16 予告配信!
ルイスはいわゆる「深窓の令嬢」ではない。
いずれ母の経営する商会に入ると決めており、学業と仕事を優先してきた。そのため、令嬢たちがたしなむ習い事には少々縁遠い。
一方で、子どもの頃から母についてまわっていて、貴族の令嬢が出入りしないような場所にも足を踏み入れている。市場であったり、レストランの厨房であったり、開店前の百貨店などだ。
家族からは「過信は禁物ですよ」と単独行動を許されたことはなかったが、年頃になって王宮で働き始めたこともあり、多少のことには動じずいざとなったら一人でも出歩ける自信はある。
しかもこの日は、背筋がぴっと伸びるような騎士服のまま街へと出てきたのだ。
同行者はシャツにウエストコートとロングジャケットで、いかにも貴族的な雰囲気を漂わせたランドルフである。
「俺は任務で街へ出ることはあるけど、遊び歩くことはあまりないかな。普段の用事は王宮内で事足りるし、たまの休暇で屋敷に帰ったときに季節の服を仕立てたりすることはあるけど、店まで出向くことはないから」
おっとりと笑ってそんなことを言うのを聞き、気持ちは見習い騎士のルイスは奮起した。
(第一騎士団の主たる任務は要人警護。今日のランドルフ様はまばゆいばかりの貴族の若様。私が守らずして誰が守ると!)
拳を握りしめ、力強く請け合う。
「わかりました! では街歩きは僕にお任せください! ランドルフ様に素敵な『王都の今』をご案内いたします!」
「頼もしいな。よろしくね」
まるでランドルフの護衛騎士になったかのごとく、ルイスは勇んで「僕から離れないでくださいね!」と先導する。配信用の魔道具を持ったランドルフが、その後に続く形だ。ルイスより頭ひとつ分背が高く、視界が広い。第一騎士団の騎士服姿で歩く「レインくん」に注目が集まっているのを見て取って、自然と目つきが鋭いものになる。
自身に向けられる視線は受け流しつつ、ルイスへ見惚れる男に対しては、さりげなく威嚇めいた睨みをきかせていた。
「ランドルフ様をお連れするとあらば、絶対に楽しんで欲しいですからね……! どこが良いでしょう? えーっと……あっ、綿菓子がお好きなんでしたっけ。ということは甘い物を召し上がっていただけるようなお店がいいでしょうかね!」
楽しげに話していたルイスが、「あっ」と声を上げて足を止めた。
「どうした?」
ルイスはぱっと振り返って、ランドルフを見上げる。
「予告配信を……! 予告配信をしましょう! いつもは副団長が魔道具を操作しているので、僕は操作したことがないんです。上手く使えるか練習してみた方がいいと思います。ゲリラ配信の予告も兼ねて!」
「それもそうだな。ゲリラ配信とはいえ、まったく気づかれないまま終わるわけにもいかない。『一時間後に配信を開始します』って内容で、まずは三分くらい流すか? 受信機が登録チャンネルの動きを関知すれば、気づく視聴者もいるだろう」
「ですね! その一時間で、配信にご協力いただけるお店を探すことになるので忙しいですが。早めに始めましょう! 魔道具の操作は僕が」
手を伸ばしてきたルイスに、ランドルフは爽やかな笑みを向けつつ魔道具を肩の位置まで持ち上げる。周囲を威嚇していた気配など微塵も感じさせない甘やかさで、優しく応じた。
「俺が操作してレインくんを映すよ。魔力は足りているから動かせる。どうする? あの石橋の上に行こうか。川を背にすれば、他のひとは映り込みにくいよ」
「僕をですか? ランドルフ様が映ったほうが絶対に皆さん嬉しいと思うのですが」
すでに、ルイスの頭の中では「憧れの騎士様と街で二人きりのデート風配信」のシナリオが出来上がっているのだった。
(ランドルフ様に「どこへ行こうか」って言われて手を差し伸べられて、手を繋いでいるような映像からスタートですよね。あとはもうひたすら笑顔を独り占めです。美味しそうにスイーツを食べる絵は絶対に必要で……。口の端にクリームをつけてしまうランドルフ様も良いですが「クリームついているよ」って笑って言われるのも尊い……!!)
