15 世界で一番★王子様(๑•̀ㅂ•́)و✧
「遅いですわ!」
面会予定の相手が到着せず、一人掛けのソファに腰掛けていたイヴリンはしびれを切らしたように声を上げた。
王宮内の一室で、数名の文官と侍女や姫君の護衛騎士が詰めている。
本日は面会相手が要人であり、警備を強化する意味で姫君たっての指名から、第一騎士団のニコラスとヴィンセントもその場に配置されていた。
待ちくたびれてむすっとしたイヴリンへ、側に控えていたニコラスが視線を向けた。すぐさま「なによ」と喧嘩腰に言われて、自分の目の端に指をあてる。
「すごく目が吊り上がっていますよ。悪役面です」
「……!! 言って良いことと悪いことがあるでしょう!?」
「言われるような隙は作らない方が良いです。親善交流目的でのお茶会とはなっておりますが、この後お会いするバルトロメオ様は姫様の婚約者候補です。姫様から悪い印象を与えてしまえば、破談にしようとしていると見透かされます」
イヴリンは「婚約なんかしたくないんですもの」とそっぽを向いた。
「バルトロメオ様は隣国の第三王子様よ。間もなく臣籍降下するというお立場で、政略結婚の相手としては『悪くない』ですが、我が国のために絶対必要な結婚というわけではないわ。パスです、パス。わたくしはこの国から出る気はないの。だいたい、バルトロメオ様といえば今まで何度か非公式でこの国に来ていたそうですけど、なぜいまになって突然この政略結婚に乗り気になったのか全然わからないのよね」
無表情で聞き流していたニコラスであったが、侍女や女性騎士たちから自分への物言いたげな視線を感じて「あっ」と目を瞠った。
「もしかして、国を出ると王都近郊で作られている配信番組が魔道具の効果範囲を外れてしまう関係で見られないからですか?」
「……!! だったら何なのよ……!!」
「いや……。もっと違う趣味を持てばいいのにと思いました。逆に、配信にハマる前は何をなさっていたんですか? 何か打ち込んでいたものなどはありますか」
「あら。気になりますの? 趣味も特技もありますけど? 当然でしょう、わたくしは王女なのですから!」
イヴリンが答え終えたときには、ニコラスは涼しい顔をして正面を見ていた。聞いているかどうかもわからないほどの無表情だ。
声もなくぷるぷると細かく震えて、イヴリンは「なんなのよ……」と呟く。
聞きつけたニコラスは、そっけなく言った。
「私と話が盛り上がっても意味がないです。趣味や特技の話はぜひバルトロメオ様となさってください」
むくれた顔のまま腕を組み、イヴリンはニコラスを見上げて睨みつける。
「そんなことを言うなら、なおさら少しくらい相手をしてくれても良いじゃない? 予行練習よ。わたくしは普段、あまり男性と話すことがないんですから」
ニコラスは姿勢を正したままイヴリンを見下ろした。
「練習はしなくても良いかと。初心な女性を好む男も多いですから。一般論として」
「一般論ですって……!? ご自分の話ではなくて!? 自分はどうなんですの!?」
なぜか激しく食いつかれて、ニコラスは「自分?」と真面目に考え込む。
少しの沈黙の後、ぼそりと呟いた。
「考えたことも無いですね」
「無いって、どういうことです?」
「無いんです。引退するまでは騎士としての仕事をまっとうします。縁談もすべて断っています。こうした任務はともかくとして、プライベートでは家族以外の女性と接する機会もほぼないですから、自分が何を好むかも考える状況になく……」
勝ち誇ったような笑みを浮かべ、イヴリンは「ほほほほほほ」と高笑いを響かせた。
「あらあらまあまあ、偉そうなこと言うくせに女性と接することがないですって? あらあらまあまあ、お可哀想ですこと。あなたくらいの年齢なら、もう結婚して子どもの二人、三人いる方も珍しくないでしょうに。縁談全部断っているということは、婚約すらしていないのね!?」
「退団後に考えます」
「それで間に合うつもりなのかしら……!? 聞けばあなたはかの名門ヴェルナー侯爵家の嫡男で、兄弟は血の繋がらない妹がひとりいるだけなんですってね。後継者のことを考えれば、あまり悠長なことを言っている場合ではないのではなくて? 最近は配信のおかげでずいぶん名前も顔も売れていて国内の未婚・既婚問わず女性の人気が急上昇中ですのよ! 結婚は退団後でも、婚約なら今が絶好の機会なのではないかしら! これだけ評判が高まっている今なら、王家との婚姻だって望めば叶うタイミングですことよ!」
猛烈な勢いでまくしたてるイヴリンに一応の相槌を打ってから、ニコラスは真面目な顔で答えた。
