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後編

―――

――


ドミニク side


「え!?セーラ!?」


 サイモンの慌てた声に振り向けば、セーラさんが喫茶店を走って出ていく姿が目に入った。突然どうしたというのか。


 セーラさんの走っていた方向と、こちらを何度か見比べた後、サイモンは俺たちの方へやって来た。


「ちょっと!ドミニク!ドロテア!!何でふたりがここに居るの!?」


 何でって……。それはお前のせいだろう。今日がセーラさんとサイモンのデートの日だと知り、俺はずっと気が気ではなかった。偶然にも非番だったため、余計に頭の中はふたりのことばかり。


 ひとり部屋で過ごしていることに耐えられなくなり、俺は街へとくり出した。そこで偶然、ドロテアと出会ったのだ。先に気づいたのは俺で、何かコソコソと見るからに怪しい動きをしている彼女に声をかけた。


「何をしているんだ」

「うぇ!?ドミニクじゃん!驚かさないでよ!!!」


 手を腰にあて、怒った口調で言うドロテア。


 彼女との出会いは騎士学校で、同じクラスだったことがきっかけだ。元々仲の良かったサイモンと俺にいつの間にかドロテアも加わり、三人で過ごすことが多くなった。卒業以降もその交流は続き、今でも仲の良い友人だ。


 未だに驚かすな何だと言っているのを無視し、もう一度同じ質問を繰り返す。


「それで、何をしているんだ」

「相変わらずの仏教面ね!そんなんじゃモテないわよ!!」

「別に構わない」

「つまらないわねえ!……っあ!ちょっとこっち!!」


 腕をぐいぐい引っ張られ、強制的に物陰に引きずり込まれる。相変わらずの筋力だ……。さすが王国騎士団の数少ない女性騎士。純粋な力が物を言う場で、男共と渡り合っているだけはある。実は俺たち三人の中でも彼女が一番強かったりする……物理的に。


「さっきから何をコソコソしているんだ」

「え……いや、えっと……」


 視線を合わせず、歯切れの悪い答えをするドロテア。彼女の視線の先を見ると、ずっと俺の頭から離れなかったあのふたりが、楽しそうに腕を組みながら歩いていた。


「……えと、見た?」

「ああ」


 そして、どちらも口を開かず沈黙が流れる。


「ずっと気になっていたんだが……」

「なに?」

「お前ら別れたのか?」


 俺の記憶が正しければ、サイモンとドロテアは恋人同士のはず。いつも口喧嘩ばかりしていたふたりから、卒業式の日に、恋人になったと告げられた時は心底驚いたが、ふたりの仲睦まじい姿を見ていると、友として本当に嬉しく思うのだ。


 しかし、いつからかサイモンがセーラさんを口説き始め、俺の中に疑問が生まれた。


「……別れてないわよ」

「では、恋人が他の女性とふたりで出かけているのを許しているのか?」

「そんな訳ないでしょ!!」


 ふたりの姿に視線を奪われていたが、ドロテアの大きな声に振り返る。彼女は怒りのあまり、拳を強く握りしめ、わなわなと震えだしていた。


「だったら何で」

「それはあなたが!!……って、はぁ。もう行くわよ。見失う」


 またもや筋力に物を言わせたドロテアに引っ張られ、俺はふたりが入った喫茶店に入店するはめに。


 店員に案内された席は、ちょうど二人の姿が見える位置だった。俺たちも適当に飲み物を注文し、客に紛れ込む。怪しまれないようにちらちらとふたりの様子を伺っているが、時たま話し声が聞こえる程度で、話している内容までは聞き取れない。何か悪いことをしている気分だ。


「大事にさせて欲しい」


 偶然聞き取れたサイモンの言葉に、目を見開く。嫌にはっきりと聞こえた声は、ドロテアの耳にも届いたようだ。


「……サイモン、本気になっちゃったのかな」


 不安そうな顔で呟くように言うドロテア。ドロテアとサイモン。ふたりの友として、そんなことはないと否定したいが、眼の前の光景がそれを許さない。



 ガシャーーーーン



「すみません!すみません!」


 大きな音に驚いて振り向くと、店員が持っていたトレイをひっくり返し、ドロテアに飲み物をかけてしまったようだった。店員が必死に謝罪を繰り返している。


「お、おい。大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫!!」


 普段のように明るく振る舞う彼女。店員が白いナプキンを持ってきてくれたので、ずぶ濡れで動けない彼女に代わり、それを受け取る。そして、何枚かに分けて、ドロテアに手渡してやった。




