灰に潜む声
夜明け前のCIVIA第2層は、静まり返っていた。
再利用業者の溶接音も止み、ネオンの残光だけが鉄の街を照らしている。
OWLの支部ビル──コンクリートと配線がむき出しの無骨な空間の中、
クロノは机に散らばる写真を睨んでいた。
モノクロの一枚には、あの日の残骸が写っている。
溶けた道路、光の歪み、そして“消えたはずの影”。
焼け焦げた空間の端に、わずかに残る輪郭。
誰も気づかなかったそのノイズを、クロノだけが見逃さなかった。
「……ライアス、お前は本当に“消えた”のか?」
指先が写真を撫でるたび、頭の奥で痛みが走る。
具現化能力を無理に使った後遺症だ。
写真や描写を現実に“再現”する力──
それはこの街の誰よりも繊細で、危険な異能。
構成するイメージが曖昧なら、出力されるものも壊れる。
使えば使うほど、脳が焼ける。
だがクロノにとって、それは唯一の武器だった。
壁際の端末が光り、通信が入る。
OWL第9班の副主任、アキサワの無機質な声が流れた。
> 『クロノ。上層から指令だ。お前の担当事件は“完了”とされた。報告書を上げろ』
クロノは答えず、タバコに火をつける。
煙が揺らめき、写真の上に影を落とした。
「……あんたら、死体が出なきゃ終わりだって言うんだろ。
でも、空間に呑まれた奴の“死”を、どう証明する?」
返答はなかった。通信は淡々と切断される。
静寂の中、クロノは椅子から立ち上がる。
机の引き出しから、一枚の古いポラロイドを取り出した。
そこには笑うライアスの姿がある。
それを壁に貼りつけ、クロノは小さく呟いた。
「お前を“再構築”してやる……どんな形でもな」
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翌日、OWL本部・セントラルベルト第6層。
人工空の下、クロノは呼び出しを受けていた。
上層の空気は乾いていて、どこか無臭だ。
白い壁、無表情な警備ドローン。
ここでは感情を見せることすら、秩序の乱れとされる。
会議室の中央、ホログラム越しに映る監査官が言った。
> 「クロノ・ハザード。君の行動は規定違反だ。単独での再捜査は許可されていない」
「……」
「よって、今後は監査官付の新人と行動してもらう。観察を兼ねてだ」
その瞬間、扉が開いた。
銀髪を短く束ね、真っ直ぐな瞳をした若い女性が立っていた。
OWL新人捜査官。
彼女の異能は“解析視界”──対象の動作、構造、エネルギーの流れを読む能力。
理論派、かつ正義感が強すぎるタイプ。
> 「あなたがクロノ・ハザード警部補……ですか」
「お前が“監視役”か?」
「観察です。命令ですから」
無機質な言葉に、クロノは苦笑した。
ライアスと違って、感情の温度がまるでない。
だが、その瞳の奥に一瞬だけ、何かが揺れた気がした。
> 「あなた、誰かを探しているんですね」
「……どこでそれを」
「“写真”が全部、見えてます。あなたの心の中の像も」
その言葉に、クロノの呼吸が止まった。
彼女の視界には、クロノの頭の中で焼きついた“ライアスの姿”が見えているという。
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その夜、第1層の廃墟街で、再び異能暴走の報告が入る。
現場へ向かうクロノとミラ。
腐食した道路を走るホバーバイクの上で、クロノは呟く。
「……“あの日”と同じ反応パターンだ。歪みが出てる」
「空間歪曲系……ライアスさんを消した異能と、同系統」
「だろうな。今度こそ、尻尾を掴む」
夜霧の中、光の裂け目が走った。
そこから現れたのは、空間を切り裂く異能ジャンキー。
半身が歪み、身体の一部が別次元に滑り込んでいる。
人の形を保つのも限界だった。
> 「“構築”するぞ、ミラ。下がってろ」
クロノはカメラを構え、シャッターを切った。
現像されたポラロイドの中から、光の壁が現実にせり上がる。
具現化された防壁が、歪みの波動を受け止めた。
脳が焼けるような痛み。視界が歪む。
それでもクロは笑った。
「今度は、逃がさねぇ――」
空間の裂け目の向こう、かすかにライアスの声が聞こえた気がした。
「……クロノ、まだ……来るな……」
歪みが爆ぜ、現場は閃光に包まれた。
その中で、クロノは確かに見た。
歪みの奥に、ライアスの右手が伸びていたことを――。




