12 ライバル現る!?
「ようこそレインくん。今日は配信に先駆けて、いよいよ引っ越しですが。荷物を部屋まで運ぶのでしたら、お手伝いしますよ」
まだ日の高い時間、王宮敷地内にある騎士団宿舎にて、ルイスは玄関口から出てきた黒髪の男性に声をかけられた。ルイスが返事をするより先に、さっと両方の手に提げていたトランクを奪い取られる。
重みがあっさりと消えて、ルイスは焦って目の前の相手を見上げた。
「ありがとうございます! セオドア様!」
その名を口にすると、相手はにこりと笑った。
見上げるほどに背が高く、すっきりと端整な顔立ちの美青年である。黒曜石のような瞳はきらきらとして美しく、浅く焼けた肌からは健康的な印象を受けた。
非番らしく騎士服姿ではないが、配信で顔を合わせたことがある第一騎士団の騎士だ。
「直接話すのは初めてですね。名前を覚えていてくれてありがとう。セオドア・スペンサーです。荷物は部屋に入れてしまって大丈夫ですね?」
「はい! 配信のときはこの入口からもう一回同じように運ぶ予定ですが……あの、セオドア様はどこかへ行く途中だったのでは? お手を煩わせてすみません、自分で運びます!」
新人騎士レインにとって、セオドアは先輩である。当然のように荷物を持たせるわけにはいかない。どうにかトランクを取り返そうとしたが、セオドアはあっさりとルイスの手をかわした。
「どこかへ行こうとしていたのではなく、君が歩いてくる姿が窓から見えたので、出てきたんです。ひとりでこんなに重い荷物を運んできたなんて。王宮の入口で誰かに声をかけてくれたら、迎えに行くこともできました。遠慮しないでください」
穏やかな声で言われて、ルイスは恐縮しきりである。
「親切にありがとうございます。今日からよろしくお願いします!」
セオドアは「可愛いですね」と呟き、くすっと笑った。
「第一回、第二回の配信では、レインくんの周りに他のお兄さんたちがいて近づけませんでしたからね。ゆっくり話してみたいと思っていたんです。よろしく」
少しタレ目がちの笑顔はとろけるように甘く、それでいて品がある。
(セオドア様は、配信のときはご自分から前に出ることこそなかったですが、男性らしい精悍さと貴族的な華やかさで目を引きます。もっと目立ってもいいキャラクターですね!)
ルイスはまぶしいものを見るように目を細めつつ、素直な気持ちを伝えた。
「日頃からストイックに鍛錬なさっている成果だとは思うのですが、騎士団の皆様は本当に所作に品があって美しいです。配信任務に関わっていなかったら、いまごろ僕は画面にかぶりつきで見ていたと思います……」
「あはは。僕も視聴者として『騎士団の日常』を見てみたかったです。頑張るレインくんは、画面越しに見ても可愛いだろうなって」
立て続けに「可愛い」と言われたルイスは、自分が言われたというより「新人騎士レインのこと」と了解しつつもドキドキしてしまった。
「その『可愛い』は、僕が独り占めするのはもったいないです」
「独り占めしてくれて構わないのに。いまの僕の目に映っているのは君だけですよ、レインくん」
楽しげな口ぶりで言うセオドアの笑顔の破壊力が、凄まじい。ぎゅっとハートを鷲掴みにされたくらいのインパクトに、ルイスは早口になってまくしたてた。
「いまのセオドア様の笑顔と言葉を、画面越しに『まるで自分が言われたかのように』体験できたら、失神してバタバタ倒れるご令嬢もいるのではないでしょうか……!? 問題はどうやって再現するかですかね。視聴者さんが第一騎士団の騎士さまに『可愛い』って言われているかのような展開……」
ああでもない、こうでもないとルイスが考える横で、セオドアは邪気のない穏やかな笑みを浮かべた。
「いまのレインくんは、配信のことで頭がいっぱいみたいですね」
「はい! 最初は半信半疑の部分もありましたけど、ランキングが上がるのは素直に嬉しいです。いままで音楽団や劇団のチャンネルがメインだったところに『騎士団の日常』のような番組が参入するのはすごく良いと思っています! 人気チャンネルが増えれば配信機器の普及も進むでしょうし、周辺の産業が活発になりますから」
ルイスの母フィリスのような商売人が「商機が増える」と大歓迎しているのを見るまでもなく、配信事業の将来性には各界から期待が寄せられているはずだ。ルイス自身、会計監査室で仕事を覚えた後は母の商会に入る予定だったので、事業が大きくなるような話には興味津々なのである。
「もしかして、レインくんは他のチャンネルも結構見ていますか?」
セオドアにうかがうように尋ねられ、ルイスは「はい、勉強を兼ねて時間のあるときは見ています!」と即答した。
話しながらセオドアの顔を見てふと首を傾げる。
(あれ? セオドア様って誰かに似ている?)
