第12話「光のリハーサル」
八月の終わり。田主丸の中心通りは、午後から完全に車両通行止めになった。町ぐるみで行う「光のリハーサル」のためだ。
夕暮れ、アスファルトの上に自転車が次々と並んでいく。八百屋の「メロン号」、魚屋の「金魚号」、駄菓子屋の「チョコバナナ号」……そして新たに加わった「ワイン号」「トマト号」など、個性豊かなデコチャリが勢揃いした。その数、三十台以上。
「すげえ……!」翔太は圧倒され、思わず口に出した。
通りを埋め尽くすほどの光る自転車たち。まるで町全体が、夜のパレードに息を吹き込んでいるかのようだった。
「記録は任せて。配線、電力、出力……全部チェックする」
美咲はノートとペンを構え、眼鏡の奥の瞳を光らせる。
「オレは……全員の士気を高める係だな!」
亮は腕をぐるぐる回し、筋肉を見せびらかしては子どもたちに笑われていた。
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やがて、試走の号令がかかった。
「光の行列、リハーサルスタート!」
掛け声とともに、三十台の自転車が一斉に点灯。通り全体が、カラフルな光で満たされた。
ペダルを漕ぐたびにLEDが輝き、果物や動物を模した装飾が夜空に浮かび上がる。通り沿いに集まった町の人々は「おおっ!」と歓声を上げ、拍手が沸き起こった。
「おい、テレビ来てるぞ!」
亮が指差した先では、地元局のカメラが回っていた。新聞記者もノートを片手に走り回り、シャッター音が止まらない。
「田主丸の奇跡……これはニュースになるわよ」美咲が興奮気味に言った。
翔太も胸が熱くなる。ついこの間まで廃部寸前だった科学部が、今や町を動かす存在になっている――。
――――
だが、順調に見えたリハーサルに、不穏な影が差した。
列の中ほどで突然、ひときわ大きな光が弾けた。
「な、なんだ!?」
駄菓子屋の「チョコバナナ号」だ。配線がオーバーヒートし、強烈なフラッシュのように点滅している。ライダーが慌ててブレーキをかけ、後続の自転車が次々とよろめいた。
「止まれーっ!!」翔太が叫ぶ。
だが声は追いつかない。列の最後尾で、小学生の「イチゴ号」が急ブレーキに失敗し、前の自転車に突っ込みかけた。
「危ない!」
間一髪、亮が飛び込み、子どもごと車体を抱きとめた。ゴンッと鈍い音が響いたが、なんとか転倒は免れた。
「うおおお……! 俺の筋肉、ギリギリセーフ!」亮が膝をつきながらも笑ってみせる。
観客の間にざわめきが広がる。
「大丈夫か!?」
「子どもがケガしてないか?」
幸い、イチゴ号の少年は涙目で頷いた。「こ、怖かったけど……大丈夫」
翔太は額の汗をぬぐい、歯を食いしばった。
「くそ……まだ電力制御が甘い」
美咲はすぐにランプの基盤を覗き込み、早口で分析を始めた。
「高出力時に電流が集中しすぎてるのよ。制御チップが追いついてない……このままじゃ本番でも暴走が起きる」
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その後も、小さなトラブルは続いた。ライトが一部消えたり、スピーカーがノイズを出したり。
リハーサルを終えて通りに集まった人々の顔には、成功と不安が入り混じっていた。
「すごかったけど……本番、大丈夫かしら」
「事故が起きたら困るよな」
そんな声が耳に入るたびに、翔太の胸は締め付けられた。
だが、美咲はノートにびっしりとメモを書き込み、顔を上げた。
「まだ完璧じゃない。でも必ず仕上げてみせる」
その目は真剣で、揺るぎなかった。
翔太と亮も頷く。
「そうだな。あきらめるわけにはいかない」
「筋肉も、最後の仕上げに付き合うぜ!」
夜風に吹かれながら、三人の決意はさらに強くなっていった。
――――
田主丸の夜道を帰る途中、翔太はふと空を見上げた。
そこには、ひときわ明るい星が瞬いていた。
「本番は絶対成功させる。――町の未来を、光で照らすんだ」
三人の自転車のライトが、暗闇の中で小さく寄り添いながら帰路を照らし続けた。