「慣例で退団は三十歳前後にする者が多いのですが、私はあと五年あります。子ども時代に親同士が決めたという理由でもなく、自分から成人している相手と婚約しておいて結婚までそんなに待たせるわけにはいきません。婚約はしません」
誰の目にも明らかなほど、イヴリンが拗ねた。
室内にいた女性陣が、複雑な顔で目を伏せたり横を向いたりしている。口を挟めないでいたヴィンセントは困り顔になり、様子を窺うようにニコラスへ視線を流す。
ニコラスだけが、その空気を一切読まない。
諦めた様子で、ヴィンセントがさりげなく話題を変えた。
「かなり到着が遅れていますよね、バルトロメオ様。副団長たちが応援に呼ばれて、宿泊先に迎えに出向いてからも結構な時間が経っていると思うんですが……」
話を振られたニコラスは、前を見たまま答える。
「もともとバルトロメを様は非公式で何度も観光目的で入国していて、定宿としているホテルもあるという。今回も必要なだけ侍従を連れてきているから、王宮からの仰々しい迎えはいらないと断られたと聞いた。それでも、公式行事扱いの道中で何かあってはいけないからと、何人かこちらも護衛を出していたが、到着が遅いので急遽第一騎士団も人数を割いたと。いまのところ、事件の知らせはないようだが」
王都の治安は良いほうで、昼間に人目のあるところを出歩く分には事件事故に巻き込まれる心配はあまりない。逆に、目立った事件があったり、そこに要人が関わっていたとなれば王宮まで知らせが届いているはずだ。何も無い以上、下手に動いてすれ違いになるわけにもいかないのでどうしようもない。
待ち疲れた様子で、イヴリンがため息をつく。
そのとき、ばたばたと廊下を走る物音が聞こえて、焦ったようなノックとほぼ同時にドアが開き侍女が飛び込んで来た。
「イヴリン様、大変です!」
警戒で目つきを鋭くするニコラスのそばで、イヴリンが「どうしました?」と素早く立ち上がった。
侍女はニコラスとヴィンセントがその場にいることにびっくりした様子で目を瞬きつつ、イヴリンに向かって言った。
「あの、あの、姫様がお気に入りの『第一騎士団の日常』チャンネルで、先程本当に短い時間だけ配信予告がありまして! 一時間後に『王都最新ニュース』を街からお送りするということなんですが!」
早口にまくしたてながらも、侍女の目はニコラスとヴィンセントとイヴリンの間を忙しなく行き来する。
「配信予告? 街からニュース? 今日ですか?」
ヴィンセントが「なんの話でしょう?」とニコラスへと尋ねる。「非番の誰かが機材を持ち出したんじゃないか」とニコラスはさほど動じた様子もなく答えた。しかしヴィンセントに「誰かって、誰です?」と重ねて尋ねられて、考えるような顔になる。
「出られる騎士は副団長と一緒に出たはずで……ランドルフは休暇中だが、俺から頼み事をしている……」
一方、この話題では黙っていられないイヴリンは、騎士二人が事情を知らないのを見て「どういうことなの!?」と侍女に問いかけた。
「姫様にお伝えしたほうが良いかと、その場にいた者たちで視聴して内容を確認したんですが、画面に映ってらしたのはレインくんでして!」
侍女も「レインくん」と呼ぶとは、とニコラスとヴィンセントで顔を見合わせる。かなりの事情通だ。「レインくんは、いったい何をやってるんだ……」とぼやくニコラスをよそに、侍女はさらに焦った様子で続けた。
「予定外の配信で、少しでも視聴者を集めるための『予告』だったみたいなんですが、街の風景を映していたときに、画面の中にどうもバルトロメオ様らしき方が一瞬映っていたと!」
「は?」
一段低い声で聞き返したのはニコラスである。
興奮した様子の侍女の後から、ワゴンに箱型の受信機を乗せたメイドが現れた。ワゴンのままイヴリン姫の目の前まで押し出す。
侍女が解説を続けた。
「そのあと、こんなチャンネルを見つけました! バルトロメオ様のチャンネルです! 普段は隣国で配信なさっているようなんですが、我が国に滞在中にも配信を敢行することにしたと! いまちょうど配信中なのでご覧になってください!」
画面には、黒髪に真っ青な目の青年が映っている。にかっと笑った顔が眩しく、特徴的な衣装が目を引いた。上半身は肩を黒い羽でできたストール上のもので覆っているものの、腹筋が露出していたのだ。鍛え抜かれた肉体は美しいが、この国では公的な場で肌を露出させる男性はまずいないので、なかなかに衝撃的な外見である。
見てはいけないものを見てしまったと目をそらす女性たちがいる中で、イヴリンは画面を見つめたまま「この男性がバルトロメオ様なの?」と説明役の侍女に問いただす。
