表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

涙坐太夫

〈旱星どれがその星知るものか 涙次〉



【ⅰ】


 肝戸平治は男やもめだつた。元・妻は40歳にして初産、産後の肥立ちが惡く、この世を去つた。肝戸には5年前のその事を思ひ出すのが苦痛だつた。丁度、「魔が差して」勤め先のホテルのカネを拐帯、バレて(警察沙汰にするのはホテル側が難色を示した。風評を恐れてゞある)馘首となつた時期と重なる。妻は「あの恐ろしい惡を身中に持つ」夫の子を愛さずして、儚い人となつた。

 貰ひ乳までして育てた子は、力子(りきこ)と云つた。畸妙な名だと思つた事はない。世を儚げに漂つた妻の如くは生きて慾しくはなかつた。正々堂々、己れの力量で生きて慾しかつた。女の子らしからぬ名だとは、分かつた上での話だつた。



【ⅱ】


 食つて食はせて、の為には何でもした。人知れず勞務者の群れに身を投じた。スマホだけが、今の彼とホテルマン時代の彼とを結ぶものだつた。それで、SNSの、カンテラ事務所「パーカー求む!」の投稿を見たのだ。天はまだ彼を見捨てゝはゐなかつた。力子が慾しがつてゐた、プリキュアのコンパクト、買つてあげられるな、採用後、そればかりを思つた。



【ⅲ】


 さて、涙坐。犬吠埼灯台事件が暗礁に乘り上げたのは、もしかしたら自分のせゐかも知れない。そんな事を鬱々と考へてゐた。が、わたしには優しいカンテラさんは、ありの儘を語らないだらう。もしかしたら、暗礁に乘り上げたのは、彼女の氣分だつたかも知れない。そんな時に、肝戸から力子の話を聞いた。いゝ話だ。自分の父親が【魔】であつた事を、一瞬でも忘れられるやうな‐ 父親は(当たり前だが)親なのだ。たゞ家の薄暗いところに巢食ふ、怖いをぢさんではないのだ。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈てんと蟲可愛可愛と肌の()を這はせる朱夏の倣ひであるか 平手みき〉



【ⅳ】


 テオは薄々氣付いてゐた。あの「児雷也」は江戸の子。開国と云ふ事件を憎んでゐる。その上に建つ、明治の、お雇ひ外國人主導で造られた犬吠埼灯台。さう云ふ筋立てゞ考へてゆけば、「児雷也」と蝦蟇が出没、惡事を仕掛けて來た譯が分かる。テオはカンテラとじろさんに、その話をした‐「流石は天才猫。よく出來た筋書きだ。それを探るのは、涙坐ちやんだけどな」‐「涙坐さんに出來るかな、兄貴?」‐「やつて貰はなきや。テオ、きみ、助け船出せる?」‐「場合に依つては」



【ⅴ】


 吉原の花魁に、涙坐を仕立て上げる‐ 太夫の云ふ事なら、あの「児雷也」も聽く耳を持つ、んぢやないかな。テオの「助け舟」は、さう云ふ筋であつた。早速、衣装を掻き集め、涙坐は着せ替へ人形。「わたしに、出來るかしら?」‐「是非、やつて貰はないとね」‐「はい」靜かだが、確信に滿ちた返答であつた。



【ⅵ】


「これはこれは太夫。名を‐」‐「涙坐太夫でありんす」遷姫から借りた煙管をぷかり。「児雷也」は有頂天である。うつかり彼が口を滑らせた「筋」は、ほゞテオの讀みと同型だつた!


 其処にカンテラ、じろさん、姿を現はした。「いゝ役者つぷりだ児雷也。だがそこ迄だな」‐「しええええええいつ!!」カンテラ、蝦蟇を斬る。續いて児雷也と組んだじろさん、(えい)! と急處に突き。児雷也、悶絶の内に息絶えた。



【ⅶ】


 グロリアから降りて、肝戸、ぽかんとその様子を眺めてゐた、と云ふ。心に、プリキュアのコンパクト、忘れるな、と念じつゝ。これにて犬吠埼灯台事件、一卷のお仕舞ひ。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈毛蟲焼く命等しと云ひながら 涙次〉


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