第1話「廃部寸前の科学部」
放課後の理科室は、静まり返っていた。
白衣を掛けたままのハンガーも、棚に積まれたビーカーや試験管も、どこか埃っぽい。
その部屋の隅に、三人だけの部員が机を囲んで座っていた。
「……結局、今年も新入部員ゼロか」
肩を落としたのは部長の松岡翔太、三年生だ。丸メガネの奥の目はいつもギラついているが、この日はさすがに曇っていた。
「だってさ、科学部って地味だもん。実験っていっても、スライム作ったり電池で豆電球光らせたり……小学生の自由研究と変わんないって」
そう言ったのは一年の吉田亮。お調子者で、科学より体力に自信があるタイプだ。
「言い方。……でも事実ね」
冷静に言い切ったのは副部長の古賀美咲。二年生。落ち着いた物腰で、いつも二人の暴走を止める役割を担っている。
三人きりの部室。ポスターには「科学は未来だ!」と派手に書かれているが、その未来はもう閉ざされかけていた。
顧問の先生からは「今年度いっぱいで部員が増えなければ廃部」と告げられている。部費もほとんど出ず、実験器具は古びる一方。
彼らの居場所は、もうじき消えようとしていた。
しばらく沈黙が続いた後、翔太が椅子をガタリと引いて立ち上がった。
「……いいか、みんな。どうせ潰れるんなら、最後に一発、町をアッと言わせてやろうじゃねぇか!」
「アッと言わせる?」亮がきょとんとした顔をする。
「そうだ。俺たち科学部の存在を、一発で世間に刻みつけるんだよ。『科学ってスゲー!』って、みんなの度肝を抜く発明を残してやるんだ」
「また無茶言ってる……」美咲は呆れ顔を見せたが、内心ちょっとワクワクしていた。翔太はいつも突拍子もないことを言うが、不思議とそれが現実になってきたのを知っていたからだ。
「具体的には?」と問い返す。
「……まだ決まってねぇ。でもな」翔太は窓の外を指差した。
春の夕暮れ、田主丸の商店街には街灯がポツポツと灯り始めていた。だが人通りは少なく、どこか寂しい雰囲気だ。
「この町を、科学でピカピカにしてやりてぇんだよ」
その一言に、二人は思わず顔を見合わせる。
「町を……ピカピカ?」亮が首をかしげる。
「イルミネーションとか?」美咲が眉を上げた。
「そうだ! ただのクリスマス電飾じゃねぇ。もっと自由で、もっと動きがあって、もっと面白い……そう、エレクトリカルパレードみたいなやつだ!」
翔太の目は、すでに未来の光景を映しているようにキラキラしていた。
「でもそんなの、中学生にできるわけ——」と美咲が言いかけたとき、翔太が机をドンと叩いた。
「できる! 廃材でも、バッテリーでも、俺たち科学部なら必ずできる!」
熱のこもった声に、部屋の空気が一変する。
亮は思わず笑ってしまった。
「ははっ、いいじゃん! 俺、自転車こぐの得意だからさ、動力担当やるわ!」
美咲も小さくため息をついたが、やがて口元をゆるめた。
「……わかった。どうせ廃部になるなら、最後ぐらい私も全力で付き合う」
三人は見つめ合い、にやりと笑う。
「決まりだな。科学部最後のプロジェクトは——」翔太が両手を広げて宣言する。
「田主丸を光で走り抜ける、科学部特製のデコチャリパレードだ!」
誰も拍手する観客はいない。
だけど三人の胸の奥では、すでに大きな花火が打ち上がっていた。
こうして“廃部寸前の科学部”の、奇想天外な挑戦が幕を開けたのだった。