目指すは、受信機の前の令嬢が息も絶え絶えになるほどの甘い配信だ。
第一騎士団の騎士の貴重な休暇の姿を見られるだけでも悶絶ものだろうに、画面の向こうからまるで恋人のように話しかけてくるのだ。
自分が配信を見る側だったらどうかと考えて、ルイスは噛み締めながら呟いた。
「ランドルフ様とのデートだったら、確実に何人かは息の根を止められると思うんですよね」
「待てレイン。なんの話をしている?」
ルイスの妄想など知る由もないランドルフが、思わずのように聞き返す。
物騒な表現をしたことなどケロッと忘れた顔で、ルイスはここぞとばかりに目を輝かせて早口でまくしたてた。
「何って、今日の配信のことですよ。どちらかが魔道具を操作する必要があるので二人で画面に映ることはないですが、それを最大限に生かす方法を考えていたんです。つまりイヴリン姫からご提案頂いたカップル配信『風』ですね。そのものランドルフ様とのデート体験です」
「それがどうして物騒なことに」
なおも不審がっているランドルフに、ルイスは邪気のない笑みをうかべて「乙女の心を強奪してしまうからです!」と元気良く答えた。
「僕は社交界での振る舞いに疎いですが、ご令嬢方というのは婚約者を子ども時分に決められたりすることもあり、早々に男女の結びつきである『結婚』を意識せざるを得ない立場ながら、ご自身の気持ちに素直な『恋愛』を経験する機会は多くないのではないかと思います。こっそり恋愛小説を読んでドキドキするくらいでしょうか。それだけにデート体験配信は強烈だと思うんですよ。現実では体験できない恋人ごっこ……」
言いながら恐ろしいことに気づき、ルイスは徐々に勢いを失っていく。
「恋人ごっこ、だから?」
続きを聞きたいとばかりにランドルフに促され、頭の中に浮かんだ恐ろしい話をおっかなびっくり口にした。
「どうしましょう、ランドルフ様に恋する乙女が続出して、この国で婚約破棄などが流行ってしまったら……! 健全ではないと、配信そのものが悪とされる風潮になってしまうかもしれません……!!」
さーっと血の気の引いた顔のルイスを見て、ランドルフは噴き出した。
「それは恐ろしい話だけど、そうならないための『騎士団の姫』の出番じゃないかな?」
「え?」
きょとんとしたルイスにいたずらっぽくも熱っぽい視線を送り、ランドルフは片目を瞑ってみせる。
「『悪』になるのは俺も本意ではない。ゲリラ配信が問題を起こして本配信に影響が出るのも避けたい。こういうときだからこそ『レインくん』がエスコートされる姿を見せる配信が良いと思う。視聴者の方に『ああいうデートを自分もしたい』と自分を重ねられる内容でね」
「なるほどです……! 僕はいかにランドルフ様のかっこよさを皆さんにお見せするかしか考えていませんでしたが、デート風景に自分を重ねるにしてもそのパターンもありますね!」
むしろ画面外にデート相手がいることで妄想が膨らむのかな……? などと考えるルイスの横で、ランドルフは笑顔で続けた。
「ちょうど今日のレインは騎士服を着ているから『第一騎士団の日常』から、逸脱していないし。俺は画面外からたまに話しかけるくらいかな。カップル配信みたいな雰囲気かもしれないけど『レインくん』であれば女性から嫉妬されることもないだろう」
「奥が深い……! 僕とランドルフ様が男性同士であることを考えれば、先輩・後輩や友達同士の雰囲気にもあてはめられていいかもしれませんね! 女性ウケだけではなく、男性にも見応えある配信を目指すことを失念していました! それでいきましょう!」
乗り気のルイスの前で、ランドルフは笑顔のままぼそりと呟いた。
「男性ファンが……増えるのは仕方ないけど気になるな」
話もついたところでと、ルイスはランドルフに示された橋の上へと早歩きで進む。周りに「少し場所をお借りします」と笑顔を振りまきつつ振り返った。
「それではお言葉に甘えて、魔道具の操作はランドルフ様にお任せしまして、ひとまず予告配信を始めましょう。『こんにちは!王宮の第一騎士団所属のレインと申します。今日は普段の配信とは別に、王宮を出て街からお送りします!』こんな感じで良いでしょうか?」
魔道具に魔力を流して操作を確認していたランドルフは、笑みを向けられて「大丈夫、それでいいよ」とまぶしげに目を細めて答える。
そこから三分間ほど、つつがなくルイスのトークで予告配信を終えた。
「これでゲリラ配信に気づく方が増えてくれれば良いですね。さて、では早速配信に協力してくれるお店探しをしましょう!」
ルイスがてきぱきと話を進めようとしていたところで、配信中に自然とできた人だかりの中からひとりの青年が進み出てきた。
すらりと背が高く、肩に長い茶色の髪を流して片眼鏡をかけている。顔立ちは端整で友好的な笑みを浮かべていた。服装は貴族の青年らしく上品なものであり、襟の形に少し特色があった。商会経営をする母のおかげで目利きとして育てられているルイスは、それが隣国の流行りではないかと気づく。
青年は、柔らかい口ぶりで話しかけてきた。
「配信の様子を拝見させていただきました。お二人だけでは何かと大変だと思います。私はこれまで配信に関わる機会があり、魔道具の使い方も心得ています。もしよろしければお手伝いをさせて頂きたいのですが、いかがでしょう?」
知らないひとに頼んでも良いものかな? とルイスは一瞬悩んでランドルフを見上げた。ランドルフもまた迷うような顔で青年を見ている。
「お役に立てると思います」
すかさず、青年が押してくる。
ランドルフが、ふっと息を吐き出した。
「それでは、お願いします」
えっ、と目をみはったルイスに、ランドルフはほんのわずかな配信の間に集まった人だかりを見ながら素早く説明をしてきた。
「魔道具で手がふさがるのが気になっていた。何かあったら道具は投げ出せばいいだけだが、あくまでそれは非常事態だ。配信中の事故は第一騎士団のイメージを損なう」
言われてみれば、納得の理由であった。
(私の手はあいているので、ランドルフ様に触れようという不埒な輩が現れたらどうにかしますが、人手はあるに越したことはないですからね!)
ランドルフの手があくなら、二人で画面に映ることもできるかもしれない? と頭の中でシナリオを組み立てつつ、ルイスは「わかりました!」と元気良く返事をする。
二人が了承したのを見て、男は笑顔で「それでは、よろしくお願いします、アダムと申します」と名乗ってきた。
※数日お休みしていてすみません!季節柄風邪など皆様お気をつけください!