「はい、さきほどそのように自己紹介をなさっていました。この国では初配信ということで、何度かご自分の名前を口になさいます、決め台詞のような……」
画面の中の珍妙な姿の美青年は、画面越しの視線を意識しているようにいたずらっぽく笑いかけてくる。
《はい、それでは緊急ライブをお送りしています! 世界で一番、あなたの王子様★バルトロメオです! 今日はなんと最近話題沸騰、人気急上昇チャンネル「第一騎士団の日常」の麗しき姫騎士レインくんを街で見かけてしまいました! いまこっそり尾行中です!》
身をかがめ、イヴリンの肩にふれるほどに近づいたニコラスは画面を睨みながら「どこだここ」と唸り声を上げた。距離の近さにイヴリンは落ち着かない様子でニコラスに視線を流すものの、すぐに画面から流れ出した声に引き戻される。
《「第一騎士団の日常」はですね、第一回であっさり人気ランキング上位に食い込んだと聞いて、俺としては居ても立ってもいられずこの国に配信を見に来ていたんですが、第二回は見ました。いや、すごかったですね~。めちゃくちゃ良かった。良すぎて良すぎて第三回見るまで国に帰れない、いや第四回以降も見逃せないからいっそこの国に住みたいなって思っていたんですけど、その主たる理由がですね、レインくんですよ。罪作りな笑顔で男も女も虜にする金髪の超美少年。パッと見は完全に女の子で、騎士団のお兄さんたちもあっという間に夢中になってましたけど、わかるな~。惚れる。可愛い》
ヴィンセントが「いま映った建物わかります、いけますよここ。急行しますか?」とニコラスへ声をかける。「当然だ」とニコラスが即座に応じる中、画面の中の青年は言葉に詰まることもなく配信に慣れた様子で話し続けていた。
《気づかれないように、物陰から慎重に追ってます。実はさっき第一騎士団の騎士を他にも見かけたんですけどね。いまはレインくんだけ追っているので、撒きました。まだ見つかるわけにはいかないんだよ~!》
従者が配信機器を持っているのだろう、少し画面が引きになるとバルトロメオのあらわな腹筋が映り込む。イヴリンが「ものすごく硬そうな体ね」と言いながら目を逸らした。
聞きつけたニコラスが、何気ない様子で言う。
「鍛えているんでしょうね。バッキバキに割れてる。騎士団は、みんなあんなものですが」
「えっ、眼鏡お兄様そのお顔で? ヴィンセント様も?」
なぜ聞き返されたのかわからない様子で、二人揃って「割れてます」と答えてから話し始める。
「隠れながら尾行というのが厄介だな。この配信機器をもっていかないと移動先がわからない。馬車で運ぶか……? 動力源は魔石か」
お二人とも腹筋が割れて……? バッキバキに? と頬を赤らめていたイヴリンだが、相談し始めた二人の話に気づいてがばっと立ち上がった。
「わたくしの魔力を動力源にしてくださっていいわよ。魔力量はあるから魔石切れの心配もないわ。馬車で追いかけるならついていってもいいわよね?」
「まあ……危険はないと思いますし、あちらが街にいる以上ここで待っていても来ませんからね。受信機を持ち出してしまえば姫様も暇かもしれませんしレインくんの配信も見れませんから、ご一緒いただいたほうが良さそうです。馬車に馬で横付けして行くので、姫様は馬車の中から指示をくださると助かります」
「画面を見ただけでは、それが街のどこかはわたくしにはわからないけれど」
イヴリンがもじもじと言い、ニコラスはそれも当然だと気づく。
「わかりました。では、私かヴィンセントが馬車に同乗してバルトロメオ様の位置を配信の画面から割り出します。それで行きましょう」
話は終わったとばかりに、ニコラスはさらにその場にいた数人に指示を出す。すぐに話がまとまり慌ただしく部屋を出ていきながら、眉をひそめて「本当に何をやっているんだ『レインくん』は……あと、ランドルフ!」と呟く。
鋭いまなざしで前方を睨み、唇を引き結んだ。
アイザック「あとね」
クライヴ「まだ何かあるのか」
アイザック「円陣を組んで“俺たち第一騎士団 行くぜ フゥゥウ!!”みたいなのもやってほしいって」
クライヴ「それはもう騎士団じゃない、バックステージのアイドルだ……! 騎士のやることじゃない!」
アイザック「え、料理も裸で温泉もありなのにバックステージのアイドルはだめなの? 逆に何がだめなの?」
クライヴ「歌って踊れない! 練習するまで待て!」
アイザック「……やる気にならなくていいんだよ……。体張り過ぎだって。君は変なところで真面目だよね」