横顔が、最近見た誰かに重なる。思い出せそうで思い出せず、もどかしい。
「どうしました?」
荷物を持ったまま宿舎のドアへとつま先を向けていたセオドアが、気づいたように顔を向けてきた。「誰かに似ているような気がして」とルイスが正直に告げると、得心したように頷く。
「最近よく言われます。二歳上の兄が、国立音楽団で指揮者をしているんです。あちらの配信で顔出しをしているので、一気に知名度が上がったようで」
「指揮者のジョセフ様ですね!! 配信を見たことあります!! 言われてみるとそっくりです。ご兄弟だったんですね……!!」
国立音楽団の演奏は、部屋中が美しい音楽で満たされるとして人気チャンネルのひとつだ。聞くための配信なので必ずしも画面を食い入るように見る必要はないのだが、実際の演奏会では座席からは見られない奏者の顔や手元をアップで映し出すことから、画面から目を離せない。
特に評判なのは、すらりとした燕尾服姿でタクトを振る指揮者のジョセフである。黒髪に神秘的な黒の瞳で、音色に合わせて表情が厳しくも優しくもなる。演奏の合間に団員たちに向けて微笑む姿は評判を呼び、楽しみにしている視聴者も多いとルイスはリサーチ済みだ。
セオドアは騎士だけあって体格が良く、音楽家のジョセフとは体の厚みに違いがありそうだが、顔立ちはよく似ている。
両方のファンになる方もいるんだろうなぁ……と微笑ましく思うルイスに対し、セオドアはやや厳しい顔つきになると「全然違う道に進んだはずが、ここにきて兄弟で争うことになるとは思いませんでした」と切り出してきた。
「普段、音楽団や劇団のチャンネルは夜の公演をそのまま配信する形をとっていますが、『第一騎士団の日常』がランキングを駆け上がったことで、対策を取るつもりみたいです」
「対策? 『第一騎士団の日常』は、休日昼下がりの視聴しやすい時間帯でありながら、人気番組とは配信がぶつからないタイミングを狙ったものなんですが……!?」
びっくりしてルイスが聞き返すと「そうなんですけど」とセオドアはため息をつく。
「人気争いというのは、過激なものですから。ジョセフは次回、特別配信として音楽団の練習風景を『騎士団の日常』の時間帯にぶつけると言っていました」
「わー……それは視聴者でしたら迷いますね。お金に余裕があれば配信機器を二台買うかもしれませんが、魔道具を起動するにあたり動力源になる魔力持ちの人材もしくは魔石も倍必要になりますよね……? 騎士団はあくまで三ヶ月の期間限定配信です。人気チャンネルと本格的に潰し合う必要はないはずなんですが」
表情を強張らせるルイスに対し、セオドアは「そんなに簡単な話ではないですよ」と説明を続けた。
「音楽団の場合、収益があれば楽器の購入や演奏場所の増築、将来的には養護院から音楽家志望の子を引き取って育成するなどの目標があるそうで、妥協がありません。収入を維持するためにランキングは上位キープが必須です。一方の第一騎士団は三ヶ月の期間限定と打ち出していますが、予算を自前で調達できるとなれば、今後王宮側から直々に継続を要請される可能性もあります。その場合、長期的に他の人気チャンネルとランキングで争うのは避けられません」
「ああ……」
とてもリアルな仮定の話に、ルイスは痛む胸を押さえて頷いた。
(「予算を自前で調達できるとなれば」って、ありえますね……!! 最初は良かれとしてやったはずが「配信で稼ぐのも仕事のうちだ」と言われてしまう展開……。人気チャンネルとして名を馳せれば、打ち切る理由は王宮側にはありませんから)
ほどほどに稼ぎたいという言い分が通用するほど、世の中は甘くないのだ。
