第14話「田主丸デコチャリパレード」
八月三十一日、夕暮れ。
田主丸の大通りは、これまでにないほどの熱気に包まれていた。
商店街の店先には提灯が並び、道路脇には子どもからお年寄りまでが肩を寄せ合っている。手には団扇、カメラ、そして期待に満ちた瞳。
通りの中央には、数十台のデコチャリが整列していた。
八百屋特製「メロン号」、魚屋の「金魚号」、駄菓子屋の「チョコバナナ号」。さらに、農家グループが作った「トマト号」「ブドウ号」、ワイナリー協賛の「ワイン号」。そしてもちろん、科学部が仕上げた「カッパ号」だ。
「これだけ並ぶと……まるで夢みたいだな」
翔太は自転車にまたがり、深く息を吸い込んだ。
周囲を見渡せば、町全体が一つの大舞台。舞台袖も観客席もなく、誰もが役者で、誰もが観客だ。
やがて、和太鼓の低い響きが夜空に轟いた。
ドン、ドン、ドン――。合図とともに、各自転車のスイッチが次々と押される。
「ライトオン!」
一瞬の静寂の後、闇に色とりどりの光が弾けた。
赤、青、緑、金――果物や動物の形に彩られたライトが一斉に点灯し、まるで夜空から星が降りてきたかのようだった。
「うわあああっ!」
観客の子どもたちが歓声を上げ、スマートフォンのシャッター音が通りを埋め尽くした。SNSのライブ配信も次々と始まり、コメント欄には「田主丸すごい!」「何この祭り、行きたい!」の文字が流れる。
先頭を走るのは翔太たち科学部の三人。
亮が元気いっぱいに声を張り上げる。
「いっくぞー! 田主丸デコチャリパレード、スタートだーっ!」
拍手と太鼓のリズムに押し出されるように、デコチャリの隊列が動き出した。
ペダルを漕ぐたびに光が強まり、音楽に合わせてスピーカーから流れるメロディが響く。
カッパ号の頭部が光を放つと、沿道の子どもたちが「カッパだー!」と手を振った。翔太はハンドルを握りながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「見ろよ翔太、あの笑顔!」亮が叫ぶ。
「これが、俺たちのやってきたことの答えね」美咲は感慨深げに頷いた。
列の中央では「チョコバナナ号」の光が軽やかに点滅し、後方では「ワイン号」がぶどう色の輝きを放つ。通り全体が光の川のように流れ、観客たちを夢中にさせていく。
途中、小さなトラブルもあった。
「金魚号」のライトが一瞬消え、子どもが不安げに声を上げる。だが、美咲が即座に無線で指示を飛ばした。
「バッテリー切り替えて! 今なら間に合う!」
対応は成功し、金魚号は再び赤く光った。観客からは「おおっ!」と拍手が巻き起こる。
翔太はその光景を見て、胸が震えた。
失敗を恐れ、何度もくじけかけた。それでも仲間と一緒に乗り越えてきたから、今こうして町を照らせている。
太鼓の音が最高潮に達した瞬間、全てのデコチャリが一斉に光を強めた。
通り全体が昼間のように輝き、夜空にまで反射する。
「すげえ……!」「まるで電気の花火だ!」観客の歓声が爆発した。
翔太はペダルを漕ぎながら、声を張り上げた。
「田主丸の夜を、俺たちが光らせたんだーっ!!」
その叫びに、拍手と歓声と太鼓の音が重なり合う。
田主丸の小さな町は、その夜、確かにひとつの奇跡を生んだのだった。




