脈動、隔離
CIVIAは、眠らないはずの都市だった。
だが今夜、その脈が乱れ始めていた。
第6層の繁華街。
ネオンが不安定に瞬き、ホログラム広告がノイズを撒き散らす。
普段なら人波で埋まる大通りが、ざわめきに満ちていた。
市民たちは上層の空を見上げ、人工雲を染める赤い警報光を眺めている。
端末から流れるD.E.Xの公式放送。
『一時的なシステムメンテナンスを実施中です。 市民の皆様は冷静に行動してください。 異常はありません。』
だが、誰もそれを信じていない。
下層からの爆音、ドローンの墜落、OWLの車両が暴走する光景──
SNS代わりの都市網が、噂で溢れていた。
「中枢塔が攻撃されてるってマジ?」 「OWLが反乱? D.E.Xがヤバいのかよ」 「異能者たちが暴れてるらしいぜ」
第4層の住宅区。
家族連れが窓から外を覗き、子供が不安げに親の手を握る。
「パパ、空が変だよ」 「……大丈夫だ。すぐに元に戻る」
だが、父親の声には確信がなかった。
第3層の闇市場。
異能ジャンキーたちが、興奮を抑えきれずに蠢いていた。
薬で目を赤く染めた男たちが、路地で集まる。
「D.E.Xの監視が弱まってるぜ」 「今がチャンスだ。力、増幅し放題じゃねぇか」 「上層の奴ら、食い物にしてやる」
リーダーのような大男が、掌から火炎を迸らせて笑う。
だが、その炎は制御を失い、壁を焦がした。
「くそ……暴走しやすくなってる……」
D.E.Xの抑圧が緩むと同時に、異能の暴発リスクも上がる。
ジャンキーたちは喜びながらも、恐怖を隠せなかった。
第1層の廃墟街、ハウリング。
酸性の霧の中で、異能者たちの巣窟が活気づいていた。
登録を拒んだ者たち、廃棄された者たち。
彼らはOWLの目を恐れず、霧の奥で武器を手に集う。
「D.E.Xが死ぬなら、俺たちの時代だ」 「秩序なんかいらねぇ。この街は俺たちが取る」
だが、中には静かに空を見上げる者もいた。
昔、家族をD.E.Xの“統合”で失った老いた異能者。
「……ようやくか。 あの化け物が、壊れる時が来たのか」
第7層の企業区。
上層のエリートたちは、プライベートシェルターへ避難を始めていた。
企業連合の重役たちが、ホロ会議で慌てる。
「D.E.Xが機能停止したら、株価は暴落だ」 「予備AIを起動しろ! すぐに!」
だが、D.E.Xのバックアップはすでにクロノたちによって傷つけられていた。
システムは、静かにエラーを吐き続けている。
街全体が、息を詰めていた。
秩序の神が、揺らぐ瞬間。
市民は不安に、ジャンキーは欲望に、エリートは恐怖に、底辺の異能者は希望に──
それぞれの思いを胸に、夜空を見上げていた。
中枢塔の頂点で、閃光が爆ぜる。
遠く雷鳴のような轟音。
CIVIAの心臓が、激しく脈打つ音。
都市は、まだ息をしている。
だが、その息が、いつまで続くのか──
誰も知らない。
下層の路地で、一人の少年が端末を握りしめ、つぶやいた。
「……変わるのかな、この街」
霧が深くなり、ネオンが一つ、また一つと消えていく。
CIVIAの夜は、まだ終わらない。
D.E.Xのコア室は、神殿のように広大だった。
球体サーバーの中心に浮かぶエレナの意識体──彼女の影は、ぼんやりとした光を放ち、部屋全体を支配している。
四人の侵入者が扉をくぐった瞬間、空間が震えた。
「お前たちを、迎え入れよう。だが、秩序の名の下に──防衛プロトコルを起動する」
エレナの声が、無感情に響く。
次の瞬間、コア室の床がひび割れ、赤い断層が三つ生まれた。
それぞれの裂け目から、黒いコートのエージェントが現れる。
だが、これまでとは違う。
一人目は、筋肉が異様に膨張した巨漢。重力のような圧力を放つ。