「配信に終わりは無いんですね」
「辞め時が難しいのはありますね。だからこそ、当初は絶対に他の仕事に支障が出ないように三ヶ月限定案だったとは思います。しかし、視聴料を安く設定した騎士団の配信に予想外の人気が出たことで、他のチャンネルは危機感を強めました。第三回は音楽団特別配信の『練習風景』との争いになりますが、視聴者は二台めの機器を買い揃えるのも間に合わないでしょうから、どちらかの視聴を選択することになりますね。ちなみに音楽団は『練習風景』だけに、いつもの演奏会の配信より安く設定するそうです」
「そうだとすると、今まで音楽団を見ていなかった方の中にも、お試しで見てみようと視聴する方もいそうですね。第三回『第一騎士団の日常』は思った以上に厳しい状況……?」
しかしここで勝ってしまうと、ほぼ確実に王宮側から長期番組戦略への指示が出そうだ。いっそ負けても良いのでは? という考えが過ぎる。そのルイスに対し、セオドアは実に感じの良い笑顔のまま「負けるという選択肢はありませんよ」とすかさず釘を差してきたのだった。
「勝負であれば勝つのみです。最高でも一位、最低でも一位」
優雅で穏やかに見えても勝ち気なアスリートのような思考は、さすが第一騎士団というべきか。
「目標がとんでもなく高くなってませんか!? どう頑張っても僕の引越し回の内容は、引っ越しにしかなりませんよ!?」
弱腰のルイスに対し、セオドアが笑顔で言う。
「騎士団の場合、第一回、第二回では稽古の風景お見せしました。今後は視聴者のリクエストを随時内容に反映するというイヴリン姫の案について、僕は賛成です。それこそイヴリン姫が仰っていたように、レインくんが体当たりイベントをこなして騎士団に溶け込んでいくのを皆さん見たいことと思います」
「騎士団の日常とかけ離れていきませんか?」
番組作りのつもりでここに来ているとはいえ、そこまで目立って大丈夫なのかな? とルイスが一抹の不安を覚えたところで「お、いたいた。よく来たなレイン」と声をかけられる。ルイスがハッと顔を上げると、副団長のクライヴが立っていた。
「ちょうどいい、いま非番の連中にも招集かけようとしていたところだ。近々、大きな任務で第一騎士団が出払うことになる」
「配信以外のお仕事ですね!」
要人警護だろうか。
第一騎士団にとって、本来の仕事が重要なのは言うまでもない。忙しくしている限り、王宮側から「配信で予算分稼げ」なんて無茶振りもないだろうとルイスはひとり納得して頷いた。
(その間、私は遊んでいるわけにもいかないので鍛錬でしょうか)
まさか会計監査室に仕事をしにいくわけにもいかないですよねと考えているルイスをよそに、クライヴには当然のように言われた。
「そういうわけで、第三回配信には人数を割けない。これまで以上にレインメインで進めてもらうことになる。ちなみに音楽団に負けることは許さない。できるな?」
もちろんそれは「できません」という回答を想定していない問いかけであった。
アイザック「……課金に上限つけたら、現物の貢物がすごいんだけど……」
クライヴ「その手があったか。あいつらよく食うからな、食べ物なら歓迎って言いたいところだけど、焼き菓子とかは中に何が入っているかわからないから受け取りにくいな」
アイザック「身元のたしかなところからの差し入れなら大丈夫かな。これはエメリー商会のヴェルナー侯爵夫人からの手紙。ニコラスの義理のお母さんだよね。商会が仕入れ全部受け持つから、お料理回はどうですか? って」
クライヴ「それもしかして、配信のときにセリフの要所要所でエメリー商会の提供でお送りしています! って言わないとだめなやつか……?」