「……ということだ」

「はぁ……」


 今までの経緯を聞いたサイモンは、呆れたように盛大な溜息をこぼした。


「ドロテア大丈夫?」

「大丈夫よ!心配しなさんな!」

「心配ぐらいさせろよ……恋人だろ?」

「サイモン……」


 見つめ合い、手を取り合うサイモンとドロテア。完全にふたりの世界に入り込んでいる。サイモンの様子を見ていると、やはりドロテアへの愛は変わっていないように見えるが……一体どういうことだ?疑問で頭がいっぱいになる。ふたりっきりの世界に入り込んでいるところ悪いが、こちらの世界へと引き戻す。


「お前、結局セーラさんとどうなりたいんだ?」

「どうなりたいって……お前のその恋心を自覚させるための作戦だろ!!」

「ちょっとサイモン!!」


 あっと小さな声を漏らしたサイモンと、やれやれという顔のドロテア。恐る恐るこちらに視線を向けたふたりに真顔で言う。


「どういうことか説明してもらおうか」


 ふたりの話はこうだった。


 俺は学生の頃から、いつでもどこでも仏頂面だと言われていた。自分自身ではそういうつもりはないが、はたから見るとそうだったらしい。そんな仏頂面が、最近屋敷で楽しそうな表情を見せるようになった。どんな心境の変化かと思い観察していると、セーラさんへの好意が原因のようだと判明したと。


「待て待て待て。俺が?セーラさんを??」

「本当に自覚無いの!?お前、セーラを見てるとき口角上がってんだよ!学園でも表情筋が無いと噂されたお前がだ」


 そう言って、自分の口元に人差し指を当て、わざとらしく広角を上げて見せるサイモン。その仕草が妙に腹立たしかったので、頭を叩いてやった。今日は非番だ。


「そうよ!それに、あなたこの前三人で飲みに行ったときも……!


『ドミニク、何だか今日は上機嫌ね。良いことでもあった?』

『良いことか?……っふ』

『え!?なに!?!?』

『いや。ちょっとおかしなメイドがいてな』


って!!あのあなたが思い出し笑いよ!?絶対そのセーラさんって方のことだろうと思って」


 言われてみれば、そんなことがあったような、無かったような。ただ、その時に思い出したのは確かにセーラさんだった。


「だからそれが何だというのだ。お前がセーラさんを弄ぶ理由にはならないだろ」

「弄ぶだなんて失礼な!!!そもそもだな!!」


 サイモンによって、今回の計画の全貌がやっと語られた。


 事の始まりは三人での飲み会の後。ふたりが俺の異変に気づき、俺に気持ちを自覚させる方法を話し合い出したそうだ。その結果、導き出された答えが嫉妬。サイモンがセーラさんに近づき、俺に気持ちを気づかせようとしたわけだ。


 屋敷内のあえて俺に見られているタイミングで、セーラさんに声をかけ、デートの誘いをし続ける。そんな中、想定外にもセーラさんがデートを承諾したので、わざと俺とセーラさんの非番が重なっている日にデートを決行。いつでも俺が駆けつけられるようにするためだ。


 ドロテアに至っては、今日がデート当日と知り、サイモンが本気になったらどうしようかと、コソコソと様子を見に来ていたらしい。自分たちで立てた作戦だろうが。


「それでも、セーラさんを巻き込むのは違うだろう。俺だけならまだしもだ。例え作戦であっても、一人の女性を弄んだことは事実。俺は言ったよな。彼女を、セーラさんを傷つけたら許さないと」


「それはごめん……」

「ごめんなさい……。私たちも考えなしだったわ」


 ふたりは本気で反省しているようで、しょんぼりと俯いている。そんな姿を見ていると、もうこれ以上は何も言えなくなってしまう。


「はあ。ちゃんとふたりからセーラさんに謝るんだぞ」


 と最後に付け加え、説教は終わりにした。今回の件、セーラさんは本当にただ巻き込まれただけなのだから、しっかりと謝罪をするべきだろう。いくら俺にセーラさんを好きだと……。


