2話 偽の勇者
ふぉーから飛び降り、風魔術で速度を軽減してふわりと戦場の中央に着地する。
まずは魔力での気配探知。
強化魔術を施された騎士が千程度、魔術師は二百。ある程度は減らせた様だが、聖公国騎士団に対して自軍はすでに総数五百を切っている。
その中に、勇者らしき気配はない。だが、明らかに異様な加護の気配があった。
時の神ライカスの加護。魔力の気配はそこから感じられない。隠蔽だろうか。
それは後方にいたのだが、気配探知をした刹那の隙にアリスの目の前に移動してきた。
咄嗟に魔力の糸で防壁をはり、攻撃を防ぐ。
さほど重くはない、だが的確で魔力の籠った一撃だ。
糸を消し、姿を確認する。
この大陸に見られる顔付きではないあたり、別大陸から支援に来たのだろうか。
「お前が魔族――その姿、魔王だな?」
どうやら、アリスの容姿については知っているらしい。
「その通りなの。そういうあなたは……その剣本物なの。でもそれを扱えるのは聖女か勇者。けど、あなたからは勇者の気配を感じないの」
「俺はあの日和見勇者とは違う。それに、力の根源も別でね」
「ふぅん。なら、問題はないの」
「それはどうかな? 《複製、聖剣フューライト》
勇者がそう唱えると、手に持った聖剣が周囲に複製された。どれも、本物と同じ気配を放っている。つまり、複製品のどれもがアリスを殺しうる武器だということ。
すでに聖剣はアリスを囲うように展開されている。
回避は無理だが、どうやら勇者は聖剣の本領を発揮できていない。
「射出」
アリスに向かって飛んでくる聖剣を、魔術の糸一本で全て迎撃する。威力は十分だ。これだけの力があるのなら、単身で乗り込んでも統合軍程度蟻を潰す感覚で蹂躙できるだろう。
だがあの勇者と比べると、見ていただけのアリスにもわかる程弱い。
「聖剣の力が効かないだと?」
「その様子だと、力が使えていないことがわかっていないようなの。だから教えてあげるの。聖剣は、こうやって使うの――」
アリスは飛んできた最後の一本の聖剣を掴むと、魔力を流し込む。すると聖剣は金色の光を放つ。
「な、なぜ魔王が聖剣を使える!」
「直感で使えるって思ったから?」
自分でも理由は知らないが、なぜか相反する属性を持つ聖剣を、アリスは扱えた。魔術での模造品とはいえ聖剣。それも、魔力を籠めれば力を発揮する限りなく本物に近い物。
「聖剣は――そう、神より授かった魔力を籠めて、初めて聖剣としての能力を発揮するの。だから、偽物の勇者にそれは使いこなせないの」
「だが、俺にはまだ力がある。聖剣がダメでも、魔王と言う巨悪を打ち倒す力が!」
「アリスが巨悪? 心当たりがないの」
やったことと言えば、仕事をサボって遊び歩いて、部下に指示して他国との交易を広め、魔族が人間社会に溶け込めるよう動いたくらい。
確かに魔族を悪とする国からすれば、魔族と言う存在を世に解き放とうとするアリスは悪なのだろう。
だが現状問題は起こっていない。行っているのは同族同士との取引と変わらない、ごく普通の異種間交流でしかない。
「人間の領土を二度も侵略しておいて、悪ではないと主張するつもりか?」
「当たり前なの。そもそも第一次侵攻は魔族との戦争を扇動した結果。二次侵攻については帝国の汚職貴族を魔王軍の幹部に両種を挿げ替えさせただけなの」
「ふん、お前たちの側からならなんとでも言い換えられる」
「話にならないの」
少なくとも、帝国の人間なら知っている話だ。近隣諸国の歴史家、古くから続く貴族や精霊と交流のある者にも伝わっている。となると、貴族からの要請ではなく教会からの要請だろう。聖公国の教会は、特に魔族を敵視している。それなら早く排除するに越したことはないのだが、同時に排除してしまうと教会を的に回すことになる。もっとも、魔族と敵対的でないき宗教の方が少ないのだが。
「勇者、早く教会と手を切って故郷に帰るの」
「それは出来ないな。そもそも俺が故郷に戻るためには教会の力が必要だ。そしてその条件が、お前を殺して魔族を魔界に押し返すことだからな」
「故郷に帰る術を握られている……?」
何を言っているのかわからない。少なくとも聖剣を扱えるような人物ならば、さくっと稼いで船にでも乗れば家に帰れるはずだ。そもそも国外に出ることを禁じられているのか。それはないだろう。常に特定の人物を監視する魔法は存在するが、それを扱うためのコストが高く一人の勇者を拘束するには見合わない。
ならば、故郷丸ごと人質か。それもないだろう。別大陸の村、あるいは街を人質に取るなど、軍事侵攻と取られてもおかしくはない。
「聖公国は確かエクレシア教……アリスは戦を望まないの。だから、今の教皇に合わせてほしいの」
「……そうか、魔王は代替わりしたんだったな。けど、残念ながら俺の任務は帝国を取り戻すことなんでね」
「そう。話し合う余地はなさそうなの……」
彼の行動は教皇の意向に縛られている。それなら、魔王として国を、魔族を守るため始末しなければならない。
