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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

第三皇子のでっかい奴隷

作者: 狗上

いつか長編にしたいなと思ってるエセ中華ものです。

「私ね、未来から来たの」

 檻の中を見下ろしながら、聖女と呼ばれ持て囃されている少女はそう言った。

「未来で、貴女は私の大切なものを全部全部壊すの。家族、恋人、国──

 一度に大切なものをたくさん失った私に、女神様はチャンスをくれた。だから、私は貴女を追放するの」

 そう言われ、「どうして?」と問うた。が、何日も尋問された幼い体に声を出す力はなく、口が動いただけだった。

 それでも、少女はこちらが何を言いたいかに気づいたようで、憎しみと恨みのこもった聖女らしからぬ目で睨みつけられた。



「許せないからだよ。私から全部奪った貴女が、許せないの」




◆◆◆◆




 後宮の廊下を、1人の女が歩いていた。

 その女は背丈がゆうに2mを越える、並の男では見上げても顎しか見えない巨女だ。あまりの体格に一瞬大男であると誤認しそうだが、彼女の女性らしい大きな乳房と大きな尻が、彼女が女であると雄弁に告げている。


「イエイン殿! イエイン殿ー!」


 イエイン──この国の言葉で“小夜啼鳥”という異国の鳥を指す語が、彼女の名前である。本人は「モンチン(猛禽)のほうが良いのでは?」と思っているが、これは彼女がまだ小さくか弱い少女だった頃に付けられた名だ。

「……衛士様、私はあくまで卑しき奴隷の身。呼び捨てにして下されと、何度も申しているのですが」

 自身を呼んだ衛士を見下ろしながら、イエインは文句を言う。体格に反して、小夜啼鳥の名に相応しい声だ。

「イエイン殿を呼び捨てになどできますまい。皇族を救った忠臣であり、この国で最も忠信深き方ですから」

 諸事情あり、イエインはこの国で奴隷という身分ながらも一目置かれている。

「して、要件は?」

「ああそうでした。ユンチュエ様が、その……」

 衛士は言いづらそうに、彼女の主の名を出した。

 ユンチュエはイエインの所有者で、この国を支配する皇帝の2番目の弟だ。魔術の才はあるが努力が苦手でちゃらんぽらんなため、厄介者のように後宮の管理者という地位に置かれている。

「酔っ払いましたか」

「西の宮の廊下でひっくり返っております。妃たちは呆れ果て、そのまま風邪でも引けと無視をしている始末です」

「風邪を引いたくらいで、主様が改心するわけがありません。わかりました。さっさと回収して風呂にでも放り込みます。侍女たちに連絡を頼めますか?」

「は!」

 奴隷の自分が衛士を顎で使ってよいのだろうかと思いながらも、これ以外に選択肢がないので指示を出す。後宮の管理者としてのほとんどの業務をイエインが行っているので、この後宮でイエインに逆らう者はいないのだ。

 衛士と別れ、西の宮へ急ぐ。途中妃たちに尻を揉まれたり、偶然を装って胸へ飛びつかれたり、「抱きしめてください」と強請られ応じながら移動したので、到着する頃にはすっかり日が暮れていた。

「イエインさまぁ、早くユンチュエさまをなんとかしてください! 姫の教育に悪いわ!」

 西の宮の主であり皇帝の唯一の息女の母であるシーリュウ妃は、桃色の頬を膨らませてイエインにしなだれかかってきた。さり気なく乳を揉んでくるあたり、ユンチュエではなくこちらな気がしてくる。

「ハァー……イエイン様、起きてください。御髪と衣装が汚れます」

 気を取り直し、廊下に大の字に寝ている主に声をかける。なんとまあ、酒臭い。

「ん〜? その声は、ぼくのかわいい小鳥かな?」

「小鳥という大きさではないですが、貴方様のイエインです」

 蕩けた金色の目が、イエインを写す。

 顔の左側を覆う火傷。白濁した左目。光のない瞳。美しい金色が写すには、あまりにも醜い顔だ。

「抱っこしてくれる?」

「はい」

 甘い声の要望に応え、ユンチュエを姫抱きにする。女達の黄色い悲鳴は無視し、シーリュウ妃に礼をしてからイエインはその場を去った。

 向かう先は妃たちの居住区から少し離れた位置にある、ユンチュエの宮だ。宮と言っても小さいもので、商家の屋敷程度の規模である。

「戻りました。風呂は入っていますか?」

「はい、すぐに入れます」

「ありがとう」

 イエインは支離滅裂なことをむにゃむにゃと呟いているユンチュエの服を脱がせ、体を軽く洗い湯船に入れた。

「イエインも一緒に入ろうよ〜」

「お断りします」

「ちぇっ」

 しっかりと全身を洗ってから、もう一度湯船に入れて身体を温める。酒も入っているせいか、ユンチュエの瞼が重くなってきている。

「イエインはは大きいねぇ。小夜啼鳥じゃなくて、象に改名したほうが良いかもしれないな」

「ユンチュエ様がそうなさりたいのでしたら、私はかまいません」

「ああ、でも駄目だな」

 寝ぼけ眼を擦りながら、ユンチュエはイエインの大きな体に身を寄せる。イエインが支えなければ、倒れてしまうような体勢だ。

「象は大きくて強いから、どこへでも行けてしまう。けど、おまえは小鳥だ。ぼくが風切羽を切ってしまった小鳥だ。おまえはどこにも行けないよ。死ぬまでぼくのそばで、家族も恋人も作れず生きていくんだよ」


