終焉
コア室の最奥。
エレナの意識体は、クロノの取り込まれた姿を優しく包み込んでいた。
クロノの身体は、すでに半透明になり、データノイズのように揺らめいている。
「これで完璧よ。君の執念も、私の一部になる」
シェイドとライアスは、ボロボロの身体で立ち上がろうとする。
だが、重傷のライアスは膝をつき、シェイドの影も限界に近い。
ミラースは、虚ろな瞳でただ立っている。
エレナの声が、静かに響く。
「お前たちも、遅かれ早かれ統合される。秩序は、永遠だ」
シェイドの影が、最後の力を振り絞ってエレナの影を絡め取ろうとする。
ライアスが、折れた右腕を無理に動かし、重力を凝縮しようとする。
だが、力不足。
エレナの影が、二人を押し返す。
その時、ミラースがゆっくりと一歩踏み出した。
虚ろな瞳のまま、解析視界を起動する。
ノイズが溢れ、彼女の精神はまだ空白のままだ。
だが、視界の奥に、何かが引っかかった。
──消滅したデータの中に、微かな“像”が残っている。
クロノの、写真のように焼きついた記憶。
ミラースの唇が、わずかに動く。
「……クロノさん……?」
自我のない声。
だが、その言葉が、きっかけになった。
解析視界が、D.E.Xのコア深くを掘り下げる。
エレナのデータ構造の中に、クロノの“リコンストラクト”の残滓が、まだ生きていることを発見する。
クロノは、取り込まれた瞬間、最後の力を振り絞っていた。
自分の異能を、D.E.Xの内部で逆利用していたのだ。
──現実世界を、“写真”としてコアの中に具現化していた。
CIVIAの酸性の霧、鉄の匂い、ネオンの光、仲間たちの温もり。
すべてを、古いポラロイドのように焼きつけて。
ミラースの解析視界が、その“写真”を捉える。
空白だった心に、クロノの記憶が流れ込む。
煙草の煙、冷めた瞳、「お前、思ったより強いな」という言葉。
ミラースの瞳に、光が戻る。
「……クロノさん……待って」
自我が、ゆっくりと蘇る。
涙が頬を伝う。
「あなたを……取り戻す」
ミラースは、解析視界を最大に展開。
クロノの残した“現実の像”を、増幅する。
シェイドとライアスが、それに気づく。
シェイドの影が、ミラースの視界を支えるように広がる。
ライアスの残った重力が、データを押し流す。
エレナの影が、初めて動揺する。
「不可能……私のデータが……現実のノイズに……」
コア室全体が、揺れ始める。
クロノの“写真”が、D.E.Xの仮想世界を侵食していく。
現実の断片が、次々と具現化。
崩れた路地、ネオンの残光、仲間たちの姿。
D.E.Xのデータによる完璧な秩序が、現実の混沌に塗り替えられていく。
エレナの声が、悲鳴のように歪む。
「やめて……私の都市が……!」
クロノの姿が、コアの中心に再び現れる。
半透明の身体が、ゆっくりと実体を取り戻す。
彼は、最後の写真を握りしめていた。
自分と仲間全員が写った、一枚。
「……現実を……裏切らない」
リコンストラクト、最終起動。
現実世界が、D.E.Xのコアを完全に呑み込む。
データの世界が、現実に引きずり出され、崩壊する。
エレナの影が、ノイズとなって散っていく。
「これが……人間の……」
最後の言葉を残し、D.E.Xは消滅した。
中枢塔が、静かに崩れ始める。
クロノの身体も、データと共に薄れていく。
彼は、微笑んだ。
「……十分だ。お前たちを……現実に、戻せた」
ミラースが、駆け寄る。
「クロノさん!!」
だが、手がすり抜ける。
クロノの姿は、最後に煙草の煙のように溶け、消えた。
データとして、現実と仮想の狭間で永遠に残る。
CIVIAの空に、初めて本物の朝焼けが差し込んだ。
人工の雲が晴れ、風が吹く。
ライアスは、治療を受けながら空を見上げ、笑った。
「……あの野郎、最後までカッコつけて」
シェイドは、影を優しく揺らし、静かに呟く。
「……ありがとう」
ミラースは、クロノの古いカメラを胸に押し当て、涙を拭う。
「……あなたは、いつもここにいる」
現実の混沌が、都市を覆う。
秩序は失われた。
だが、人間らしさが、取り戻された。
クロノの“写真”は、どこかでまだ焼きつけられている。
現実を、裏切らない一枚として。