「ん?俺はセーラさんが好きなのか?」

「「え!?」」


 先程まで猛省中という表情だったふたりが、今度は信じられないという顔でこちらを見つめている。


「待って。今の流れでそれを言う?」

「お前それはないぞ……」


 散々な言われように、少しムッとしてしまう。


「落ち着いて思い出してみろ。セーラさんを目で追ってるよな?」


 彼女はサイラス坊ちゃんの前ではしっかりしているのに、それ以外のところではコロコロと表情を変えるので、見ていて飽きないのだ。


「セーラさんといると楽しいと思うよな?」


 彼女が雨の日に、泥水に顔から転んでしまった日を思い出す。あの日は、人生で一番といえるくらい腹から笑った。失礼だとは分かりつつ、恥ずかしがる姿も、鼻の先の泥を拭き残した姿も、その……可愛らしいと思ったのだ。


 それからは話す機会が日に日に増えていった。今までも学校や職場で女性と話すことはあったが、皆口を揃えて『あなたとの会話はつまらない』と言い、話しかけてこなくなるのが常。そんな中、セーラさんだけは違った。彼女からはいつまで経ってもその言葉が出てこないのだ。俺は自分とは対照的な彼女との会話を楽しいと感じていた。


「俺がセーラさんに言い寄りはじめたとき、すごい嫌だっただろ?」


 そうだった。とても……嫌だった。それだけじゃない。彼女が他の男と話しているのを見かけると、とても不愉快な気分になった気がする。


「彼女の隣に居続けたい、そう思うだろ?」


 彼女の隣にいて、願わくば、俺が彼女を笑顔にしてあげたい。何本だって花を用意しよう。どんな小さな願いも、大きな願いもすべて俺の手で叶えてやりたい。


「そうか……そうだな」


「やーっと自覚したか!!!ってことで、今すぐ彼女を追いかけろ!彼女泣いてたぞ~!」

「セーラさんが!?どうして!?」


 俺の質問には答えないふたり。『そんなこといいから!』と背中を押され、喫茶店の外へと出された。


「「頑張れ!!」」


 ふたりの励ましの声に頷き、走り出す。彼女がどこにいるか検討もつかないが、足の赴くままに走った。





 喫茶店から少し離れたところにある広場に辿り着く。昼間の日差しに照らされ、外の温度が心地良い時間帯。子ども連れの家族が花壇を見ながら散歩をしている。ベンチに座ったカップルは、真上の大きな木の木陰で気持ちの良い風を楽しんでいる。橋の上から、流れていく川に視線を落としている女性……セーラさん!!


 やっと見つけたと、走り出そうとした瞬間。俺の視界の隅にあるものが入った。





―――

――


セーラ side


 喫茶店から逃げ出したが行く当ても無く走り、この広場に辿り着いた。ここには川や花壇があり、自然に囲まれた穏やかな時間が流れている。まだ屋敷に帰る気にはなれず、ただぼんやりと時間を潰していた。


 こんなに綺麗な場所に居るというのに、私の気分は最悪だ。


 告白もしていないのに失恋してしまった。この想いだけでも伝えられたら良かったのに……。


 職場を変えようか。いや、今より良い場所があるとは思えないし、やはり私はサイラス坊っちゃんにお仕えしたい。そもそもドミニク様は私の気持ちには気づいていないのだし、私が勝手に落ち込んでいるだけ。私が我慢すれば……良いんだよね……。


「はぁ……」


 気づくともう空には橙色が滲み出していた。


 そろそろ帰らないといけないわね。


「セーラさん!!!!」

「ドミニク様!?」


 名前を呼ばれ振り向くと、こちらへ走ってくるドミニク様が見えた。


「はぁはぁはぁ」

「大丈夫ですか!?何かありましたか!?」


 こんなに息切れするほど疲れているドミニク様を見るのは初めてだ。何か一大事に違いない。


「俺は……俺は。セーラさん、あなたを探していました」

「え……私を?そんなに走って?」


 信じられない気持ちと、嬉しい気持ちが心の中で入り乱れる。私のために行動してくれたという事実だけで、舞い上がりそうになるが、何よりもその理由を知りたい。何がドミニク様をそうさせたのか。


