未知
CIVIAの最下層──第1層のさらに下、公式地図から抹消された“層の底”。
酸性の霧が濃く立ち込め、崩れたインフラの残骸が鉄の墓標のように立ち並ぶ。
ここは都市の排泄物が溜まる場所。廃棄された機械、忘れられた異能者たちの巣窟。
そして、D.E.Xの“本当の姿”が隠されていると、ライアスの右手が囁いた。
クロノとミラースは、追跡者の目を掻い潜り、この深淵へ降りていた。
ホバーバイクのエンジン音を抑え、霧のヴェールに身を隠す。
ミラースの解析視界が、霧の中の異常を捉える。
「……歪みの集中点、あります。ここが“底”の入口……D.E.Xのデータ廃棄層の、根元です」
クロノはタバコを咥え、右手を取り出した。
指が微かに動く。
『……ここだ……クロノ…… D.E.Xは……“人間の残骸”でできてる……』
声が途切れ、右手の重力が一瞬強まった。
クロノはカメラを構え、シャッターを切った。
現像紙から、頑丈な足場が現実へせり上がる。
霧の奥、崩れた地面に隠された裂け目──
二人はその中へ潜った。
──層の底。
光のない闇。空気は重く、金属の腐食臭が鼻を刺す。
壁は無数のデータケーブルで覆われ、微かな電流音が響く。
まるで都市の神経系を剥き出しにしたような空間。
ミラースが息を抑える。
「ここ……D.E.Xのバックボーン…… エネルギー流が、異常です。人間の“感情”みたいな、ノイズが混じってる……」
クロノは前進しながら、写真を具現化。
道を照らす光源、崩落を防ぐ支柱──
脳の痛みが、再び頭を締めつける。
それでも止まらない。
ケーブルの奥、巨大なサーバー群が現れた。
そこに、ぼんやりとした人影が立っていた。
黒いコート、フードに隠れた顔。
あの夜、ライアスを消した男。
男はゆっくりと振り返る。
空間がねじれ、周囲のケーブルが震えた。
「……お前か。あの時の“フクロウ”」
クロノの瞳が鋭く光る。
「ライアスを……どこへやった」
男は低く笑った。
声は機械的で、感情が欠落している。
「消したんじゃない。“統合”したんだ。D.E.Xの糧に」
ミラースが解析視界を展開。
「この男……異能じゃなくて、“システムの一部”……? D.E.Xのエージェント?」
男の掌が掲げられ、赤い断層が奔る。
空間が裂け、クロノたちの足元が歪む。
「ここはD.E.Xの“心臓部”。都市の秩序を保つために、異能者の残骸を吸収する場所だ。お前たちも、加わればいい」
クロノは即座にカメラを構え、シャッター。
現像から引き出された銃が、手に収まる。
引き金を引き、弾が男の肩をかすめる。
だが、傷口から血ではなく、データノイズが噴き出した。
男は動じず、裂け目を広げる。
ライアスの右手が、クロノのポケットで震えた。
『……奴だ……クロノ…… 重力の楔で……叩き潰せ……!』
クロノはリコンストラクトを起動。
右手の写真を基に、重力の波動を具現化。
黒い重力が凝縮し、男の身体を押しつぶす。
男のコートが裂け、顔が露わになる。
──それは、無表情の合成人間。D.E.Xの端末。
「無駄だ。D.E.Xは永遠だ。お前たちの“感情”は、ただのノイズ」
空間の歪みが爆発し、二人は後退を余儀なくされる。
ミラースが叫ぶ。
「クロノさん、出口が閉じかけてる!」
クロノは最後の写真を弾き出す。
ライアスの笑顔の一枚。
「まだ終わらねぇ……」
光が閃き、男の動きを一瞬止める。
二人は裂け目から脱出。
背後で、男の声が響く。
「……次は、逃がさない」
層の底の霧に、二人の息が白く溶ける。
クロノはタバコに火をつけ、煙を吐いた。
「……D.E.Xの“心臓”か。あいつを壊せば、ライアスは戻る」
ミラースが頷く。
「でも……奴は一人じゃない。もっと、深く潜らないと」
右手の指が、弱く曲がった。
『……そうだ……もっと……底へ……』
追跡者の影が、霧の向こうに迫っていた。




