ってほしいんだけど」


 広げられたのは、文化祭の配置図。まだ決まっていない部分が多く、空白が目立つ。


「ここ、休憩スペースにするか迷ってて。人の流れ的にどう思う?」

「ああ……確かに、人集まりすぎるかもね」


 脚立から降りて隣に立ち、紙を覗き込みながら、少し広げた方がいいかもしれないと指を置く。


「やっぱり横内に聞いて正解だった」

「そんなことないよ、今考えただけだし」


 笑いながら返す。そのやり取りだけでも、文化祭準備の時間は特別に感じられる。


「ここ通路広げた方が――」

「それだと、たぶん詰まるよ」


 言葉が重なり、振り向くとすぐ後ろに永山が立っていた。


「この時間帯、入口側に人が偏るから。休憩スペースはもう少し奥の方がいい」

 配置図の一点を指しながら、落ち着いた声で説明する。


「ここなら流れも分散するし、止まる人もばらける」

「……あー、確かに」


 男子が納得して頷く。

 「じゃあそれでいくわ。ありがと、永山」

 「うん」


 短く返す声は穏やかで特別なものではない。

 でも、胸の奥には小さな波紋が残る。


「……永山って、ほんとよく見てるよね」


 つい、ぽつりと零した言葉に、彼は少し間を置いて答えた。


「別に」

「ちゃんと見てるだけだよ」


その言葉が、ほんの少しだけ重く沈む。


 ――見ていないと、失うから。


 そんなふうに、誰かに教え込まれたみたいに。


 視線が、離れない。

 理由は分からないまま、私はもう一度配置図に目を落とした。


「ねえ梓!ここどっちの色がいいと思う?」


 振り向くと、同じクラスの女子が二つの色見本を持って立っていた。


「えー、どっちもいいね。んー……こっちの方が明るくて目立つかな」

「だよね!じゃあこっちにしよ」


 自然と笑い合い、会話が空気を柔らかくする。


 ふと視線を感じて顔を上げると、少し離れたところに永山がいた。

 別のグループと話していて、猫のように目を細めて笑う。

 ――気のせいか。そう思い、また目の前の色見本に視線を戻す。


決まったことに小さく頷き合い、女子は足早に自分の作業に戻っていった。

私も作業へ戻ろうと、一歩踏み出す。


 その瞬間、ぐら、と体勢が揺れる。


「あっ――」


 咄嗟に手をついた拍子に、足元のバケツにぶつかり、水がこぼれる。

 ――やばい。


「大丈夫?」


 すぐ近くで声がした。

 気づけば腕を軽く支えられていた。

 落ちるほどじゃない、ほんの一瞬の傾きだったのに、まるで最初からそこにいたみたいに、自然に。


「え、あ……ごめん、水――」

「平気」


 短く言い、床に視線を落とす。こぼれた水は雑巾で手際よく拭き取られていた。

 ――いつの間に準備したんだろう。迷いがない。


「滑ると危ないから」

「ほんとごめん……」

「謝らなくていいよ。怪我してないなら、それでいい」


 その言葉に、胸の奥が少しだけほっとする。

 でも、さっきのことを思い返すと、やはり引っかかる。


「……永山、さっきどこにいたの?」

「すぐそこ」

 指差された先は、さっきまで誰かがいた場所。

 でも、はっきりとは思い出せない。


「横内、結構ギリギリまで体重かけてたし」

「さっきちょっと危なそうだったから」

「そっか、ありがとう」


返事をしてローラーを持ち直す。

何故か少しだけ、さっきより距離が近く感じる。


「ほんとに大丈夫?」


 床を拭き終わったあとも、永山はもう一度そう言った。


「うん、大丈夫だって」


「……ならいいけど」


 少しだけ間を置いて、


「目を離すと、ろくなことにならないから」


 ぽつりと、呪文のように落とされたその言葉。


「え?」


 思わず聞き返すと、


「気にしないで」


 いつもの穏やかな顔に戻っていた。


「兄ちゃん」


 聞き慣れない声に振り向くと、教室の入口に男子が立っていた。


 制服の色が少し違う。

 同じ学校だけど、学年が下だとすぐに分かる。


「差し入れ持ってきた」


 そう言って、袋を軽く持ち上げる。


「あ、ありがと」


 近くにいた誰かが受け取って、中を覗き込む。


「え、めっちゃいいやつじゃん」


「母さんが持ってけって」


 気負いのない声。


 そのやり取りの中で、ふと気づく。


 永山の動きが、一瞬だけ止まっていた。


「……青」


 名前を呼ぶ声は、いつもより少し低い。


「ちゃんと気をつけて来た?」


「え?」


 青、と呼ばれたその子はきょとんとする。