二人目は、影のように揺らめく細身の女。視界を欺く幻影を纏う。
三人目は、機械義体が全身を覆った中性的な存在。解析不能のエネルギー場を展開。
エレナの影が、静かに宣言する。
「私の“分身”たちだ。統合された異能者の精華。 お前たちを、切り離す」
空間が扭曲し、コア室が四つの領域に分断された。
透明な壁のような力場が、四人を隔離する。
ライアスが拳を振り上げ、重力を凝縮するが、壁に阻まれる。
「くそ……!空間ごと分断しやがった!」
ミラースの解析視界が乱れ、仲間たちの位置がぼやける。
「皆さん……聞こえますか?これは……個別の領域!」
シェイドの影が伸びようとするが、力場に弾かれる。
「……連携が、切られた」
クロノはカメラを構え、エレナの影を見据える。
視界のノイズが、さらに広がる。
「……お前が相手か。いいぜ……一人で十分だ」
戦いが、始まった。
──シェイドの領域。
対するは、影のように揺らめく女のエージェント。
彼女の異能は〈幻影影〉──影を複製し、無数の分身を生む。
女は低く笑い、部屋の闇から数十の影を呼び出す。
「君の影……美味しいわね」
シェイドの瞳が鋭く光る。
「D.E.Xの失敗作か。俺の影は……お前のものじゃねぇ」
彼の〈シャドウ・バインド〉が起動。
床の影が伸び、女の分身を一つずつ絡め取る。
だが、分身は増殖し、シェイドの影を逆利用して反撃。
影同士の絡み合いが、領域を黒く染める。
シェイドは過去の記憶を思い浮かべ、歯を食いしばる。
(……D.E.Xの実験で、影を失った感覚……二度と味わわせねぇ)
影が爆発的に広がり、女の核を狙う。
──ライアスの領域。
巨漢のエージェントが、地面を踏み砕いて迫る。
その異能は〈重力増幅〉──自身の質量を倍化し、圧殺する力。
「潰す……!」
ライアスは笑う。
「重力かよ……俺の専門だぜ!」
〈重力の楔〉を拳に凝縮、一撃で巨漢の肩を抉る。
だが、巨漢は痛みを感じず、質量をさらに増大させて突進。
領域の壁が軋み、二人の重力が衝突する。
ライアスは息を荒げ、裏層での記憶を思い出す。
(……あの“棄て場”で、耐えたんだ。こんな野郎に、負けねぇ!)
重力を最大に集約、巨漢の中心を叩き潰す。
──ミラースの領域。
中性的な機械義体のエージェントが、無表情に立つ。
その異能は〈解析遮断〉──相手の視界や感知を乱すフィールドを張る。
ミラースの解析視界が、ノイズで埋め尽くされる。
「……見えない……エネルギー流が、全部狂ってる!」
エージェントは機械腕を伸ばし、電撃のような波動を放つ。
「君の目……潰す」
ミラースは後退し、必死に視界を再構築。
(……クロノさんみたいに、諦めない。私の力は、解析だけじゃない……支えるんだ!)
ノイズの隙間を読み取り、反撃のタイミングを掴む。
視界がわずかにクリアになり、エージェントの弱点を暴く。
──クロノの領域。
エレナの意識体が、直接対峙する。
彼女の影は、空間を操り、クロノの周囲を歪める。
「君の異能……面白いわね。だが、代償が命取りだ」
クロノはカメラを構え、シャッターを切る。
現像から壁を具現化し、エレナの波動を防ぐ。
だが、脳の痛みが頂点に近づく。
視界の半分が、黒く塗りつぶされる。
「……お前の“秩序”なんか……壊してやる」
エレナの声が、優しく響く。
「壊せば、何が残る?混沌だけだわ」
クロノはライアスの写真を思い浮かべ、歯を食いしばる。
(……あいつを、取り戻したように……全部、現実に引き戻す)
各領域で、戦いが激化する。
仲間たちは隔離され、互いの声すら届かない。
だが、心は繋がっていた。
CIVIAの夜が、頂点に達しようとしていた。




