10 やらせはいけないと思います!
女装レインくんとヴィンセントの城下町デート回だと……? と押し殺した声で呟いてから、ニコラスは席を立ってイヴリンの前まで進み出た。
「冗談ではすみませんよ、姫様。配信は、あくまで騎士団業務に支障が出ない範囲で行うことを徹底しています。ただでさえ、曜日と時間を周知することで『その時間帯は王宮の警備が手薄なのか』と知られるリスクを負っているのに、王宮を離れての配信などできるわけがありません」
イヴリンは、さっと顔を強張らせる。しかしすぐに、むすっと頬をふくらませて果敢に言い返した。
「騎士団総出で城下町に出なくても、カップル配信なんだから二人と機材担当だけで行けば良いのではなくて? むしろぞろぞろ騎士団がついて回るほうがおかしいわよ」
「カップル配信……!?」
絶句したニコラスをよそに、ランドルフが「それは破廉恥ですね」と感想を漏らした。イヴリンが、キッと目を釣り上げて、すかさず力説する。
「破廉恥ではないですわ! カップル配信は、いわば『ライフスタイルの提案』なのです。恋人がいるとこんなに楽しい~! という普段は知ることのできない世界を見せていただける人気のチャンネルが現にあるんです! レインくんとヴィンセント様のカップル配信なんて見たすぎる……! 絶対に実現していただかなくては!」
イヴリンは「日頃は騎士服の二人が私服で、しかもレインくんは女装で睦まじいカップルのように寄り添ってお忍びデート! 話題のカフェで映えるスイーツを初々しく照れながら食べさせ合いつつ、映されていることに気づいて、画面に向かって二人で半分ずつのハートを作って合わせてニコッとするんです! 最高ぉぉぉぉ!!」と自分の考えた最強配信メニューを叫んだ。
呆然と聞いていたニコラスであるが、ハッと我に返るとすぐさま食いつく。
「さっきから聞いていれば、姫様はお行儀が悪すぎますよ。権力にものを言わせて上限金額以上払うだとか、払った以上は内容に口を出させろだなんて。そんなにお金を使いたいなら、自分でチャンネルを開設して自分で配信すればいいでしょう。他国に先駆けて王室チャンネルを開設し王族のライフスタイルを発信すれば、全世界から注目されますから。自分で稼いだお金で、存分に課金をお楽しみください。『騎士団の日常』以外で」
「王室チャンネルですって……?」
「そうですよ。あなたはこの国の王族であり、むしろご自身がライフスタイルを提案してドレスにしても装飾品にしても流行りを生み出していく責務があります。それが、最新の魔道具を使いこなしているとはいえ、配信に心を奪われて大切に貯めてきた総資産をすべて課金につぎこもうだなんて、許されることではありません。頭を冷やしてきてください」
ほら、お帰りはあちらですよと大変冷ややかにドアを示す。
言われ放題となったイヴリンは、びっくりしたように目を見開いていた。薄紅色の瞳が潤み始める。だが、気丈にも涙をこぼすことはなく、扇子を開いて自分を仰いでやりすごしつつ呟いた。
「そんなに怒らなくてもいいじゃない……」
ニコラスはここでようやく猫を被ることを思い出し、何事もなかったような爽やかさで微笑む。
「姫様。現実的に考えて、カップル配信なんて無理です。あの二人はカップルではありません。そんなやらせには、まったく価値がないです。やらせなんか最低ですよ」
ここぞとばかりに「断固カップル配信反対」を表明するニコラス。レインくんことルイスは致命傷を受けたように胸を押さえて俯いた。気にしたヴィンセントが手を差し伸べ背中をさするか否か悩んでいたが、二人に背を向ける形になっていたニコラスは気づかない。
一方「あらっ?」と声を上げたイヴリンは大きな目を瞬いた。つい先程まで泣きそうな表情をしていたのに、打って変わって喜色満面となる。興奮しきりの様子で頬を紅潮させ、扇子を落とすのも構わず両手でニコラスの両腕に掴みかかった。
「二人はカップルではない……、そう、新人騎士レインくんとヴィンセントはまだ出会ったばかり。たしかに、カップルではないですね!!」
「おわかりいただけて何よりです」