「別に普通に来ただけだけど」


「階段、混んでただろ」


「まあちょっとは」


「走ってない?」


「走ってないって」


 軽く笑いながら返す。


 そのやり取りは、兄弟なら普通の会話に見えるのに。


 なぜか少しだけ、空気が違う。


「兄ちゃん、過保護すぎ」


「……そういう問題じゃない」


 ぽつりと返された言葉に、


 青は「はいはい」って流すみたいに肩をすくめた。


 深く気にしている様子はない。


 それよりも、


「これ、早い者勝ちでいいから」


 差し入れの方に意識が向いている。


 周りもすぐにそっちに集まって、教室の空気が少しだけ明るくなる。


 その中で。


 永山だけが、ほんの一瞬。


 青の方を見たまま、目を離さなかった。


 ――まるで、確認するみたいに。


 やがて視線が外れる。


 何事もなかったみたいに、いつもの表情に戻って。


「横内、これ持って」


 すぐ隣で声がして、紙コップを手渡される。


「あ、ありがとう」


 さっきまでの空気が、嘘みたいに戻っている。


 周りのざわめきに紛れて、その違和感はもうどこにも残っていないはずなのに。


 なぜか少しだけ。


 それは逃れられないおりとなって、静かに、私の胸の奥底へと沈んでいった。


 彼が弟を見つめていた、あの縋るような、あるいは縛り付けるような視線の残像が、消えずにずっと濁っている。


「永山ってさ、結構細かく見てるよね」


 なんとなく、その濁りを言葉に変えて吐き出してみる。


「そう?」


「さすがクラスのリーダーだよね!」


 軽い気持ちで笑いながら言うと、


 一瞬だけ、間があいた。


「……まあ」


 少しだけ考えるみたいに視線が落ちる。


「色々見てないと分からないから」


「そんなに?リーダーって大変そう」


 そう返すと、


「うん」


 あっさり頷かれる。


「大丈夫って言い切れる根拠ある?」


「え?」


 急に真面目な声になって、思わず聞き返す。


 でも、


「いや、なんでもない」


 すぐにいつもの調子に戻っていた。


……


五歳の冬、僕の世界は「視線」で分けられた。


 ほんの一瞬。

 本当に、瞬きをするほどの短い間。


 僕がふと流れる雲に目を向けた隙に、隣にいたはずの青の声が、悲鳴に変わった。


 白い雪の上に、鮮やかすぎる赤が散る。


 何針も縫ったという弟の傷跡よりも、僕の耳に深く縫い付けられたのは、母さんの言葉だった。


『見ていなかったの?』

『大切なら、片時も目を離しちゃいけないのに』


 突き刺すような拒絶の視線。


 そのとき、幼いなりの理屈で理解してしまった。


 ああ、そうか。

 母さんは、僕のことを見ていない。

 

 僕が目を離したせいで、青は傷ついた。


 僕から目を離している母さんにとって、僕は大切ではないのだ。


 以来、僕にとっての愛は「呪縛」と同じ意味になった。


 見張ること。繋ぎ止めること。二度と、一瞬の隙も許さないこと。

 ――だから。


「……横内」


 文化祭の喧騒の中、少しだけ先を歩く彼女の背中を、僕は今日も逃さず捉え続ける。


 彼女が笑うたび、その無防備さに胸の奥がひりつく。

 

 彼女は知らない。


 僕がこうして見ている間だけ、彼女の平和が守られていることを。


 そして僕が、彼女の視界に自分が入っているかどうかに、これほどまで怯えていることを。


ふっと、窓から吹き込んだ秋風が、教室に留まったペンキの匂いをかき乱した。


 夕暮れに近い陽光が、床に散らばった色とりどりの画用紙を、残酷なほど鮮やかに照らしだしている。


……


「……梓、聞いてる?」


 不意に名前を呼ばれて、ハッとして顔を上げた。


「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」


 目の前では、友達が不思議そうな顔をして小筆を動かしている。


 窓の外を見ると、空はいつの間にか燃えるような茜色に染まっていた。


 準備の手を止めて、なんとなく教室を見渡す。


 そこには、さっきまで隣にいたはずの永山の姿はなかった。


 代わりに、入口の方で下級生と熱心に打ち合わせをしている彼の背中が見える。


 その横顔は、いつものように穏やかで、誰よりも頼もしい「王様」のままだ。


 ――さっきの、あの声。


『目を離すと、ろくなことにならないから』


 冗談めかして言ったはずのその言葉が、なぜか今になって、さっきよりも重く心に残っている。

 