身体強化に感覚強化、さらに小さな漆黒の門から魔剣を取り出し、聖剣の模倣品を捨てる。
「それじゃあ、戦争の続きなの」
その言葉と共に、アリスは魔力を放つ。魔の特性を持つ濃い魔力は他者の魔力を蝕み、慣れない者の行動を阻害する。
「へえ、聖騎士は来てないんだ。なら、余裕なの」
動けなくなった騎士たちをさらに糸で地面に縛り付け、勇者との一騎討ちを始める。
「統合軍は負傷兵の治療と民間人の避難誘導。これより戦闘は全部アリスが引き受けるの」
指示を出し、薄紫に輝く魔剣を勇者の構える聖剣に叩き付ける。
本来ならまともに魔力を込めて居ない魔剣など、聖剣の前では棒切れも同然だ。だがそれは、聖剣に力が込められていてこそのこと。
アリスの魔剣は砕けるどころか力を吸われることすらなく、ただただ防がれた。
「やっぱり……あなた、何者なの?」
「俺はカオル、ライカスの加護を受けた勇者だ」
「あまり聞かない名前なの。それにライカスの加護……にしては、ちょっと気配が違うの」
時を司る神ライカス。神話では三代神が一柱、女神エスティシアの甥にあたる神だ。神の気配に敏感で、なおかつその加護の力を目にしたことのあるアリスだからこそわかる。あの勇者が使っていた加護、気配とは別物だ。
「タイムクアクセル・トリプル」
「その力……」
あらゆる加護を受けたあの勇者が使っていたものと同じ技だ。
三倍速で動くカオルの剣戟を服と自前の魔術の二重の身体強化で防ぎ、体力の消耗を待つ。
自身の時を早める神の魔術は、強力だが消耗が激しい。
「なんで、ついて来れる……」
「魔族を、吸血鬼を舐め過ぎなの。それじゃあ、アリスから――」
聖剣を破壊するつもりで魔剣に魔力を籠め、圧倒的な身体能力の差でどんどんカオルを押していく。
拙い剣術。防ぐので精一杯なのか、防戦一方だ。聖公国軍の軍勢が優勢だったとはいえ、それでも押されるには早かった。それはこの勇者の力あってのものなのだろう。
防戦一方ではあるものの、アリスの本気の攻撃を防いでいる。
戦慣れしていない勇者相手にアリスが押し切れていないのは、圧倒的に対応速度が速いからだ。アリスも技量はまだリリィや他の四天王には及ばないが、それを補えるだけの魔術がある。それを持ってしても、勝てないあたり、加護だけは本物。
「加減もしてられないの」
さらに身体強化を増して、魔剣に込める魔力も増やす。そして、周囲に無数の糸を展開してそれをカオルに伸ばす。
アリスの剣、無数の糸、それらを一斉に対処することはできず、剣と糸でじわじわと消耗させられ、体には傷が増えていく。
「くっ……タイムアクセル・クアドラプル!」
片手で剣を振るっている間に、虚空から大鎌を取り出す。
《死の因果・サリエル》の名を授けられた父が使っていた第二の武器である鎌。その能力は、魂の操作。
「死者を、再びその力を振るたまえ。その無念を晴らしたら、アリスが輪廻の輪に送り返すの」
アリスの簡易詠唱で、死んだ統合軍の騎士たちの魂は実体を持ち、あらゆる角度からカオルに攻撃を仕掛ける。
「偽の勇者、これで終わりなの」
圧倒的な物量攻撃、それに押し切られ致命的な隙を晒した、カオルの首を鎌で斬り落とす。
「勇者の死に、祝福あれ」
加護や因果、それらを超越して、死という結果を与える神器。
「かっ、ああっ……」
命を刈り取られたカオルは、首を落とされ倒れ伏し、魂が肉体から乖離する。
その魂は幾度の戦場に救援で駆り出されたアリスも知らない、不思議な気配を放っていた。
少なくとも、この世界のものではない。
この世界の十人は、少なからず神の加護を授かっている。しかし彼からはその気配が一切感じられない。
確かにライカスの力を使っていたが、ライカスの加護の気配はなく、他の加護の気配も、特有の魔力の気配もない。否、魔力が一切ないのだ。
「……終わり、なの」
魔力がないとなると、あの身体能力や聖剣複製の能力は何だったのだろう。少なくとも、ライカスの加護に複製能力はないはずだ。
「――いや、生かして情報を引き出す」
ふと気が付いたアリスは切っ先を首先で止め、魔力の糸でカオルを拘束する。
「お前、これ、解けない……!」
「これを解けるのは真の勇者だけ。さて、カオルには色々話してもらうの。ふぉーちゃん、おいで」
『しばし待て、あと少しで殲滅できる』
言われた通り、カオルが逃げないよう見張りながら待つ。他の兵は傷の浅い兵に捕
縛させ、アリスが魔術を封じて砦の牢に捉えさせた。
そうこうしていると、ふぉーが戻って来た。もう夕暮れ時、しかし早く戻って情報を渡さなければ、似たような存在が来た時対処できないかもしれない。
「ふぉーちゃん、飛べる?」
『無理だな。せいぜい途中の街までだ』
「なら、仕方ないの……」
相当な魔力を使ってしまうが、転移魔法で帰還するしかないだろう。
魔法陣を展開して、アリスは魔王城の玉座の間に転移した。
そしてアリスは玉座に座り、縛ったカオルに尋問を始めるのだった。




