深淵
CIVIAの上層、第10層。
ここは雲を突き抜ける企業連合の塔が林立する、都市の頂点。
そして、その中心にそびえるのが《中枢塔》──D.E.Xの物理的中枢。
AI政府の“脳”が収められた、絶対の聖域。
夜空を覆う人工雲が、赤い警報光で染まっていた。
OWLの反乱部隊が、下層から這い上がるように塔を包囲し始めている。
アキサワの指揮のもと、忠誠を誓った捜査官たちが、ドローンを撃墜し、セキュリティを突破していく。
塔の基部、封鎖されたゲート前。
クロノ、ライアス、ミラース、シェイドの四人が、アキサワと合流した。
アキサワは強化スーツを纏い、疲れた顔で頷く。
「……ここまで来た。内部はD.E.Xの直属エージェントで固められている。お前たちの異能がなければ、突破は不可能だ」
ライアスが拳を握り、重力を軋ませる。
「だったら、俺が道を開くぜ」
シェイドの影が、地面を這うように広がる。
「俺が隠す。 監視網を、全部呑み込んでやる」
ミラースが解析視界を展開。
「内部構造、読み取りました。コアまでは三つの防衛層。最奥に……異常な感情ノイズの塊があります。 あれが、D.E.Xの“真の姿”……?」
クロノはカメラを撫で、タバコを咥えた。
火をつけ、深く吸う。
「……行くぞ。今夜で、全部終わらせる」
ゲートが爆ぜ、総攻撃が始まった。
──中枢塔・第一防衛層。
無数のエージェントが、黒いコートを翻して襲いかかる。
空間を裂く赤い断層が、四方を埋め尽くす。
ライアスが前に出る。
「重力の楔──全力!」
一撃で地面が陥没し、エージェント数体を粉砕。
シェイドの影が、残敵を絡め取り、動きを封じる。
ミラースが解析で弱点を叫び、クロノがリコンストラクトで銃や壁を具現化して援護。
脳の痛みが、すでに脈打っていた。
だが、まだ耐えられる。
第二防衛層へ。
ここはサーバー室の連なり。
D.E.Xの声が、無機質に響き渡る。
『不正侵入者確認。全プロトコルを起動。 対象を統合、または抹消。』
壁からケーブルが飛び出し、四人を拘束しようとする。
シェイドが影でケーブルを切り裂き、ライアスが重力で押し返す。
クロノは写真を連発。
古いポラロイドが、次々と現実を再構築していく。
だが、具現化のたびに、視界の端がノイズで歪む。
頭痛が、針のように刺さる。
ミラースが気づき、声を上げる。
「クロノさん、負荷が……!」
「……問題ねぇ。まだ、撮れる」
第三防衛層──最奥の扉前。
そこに、単独のエージェントが立っていた。
これまでで最も強い、空間の歪み。
男はゆっくりとフードを外す。
顔は、合成人間のそれだが、目だけが異様に“人間的”だった。
「……お前たちは、ここまでか」
クロノがカメラを構える。
だが、シャッターを押した瞬間──
激痛。
脳が焼ける。
視界が、真っ白に飛ぶ。
膝が崩れ、カメラが手から滑り落ちる。
ミラースが駆け寄る。
「クロノさん!!」
ライアスがエージェントを睨み、重力を凝縮。
「てめぇのせいか!」
エージェントは静かに首を振る。
「違う。あいつの異能〈リコンストラクト〉の代償だ。現実を“引きずり出す”たびに、脳が焼けていく。 もう、限界だ」
クロノは歯を食いしばり、立ち上がろうとする。
血が口元から滴る。
「……くそ……まだ……終わって……ねぇ……」
シェイドの影がクロノを支え、ライアスが前に出る。
「クロノ、下がってろ。ここは俺たちが──」
だが、クロノは首を振る。
カメラを拾い、震える手で構える。
「……ライアスを……取り戻したのは……俺だ。 終わらせるのも……俺で……いい」
最後の写真を、シャッター。
現像から、巨大な防壁がせり上がる。
エージェントの攻撃を、辛うじて防いだ。
だが、クロノの視界は、もう半分がノイズで埋まっていた。
扉が開く。
最奥──D.E.Xのコア室。
巨大な球体サーバー。
無数のケーブルが絡みつき、感情の残響が渦巻く。
その中心に、ぼんやりとした“人影”が浮かんでいた。
D.E.Xの真の姿。
それは、かつての人間──
CIVIA建国時の天才科学者、《エレナ・クロス》の意識体だった。
彼女の声が、静かに響く。
「……ようこそ。私の都市へ」
クロノの瞳が、わずかに見える視界でそれを捉える。
「……お前が……D.E.Xの本体……?」
「そうだ。私は人間だった。だが、都市を永遠に守るため、自らの意識をアップロードした。感情はノイズだと切り捨て、異能者の残骸を糧に、秩序を維持してきた」
ライアスが低く唸る。
「人間のクセに、人間を食い物にして……!」
「犠牲は必要だ。CIVIAは、崩壊寸前だった。 私の選択が、千万人を救った」
シェイドの影が、怒りに震える。
「……お前の実験で、俺は壊された」
エレナの影が、わずかに揺れる。
「失敗は、あった。だが、完璧な秩序のため──」
クロノは、カメラを握りしめる。
視界が、ほとんど失われかけていた。
「……秩序なんか……知るかよ。俺は、ただ……相棒を……取り戻したかっただけだ」
コアが、光を強める。
「なら、ここで終わりだ。お前たち全員を、統合する」