 夕闇が迫る教室で、彼の背中がほんの一瞬、どこか遠い場所に立っているように見えた。


 まるで、誰にも届かない高い城の上から、たった一人で世界を監視しているような――。


「……梓?」


「ううん、なんでもない。さ、続きやろっか」


 胸の奥に沈んだ澱を、無理やりかき消すように笑ってみる。


 けれど、一度意識してしまった「視線」の重熱は、もう消えてはくれなかった。


校門を出ると、街灯がぽつぽつと灯り始めていた。


 文化祭の準備で遅くなった帰り道、偶然を装うように、永山と並んで歩くことになった。


「……今日は、結構進んだね」


 沈黙が気恥ずかしくて、何気なく口にすると、


「そうだね。横内がいたから助かった」


 永山は前を見据えたまま、穏やかに答える。


 車道のライトが彼の横顔を掠めて、瞳を鋭く光らせた。


 歩道の端を歩く私を、彼はさりげなく内側へ促す。


 その動作に迷いがない。


「……永山って、いつもそうだよね」


「何が?」


「なんだか、ずっと守られてるみたいで。私、そんなに危なっかしいかな」


 少しだけ冗談めかして笑うと、永山の足がふっと止まった。


 私もつられて足を止める。


 振り返ると、彼は街灯の逆光を背負って、表情の読めない瞳でじっと私を見つめていた。


「……自覚ないんだ」


 低い声が、夜の空気に溶ける。


「え?」


「横内、すぐどっか行っちゃいそうだから」


 それは、迷子の子供を心配するような響きだった。


 けれど、その奥に潜む「何か」を誤魔化すように、彼はすぐにいつもの穏やかな顔に戻る。


「……目が離せないんだよ。癖みたいなもん」


「何それ。子供扱いしすぎ」


 私がむくれて見せると、彼は「ごめん」と短く笑った。


 けれど、歩き出した彼の指先が、私のコートの袖口をかすめる。


 掴むわけでも、引き寄せるわけでもない。


 ただ、そこに私が「存在しているか」を、一瞬だけ確かめるような、微かな接触。


 彼はそれ以上何も言わずに、歩き続ける。


 けれど、さっきよりも少しだけ、二人の距離は縮まっている。


 彼の視線は、もう私の背中を追うのではなく、隣で私を捉え続けていた。


 駅の改札を抜けて、ホームに上がると、冷えた夜気がマフラーの隙間に潜り込んでくる。


 電車の到着を告げるアナウンスが響き、遠くから二筋の光が近づいてきた。


「じゃあ、また明日。お疲れ様、永山」


 足を止めて、私は彼に向き直る。


 彼はポケットに手を入れたまま、私の少し後ろに立っていた。


「うん。気をつけて」


 短い返事。けれど、その視線は私の顔から片時も外れない。


 滑り込んできた電車の風が、彼の前髪を激しく乱した。


 開いたドアに一歩踏み出し、車内から振り返る。


 永山は、ホームの黄色い線の内側に、ただ真っ直ぐに立っていた。


 ――ふと、思った。


 彼はいつも、こうして誰かを見送っているのだろうか。


 大切なものを、見失わないように、視界の端から消えるその瞬間まで。


 不意に、彼と目が合う。

 

 その瞳が、微かに揺れた気がした。

 

 ――王様は、見失わないために、見渡し続けている。

 

 でも、もしも。


 彼が恐れているのが、「見失うこと」ではなく。

 ――その先にある何か、だとしたら。


 閉まるドアの向こう側で、一人取り残されたように立つ彼の姿が、なぜかとても小さく見えた。


 文化祭1日目の午後。永山は実行委員の仕事で後輩たちに囲まれ、指示を出していた。


 その少し離れた場所で、私は遊びに来てくれた弟の青くんと、二人きりになった。


「あ、兄ちゃん、またあんな顔してこっち見てる」


 青くんが苦笑いしながら、受付の椅子に座る。


 視線の先では、永山が後輩の質問に答えながらも、こちらの動きを寸分違わず追っていた。


「……永山って、本当に心配性だよね」


「でしょ? 昔からなんだよ。俺がちょっと転んだだけで、この世の終わりみたいな顔すんの」


 青くんはそう言って、自分の額の生え際にある薄い傷跡を指でなぞった。


「僕が3歳の頃かな。雪の日に遊んでて、派手に切っちゃってさ。地面が真っ赤になるくらい血が出て、何針か縫ったらしいんだけど。……正直、俺は全然覚えてないんだよね。痛かった記憶すらない」


 青くんは、本当にどうでもよさそうに笑った。


「でも、兄ちゃんだけは違うんだ。いまだに雪が降ると、俺のそばから離れない。母さんに『お前がついていながら』って死ぬほど怒られたのが、相当トラウマになってるみたいで」


