狼煙
CIVIAの闇は、底なしだった。
第1層の下、層の底のさらに奥──D.E.Xの心臓部。
アキサワの送った座標を頼りに、クロノとミラースは再び潜入した。
OWLのドローンが目を逸らされた隙を突き、霧とケーブルの迷宮を進む。
アキサワの通信が、断続的に入る。
「内部セキュリティを一部無効化した。だが、バックアップが起動したら、俺の権限も終わりだ。急げ、クロノ」
ミラースの解析視界が、サーバーのノイズを切り裂く。
「コアの中心……感情の残骸が渦巻いてます。ここを壊せば、D.E.Xの“統合”が解けるはず」
クロノはタバコを捨て、カメラを構えた。
ポケットの右手が、熱く脈打つ。
『……今だ……クロノ……俺を……引き出せ……!』
空間が歪み、エージェントの影が複数現れる。
黒いコートが、壁から湧き出るように。
「侵入者……抹消」
ミラースが叫ぶ。
「弱点はコアのノイズ中心!私の視界で、道筋を作ります!」
彼女の瞳が輝き、解析視界が空間に線を描く。
エネルギー流の“道”が、可視化される。
クロノはリコンストラクトを全開。
写真を次々と具現化──壁を崩し、銃を撃ち、重力の楔を放つ。
脳が焼ける痛み。視界が白く飛ぶ。
それでも、ミラースの導きでコアへ迫る。
エージェントの一体が、クロノの前に立ち塞がる。
赤い断層が奔る。
だが、ミラースの声が鋭く響く。
「そこ!核の左側、0.5秒の隙間!」
クロノはライアスの右手を握りしめ、最後の写真を弾き出す。
ライアスの全力の姿──重力の楔が、コアへ直撃。
爆音。
サーバーが砕け、ノイズが洪水のように溢れ出す。
D.E.Xの声が、歪んで響く。
『システム……エラー……統合……解除……』
空間が反転し、裏層の残響が現実へ流れ込む。
その渦の中から──
人の形が、二つ、転がり出た。
一つは、ライアス。
筋肉質の体躯、黒いコートがボロボロに。
息を荒げ、ゆっくりと立ち上がる。
「……クロノ……てめぇ……ようやくかよ」
声は生々しく、温度があった。
完全に、現実へ戻った。
クロノは息を吐き、笑った。
「……遅くなったな」
だが、もう一つの影が、ライアスの横で身を起こす。
瘦せた体型の男。灰色の髪、鋭い目つき。
全身にケーブル状の傷跡が走り、異能の気配が濃い。
ライアスが、そいつを支えるように肩を貸す。
「……こいつは、シェイド。裏層で出会った野郎だ。 D.E.Xの“実験体”だった奴で、影を操る異能持ち。 一緒に引き出されたみたいだ」
シェイドは無言で周囲を睨み、掌を掲げる。
影が伸び、残ったエージェントの一体を絡め取る。
「D.E.Xの……秘密を知ってる。お前たちに……協力する」
ミラースが解析視界で彼をスキャン。
「……本物です。感情ノイズが、D.E.Xの被害者パターンと一致」
クロノはタバコに火をつけ、煙を吐いた。
「……仲間が増えたか。 悪くねぇな」
ライアスが拳を握り、重力を凝縮させる。
「これで、D.E.Xをぶっ壊せるぜ。シェイドの影で隠れ、俺の楔で叩き潰す」
アキサワの通信が入る。
「コアの崩壊を確認。OWL内で反乱が起き始めてる。 お前たちを迎えに行く」
CIVIAの空が、わずかに揺れた。
都市の秩序が、崩れ始める音。
クロノはカメラを撫で、仲間たちを見た。
「……始まるぞ、本当の夜が」




