残響
CIVIA第4層、夜。
冷却塔の蒸気が空を覆い、青いネオンが霧の中で脈打っている。
昨夜の爆心地だったハウリング街区は、今も警戒ドローンが巡回していた。
OWLの現場規制ラインの内側に、クロノとミラースの姿があった。
焦げたアスファルトに、黒い影が滲む。
歪みの残滓──空間を裂いた“異能”の爪痕。
普通の人間には見えないが、ミラースには鮮明に見えていた。
「ここです。歪みがまだ……生きている」
彼女の瞳が淡く光り、空気の流れを読む。
《解析視界》が展開され、波紋のような線が宙に広がった。
クロノは黙って写真を構える。
一瞬のシャッター音。
現像されたポラロイドが、彼の掌でゆっくり色づく。
「リコンストラクト、始動」
淡く輝く像が立ち上がり、焼けた路地が再構築される。
昨夜の戦闘が、残像のように蘇る。
光の壁、歪む影、空間を切り裂くジャンキーの腕。
そして──
裂け目の奥、掴み取れそうで掴めない“誰か”の右手。
クロノの視界が白く飛んだ。
脳に刺すようなノイズ、神経が焼けるような痛み。
ミラースがすぐに反応した。
「クロノさん、解除して! 神経負荷が限界です!」
「……まだだ」
「ダメです! あなたの脳波が乱れてる!」
クロノは息を荒げながらも、ポラロイドの像を見据えた。
そこに確かに、“声”があった。
――クロノ、来るな。
――ここは、まだ……閉じていない。
そして次の瞬間、像が弾け、全てが闇に呑まれた。
彼は膝をつき、深く息を吐く。
焦げた煙が辺りに広がる。
ミラースは彼の肩に手を置いた。
「あなた……あの声、誰なんですか?」
クロノは答えず、ただ遠くの街の灯を見つめていた。
歪んだ空の向こうに、まだ見ぬ真実があるように。
翌朝。OWL第9班支部。
報告書のデータが自動送信され、室内に低い電子音が響く。
モニターに表示された上層部からの通達。
『ハウリング街区の異能暴走事件は、“独立因子”によるものと断定。
これ以上の調査は不要とする。第9班は通常任務へ復帰せよ。』
クロノは報告を閉じる。
ミラースがその横顔を見て、小さく呟いた。
「……あの映像、あなたのリコンストラクトが見せた“幻”じゃない。
現実に、空間の向こうに何かがありました」
「わかってる。だがOWLもD.E.Xも、俺たちにそれを掘らせる気はない」
「どうして、ですか?」
「“消されたもの”を暴くのは、秩序にとって都合が悪いんだよ」
煙草に火をつけ、クロノは窓の外を見上げた。
第4層の空は、人工の朝焼けに染まっていた。
だがその光は、どこか冷たかった。
ミラースは黙って立ち上がり、ホログラム端末を閉じる。
彼女の視界には、まだあの“歪み”が残っていた。
見えない何かが、彼らを見ている。
夜。
クロノはOWLの公式ルートを外れ、第3層の旧市街へ向かっていた。
無人市場、崩れた鉄骨、落書きまみれの壁。
都市の下層に、OWLの手が届かない情報屋たちが潜んでいる。
通信越しに、ミラースの声が聞こえる。
「クロノさん。命令違反になります。戻ってください」
「俺は任務中だ。失踪した捜査官の“所在確認”ってやつだ」
「その“捜査官”って……ライアスさん、ですか?」
クロノは足を止め、煙を吐いた。
夜風に混じって、焦げた鉄の匂いがした。
「もし奴がまだ生きてるなら、この街のどこかに“痕跡”がある。
リコンストラクトで見えたのは──その入口だ」
「入口……?」
「空間の向こう側だよ。
人間が覗いちゃいけない、“CIVIAの裏側”にな」
クロノが歩き去った後、通話が途切れる。
OWL本部の通信端末に、別の通信が割り込んだ。
『監視対象:クロノ・ハザード。行動ルート、逸脱を確認。』
無機質な女性の声。
モニターには、CIVIAの全層構造がホログラムで映し出される。
D.E.Xのエンブレムが、ゆっくりと光を放った。