抜群に感じの良い笑顔でニコラスはそう言って、イヴリンの手を離させてからかがみ込んで落ちた扇子を拾う。手渡しながら「護衛が誰もついてきていないなら、私がお部屋までお送りしますよ」と再度イヴリンの追い出しにかかった。「帰れ」である。しかしイヴリンはまったく耳を貸さないばかりか、早口に言い募る。
「第三回でデート回は早すぎるということがよくわかりました。まずは二人が仲を深めてお付き合いに至る過程を楽しみましょう。じれじれ大好物です! すれ違いとぶつかりあいを経て、いつしか自分が目で追っているのは誰か、騒ぎの中であってもついつい耳が声を拾ってしまう相手は誰なのか気づいてしまう! 甘酸っぱいですわ~」
「そんな展開はありませんが? 無駄な希望はさっさと捨ててください」
厳しい顔で釘を刺すニコラスに構わず、イヴリンはルイスに向き直って笑顔で言った。
「次はぜひ、修練場以外の場からの配信をお願いしたいですわ。そうですね、騎士団の宿舎などが良いと思いますわ。新人のレインくんが皆様とどんな共同生活を送っているか見たいですわ!」
「そこは映せませんよ。機密の宝庫ですから」
ニコラスがすぐさま拒否したものの、ルイスが大きな声で「わかりました!!」と答えて立ち上がった。
「実は引っ越しが後手に回っていたんですが、ようやく宿舎での生活を始められることになったんです。映せる場所は限られておりますが、ぜひとも見てください。騎士団の宿舎におけるやらせ一切なしの僕の生活を!」
「だめだ。廃課金の言いなりになって番組内容を決めてはいけない……!」
断末魔の叫びのようにニコラスが抵抗したものの、アイザックとクライヴは「それもいいね」「毎回修練場だとネタがもたないからな」と言い合っていた。
「楽しみですわ!! それではよろしくお願いしますね!!」
見事わがままを通したイヴリンは、スキップでドアへと向かう。深いため息をついていたニコラスであるが、さりげない仕草でさっとイヴリンを追い越すと、ドアの前に立った。「あら?」と目を瞬きつつ、ニコラスにドアを開けてもらったイヴリンは「ごきげんよう!」と部屋から出て行こうとした。
無人の廊下を見たニコラスが、渋い顔をする。
「供の一人もつけずにここまで来たんですか? 王宮内だからって何があるかわかりません。安全な場所までお送りしますよ」
「大丈夫ですわ。迷子になんかなりませんから!」
笑い飛ばそうとしたイヴリンに対し、ニコラスは「だめです」と無表情で押し通す。
行事ともなれば別だが、普段の生活に関わる王宮内の移動においては、女性の王族には女性の騎士がついている。そのため、若い男性で構成される第一騎士団の騎士が姫君の護衛につく機会は滅多にない。ニコラスもこれまでイヴリンの警護にあたったことはないが、このときは緊急事態と判断したのだ。
「第一騎士団の本来の仕事は配信ではなく要人警護です。姫様をおひとりで帰せるわけがありません。姫の護衛がどこへ行ったかわかりませんが、しかるべき相手に託すところまではご一緒します」
「せっかく撒いてきましたのに。余計なお世話ですわ」
イヴリンはつんとそっぽを向いて歩き出したが、ニコラスがぴたりと付き添って進み出たことにむっとして顔を上げた。同じタイミングでイヴリンを見下ろしたニコラスは、眼鏡の奥の目を片方だけ細めて低い声で淡々と言う。
「いざというときに、体を張って要人を守るために騎士がいるんです。そのために国が予算割いているんですから。自分の職務を全うしたいので、この場は俺に守られてください。撒こうとしても無駄ですよ。俺は半端な鍛え方はしていないので、どこにいても絶対に見つけますから。姫様のことを」
一歩も譲らぬニコラスに対し、イヴリンは争うのを諦めたらしく「わかりました」と言って顔を背ける。
なぜか急に暑さを感じたかのように扇子を取り出すと、バタバタと自分の顔を仰ぎ始めた。
騎士一同「お姫様のお帰りです!!」
アイザック「間違えていないんだけど、なんか高いお酒が出てくるお店みたいな空気になっているのなんでかな」
クライヴ「やるか? シャンパンタワー回。たぶんニコラスかランドルフあたりなら器用だからコールもテーブルクロス引くこともできると思うぞ。他にも何人か」
アイザック「騎士団芸達者すぎない!? ニコラスなんか『俺は半端な鍛え方はしてないので」って言ってたけど、いったい毎日なんの技磨いているの!?」