 ――お前が、ついていながら。

 ――大切なら、目を離すな。


 青くんの軽い口調とは裏腹に、私の胸の奥に冷たい澱がすとんと落ちた。

 

 遠くで誰かと話している永山と、ふいに目が合う。


 彼は私たちが何を話しているか知らない。


 ただ、私たちが「そこにいる」ことだけを確認して、安心したように一瞬だけ目を細めた。


 彼は、あの雪の日の赤を、今も一人で拭い続けているのだ。


 誰にも届かない高い城の上で、二度と誰も傷つかないように、自分を削りながら。


文化祭二日目、校内はどこも浮き足立った熱気に包まれていた。


 私は、備品の買い足しを頼まれて、喧騒から少し離れた中庭の渡り廊下を歩いていた。


「……横内さん、だよね?」


 呼び止められて振り返ると、そこには他クラスの、女子の間で有名な人気男子が立っていた。


 彼のような「光」の中心にいる人に名前を呼ばれるなんて思ってもみなくて、私は戸惑いながら足を止める。


「あのさ、ずっと言おうと思ってたんだけど」


 真っ直ぐな視線。迷いのない言葉。


 それは、紛れもない告白だった。


 けれど。


 心臓が跳ねるような緊張の中で、なぜか私の頭に浮かんだのは、目の前の彼の笑顔ではなかった。


 ――いつも、少し離れた場所から私を捉えている、あの静かな瞳。

 ――「危なっかしいから」と、理由をつけて私を繋ぎ止める、あの低い声。


 永山。

 

 今、彼はどこにいるんだろう。


 そう思った瞬間、渡り廊下の陰から、誰かが足早に立ち去る気配がした。


「……ごめん。私、行かなきゃ」


 告白への返事もそこそこに、私はその背中を追って走り出していた。

 

 人気のない旧校舎の階段踊り場。


 窓から差し込む西日が、埃を白く浮き上がらせている。


 そこに、彼はいた。


 壁に背を預け、俯いている。


 いつもなら、私が近づけばすぐに気づいて笑うはずなのに。


 彼は、頑なに私から目を逸らしたままだった。


「……永山?」


 恐る恐る声をかけると、彼はビクリと肩を揺らした。


 顔を上げた彼の瞳は、いつもの余裕など微塵もなく、ひどく濁って、熱を帯びている。


「……来るな、来ないでくれ」


 拒絶のような、懇願のような声。


「永山、どうしたの? さっき、そこにいたんでしょ?」


「……見てた。全部」


 彼は吐き捨てるように言った。


 握りしめた拳が、白くなるほど震えている。


「一瞬、目を離した隙に……また、いなくなる。誰かに、連れて行かれる。分かってる、あいつの方が君に相応しいことくらい。でも、」


 彼は激しい呼吸を整えようとして、自分の胸を強く押さえた。


 リーダーとして、兄として、完璧に振る舞ってきた「王様」が、今にも崩れ落ちそうに揺れている。


「……もう、いっぱいいっぱいなんだ」


 掠れた声が、静かな廊下に零れ落ちた。

 

「これ以上、何を見ればいい? どうすれば、君を失わずに済む? ……俺には、もう分からないんだよ。見ていることしか、できないのに」


 その瞳には、かつて雪の上に散った「赤」を恐れる、五歳の少年の影が張り付いていた。

 

 あの日、目を離したから弟が傷ついた。

 今日、目を離したから君が誰かのものになる。

 

 そんな歪んだ結びつきが、彼を何年も縛り続けてきたのだと、私は初めて悟った。

 

 胸の奥に沈んでいた澱が、一気に熱を持って溢れ出す。


 私は、震える彼の手に、そっと自分の手を重ねた。


驚いたように、彼の視線がようやく私を捉える。


「青くん、言ってたよ。あの時のこと、何にも覚えてないって。痛くもなかったし、永山くんを責めてもいないって」

「……え」

「もう、見張らなくていいんだよ。誰のせいでもないの。」


 彼は呆然として、私の顔を見つめていた。

 いつも余裕を携えているその瞳が、溢れそうなほど潤んでいく。

 

 「王様」の仮面が完全に剥がれ落ち、そこにはただ、何年も一人で誰にも見つけられず、孤独の中に立ち尽くしていた一人の少年がいた。


「……ずっと、怖かったのかもしれない」


初めて吐き出された、王様の「弱音」


 私は何も言わず、重ねた手に少し力を込めた。


 窓の外、文化祭の喧騒が遠くで響いている。


 けれど今のこの場所だけは、彼を縛る城でも、監視の塔でもない、ただの静かな階段の踊り場だった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

この物語が、少しでも心に残っていたなら嬉しいです。

ブックマークなどの反応も、大切に受け取っています。

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