 ──ああ、誰かに何か言われたか。


 ユンチュエは現皇帝の弟、前皇帝の三男だ。その母は元奴隷故に継承権は低く、万が一の時の種馬として後宮に閉じ込められているが皇帝は健在ですでに皇子は2人いるし、将軍を下の兄もいる。

 故に、ユンチュエは誰とも番えない。魔術により種を無くされ、子を作れぬまま、兄が子を作るための後宮に閉じ込められて死んでいくのだ。

 そしてイエインもまた、子を作れぬ体だ。足にはユンチュエから一定以上離れると爆発する魔術紋が刻まれているため、彼から離れることはできない。

 まあ、そのへんはどうでもいいのだが。

「イエインはユンチュエ様のものですよ」

 柔い胸でユンチュエを包みながら、小鳥のような声で囁く。

「祖国から謂れ無き罪で追放され、奴隷の身に堕ちた醜い私を飼ってくださったのは、他でもないユンチュエ様なのですから」

 イエインは、もとはある国の高位貴族の娘であった。

 生まれながらに人に傅かれ、いずれは王太子と結婚し国母となる定めを背負った尊き娘。そのために過酷な教育を受けながら育ち、誇りを持って生きてきた。


 しかし9歳の時、その努力も、誇りも、何もかもを奪われた。


 国内で起こる惨劇を予言し防いできた予言者の少女。その少女が、イエインをこう言ったのである。


『彼女はいずれ身勝手な感情から魔王の封印を解き、その身に魔王を宿しこの国を、この世を破滅に導く悪しき者です』


 ──と。

 女神の加護を受けた少女の言葉を疑う者は、イエイン以外にいなかった。あれほど期待してくれていた父も、愛してくれた母も、愛していた弟もだ。

 そしてイエインは、幼いからと処刑は免れたものの、国内に入ってきたときすぐわかるようにと顔を焼かれ、子を作れぬよう処置をされ、国外の奴隷市に売られた。そして辿り着いたのが、この国なのである。

「……姫に着いて、異国になんか行かない?」

「そのお話でしたら、ずっと前に断っております」

 ──なるほど、だから西の宮にいたのか。

 シーリュウ妃は以前、イエインを娘の侍女にと望んだ。しかし嫁ぎ先についていけば、今ほどの高待遇は得られない。故にイエインに恩がある皇帝から、この話は断ったはずである。

 きっとシーリュウ妃は、皇帝やイエインが駄目ならばとユンチュエに直談判したのだ。そして、イエインはシーリュウ妃への嫌がらせに走った……というところだろう。

「この国ならいざ知らず、他国で私のような巨躯で顔に火傷の跡がある醜い女奴隷が受け入れられるとは思えません。ここ以外に行く場所など、私にはありませんよ」

「髪だって、汚い鼠色だしね」

 もとは美しい金色だった髪は、ユンチュエの色変えの術により鼠色に変えられている。本当は、彼と同じく美しい黒髪にされるはずだったのだが、術が失敗したのだ。

「絶対、絶対だよ」

 シーリュウ妃はユンチュエを嫌っているが、ユンチュエは明るく朗らかな態度から、ほとんどの女達に好かれている。

 けれどそれは仮面で、信頼しているイエインの前では不安と怯えに満ちた本来の顔を見せるのだ。

「私には、ユンチュエ様しかいないのです。行くはずがありませんよ」

 そう言うと、ユンチュエはホッとした顔で笑った。

・イエイン

一周目の世界線では、平均より少し背が低く凹凸がない体だった少女。これは慣れるために飲んでいた毒の影響で成長が阻害されていたからであり、毒の摂取が一周目より早めに終わった二週目ではありとあらゆる部分がのびのび育った。

魔王の器としての適性が高く、一周目では王子を聖女に奪われたことへの嫉妬から狂い魔王と融合した。現在は嫉妬も憎しみも無く、ただただ無気力なので魔王復活の心配はない。


・聖女

一周目では王子と恋に落ち、長年婚約者候補(内定状態)として育てられてきたイエインを差し置き婚約者となった少女。その結果イエインが魔王と融合してしまったことで全てを失い、女神の協力を得て逆行した。リベンジャー聖女。


・ユンチュエ

ちゃらんぽらん第三皇子。能力はあるが立場故に能力を活かしてもどうせ籠からは出られないという諦めがあり、基本のんべんだらりと部下たちに仕事を押し付けて生活している。

本当は家族が欲しいが立場上得られないため、同類であるイエインでおままごとをしている。

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