「理由を……どうして私を探していたのですか?」

「それは……」


 言葉が途切れてしまうドミニク様。沈黙が訪れる。私は続きの言葉を待つ。



「これを」



 差し出されたのは花束だった。


「あ、ありがとうございます。どこでこれを」

「先ほど、この広場の入り口で花屋を見つけて……それで」


 ドミニク様が花を……?それってまるで、私のことを……。


「……サイモンの時ようには、喜んではくれないのですね」


 え……?嬉しいに決まっているわ!


 でも、全く想像もしていなかったことに、私の感情が追いつかない。


「嬉しいに決まってます!でもどうして……どうしてこれを私に?」

「それは……」


 そして、また途切れてしまった言葉。再び訪れる沈黙。だが、今度はもう続きの言葉を待っていられなかった。


「もしかして、私を喜ばそうとしてくれたのですか?」

「そう、だな」

「どうしてですか?」


 何度も言葉に詰まり、戸惑っているドミニク様に何度も同じ質問をした。少し意地の悪いことをしていることは分かっている。


 私のために走って来てくれたこと。喜ばそうとこの花束を買ってくれたこと。そして今、戸惑いながら、耳まで赤らめていること。


 私の勘違いではないはず。きっとそういうことよね……?我儘と思われても良い。女性というのは、殿方からその言葉をちゃんと言ってもらいたいものでしょ?


 ずっと高鳴り続けている心臓の音がうるさい。


「俺は……セーラさんが好きだ」

「私もです!!!!」


 やっともらえた言葉に、私はずっと前から決まっていた言葉を即答する。嬉しくて嬉しくて、勢い余ってそのまま抱きついてしまった。


 飛びつくように首に抱きついたが、ドミニク様はよろけることもなく、ただ優しく私の背中に腕を回してくれる。


「本当か?セーラさんはてっきりサイモンに惹かれているのかと」

「サイモン様に!?」


 ドミニク様の言葉に驚き、思わず首に回していた手を肩に置き、真正面から顔が向き合うような姿勢になる。


「そのようなことは絶対にありません!!私はずっとドミニク様をお慕いしておりました!」


 私の想いを伝えると、いつも無表情なドミニク様のお顔がどことなく嬉しそうに見える。それを見ただけで、私の胸はまたぽかぽかとじんわり温まっていく。


「あ!でも、ドミニク様はドロテアさんが好きなのかと」

「ドロテアを?それこそありえない。サイモンの恋人だぞ?それでなくても……ないな」

「そうなんですね。サイモン様の……え?恋人!?」


 それでは今までのは何だったのだろうか。私の頭を埋め尽くした疑問は、ドミニク様が今までの経緯を話してくれたことで解消された。


「そ、そのようなことが……」

「本当に申し訳ない」


 頭を深々と下げるドミニク様。


「やめてください!ドミニク様のせいではございません!!それに、私は今こうしてドミニク様からお気持ちを聞けて嬉しいのです!!」

「セーラさん……」


 目と目が合ったまま、どちらも逸らさない。顔がゆっくりと近づく。あともう少し……。


「おーい!セーラ!!ドミニクーーー!!」

「ちょっと、馬鹿!今良いところでしょう!ばか!!」

「いたっ!え、まって痛い!!ドロテア手加減!!」


 広場の入口の方から、サイモン様とドロテアさんが……。


「ドミニク様、行きましょうか?」

「そうだな」


 後ろ髪を引かれる気持ちを残しつつ、広場の入口に向かって歩き出す。


 残念だけど……もう想いは通じ合ったのだし、これから一緒に積み重ねていけば良い。


「セーラ」

「何でしょう」


 名前を呼ばれ、視線を前方から隣のドミニク様に向けようとした瞬間。突然腕を引っ張られ、視界が急回転し、私の体はドミニク様の方へ。そして、唇に何かが触れる感覚……。


「行くぞ」

「は、はい!!」


 差し出された手を握り返し、ふたり並んで歩きだす。




 後日、坊っちゃんに報告をすると、またひと騒ぎあったりなかったり……?

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