第9話 戦友との出会い (スワン視点)
「あれ? あれは何だ?」
警護の為の見回り中に仲間の一人が何かを見つけて指を差している。
指の先にはピンク色の大きな何かが道のど真ん中にあった。
近づいて気付く。
それは大きな豚だった。
豚はブーブーと鳴きながら鼻で何かをつついている。
それは人間だった。
まだ幼さの残る若い青年の旅人だった。
俺が近づこうとすると豚が睨み付けていた。
もしかしてこの豚はこの人間を食べようとしているのか?
俺は豚に向かって腰にある剣を両手に持って構える。
「……ラじょ……人間は……てきじゃ……ない」
小さな声が聞こえた。
豚はその声がする方を向いている。
その声は確かに豚の鼻の下にいる人間から聞こえた。
「おい。大丈夫なのか?」
「お腹……」
「お腹がなんだ? 痛いのか?」
「空いた」
そして俺はその旅人に向かってパンを投げた。
そいつはそのパンを半分にして豚と分けていた。
お腹を空かせているのにそれでも豚にあげるなんてどんな神経してんだよ。
「もう大丈夫か?」
「うん。ありがとう。俺はカイン。十四歳だ」
「俺はスワン。年齢は分からないが多分カインと同じくらいだと思う」
「宜しく。スワン」
「こちらこそ。カイン」
カインと握手をして気付く。
掌がボコボコでどれだけ厳しい旅をしてきたのか分かる。
俺も旅をしているから分かる。
武器を持つ手はすぐマメができる。
「スワン。悪いが他に食べ物はあるか?」
「今はないが村に帰ればたくさんあるぞ」
「少し分けてくれないか? お金はあるから」
「金はいらない。俺達の村は来るもの拒まずだからみんな歓迎して色んな食べ物を提供するんだ」
「それは有難い話だ。なあ、ララ嬢」
カインは豚をララ嬢と呼び豚を撫でた。
豚はブーと鳴いて嬉しそうにしている。
豚の気持ちは分からないが多分そう思っている。
俺の村につくとカインは何でも食べた。
初めて食べる物ばかりなのに何でも口にして初めて食べるけど美味しいと言っていた。
豚のララ嬢も美味しそうに食べていた。
俺達の村は簡易的に出来た村だ。
何ヵ月かしたら他の場所へ移り住む民族だ。
だから家はテントだ。
そんな家にカインは泊まった。
その夜、事件が起きた。
夜中に山羊達が騒ぎだした。
みんな家から外に出る。
なっ何だ?
俺の目の前には山羊達の中に一匹だけ違う生き物がいた。
見たこともないその生き物は俺を睨み付け口からヨダレを垂らしているようだ。
まるで獲物を狙っているように見える。
俺は剣を構える。
すると俺の後ろからすごい早さで誰かが通り抜けた。
俺が誰なのか確かめる暇もなく相手は変な生き物の首を切り落とした。
一瞬の出来事だった。
その相手はカインだった。
カインの気配すらしなかった。
すると変な生き物は煙のように消えていつもの山羊が煙の中から出てきた。
何だったんだ?
夢だったのか?
「さっきの生き物は魔獣だ。魔獣は首を切り落とせば煙になって消えて元の動物に戻るんだ」
「それなら魔獣が出れば首を切り落とせばいいんだな?」
「そうだ。人間を襲う魔獣だけを切れよ。魔獣は躊躇なんてせずに襲ってくる。だから切ることに迷うなよ」
「俺達の民族は戦うことは小さい頃から習っているから大丈夫だ」
「それなら毎日、鍛練を怠るなよ」
「分かってるって」
カインは借りている家へ戻ると思ったらララ嬢の所へ向かった。
ララ嬢を撫でて家へ戻った。
どれだけ好きなんだよ?
朝になるとカインはまた旅に出る準備をしている。
もう出発するのか?
もう少しいてもいいのに。
「もう出るのか?」
「出るよ。俺には時間がないから」
「そんなに焦っていたら大事なことを見落とすかもしれないぞ」
「俺はそんなミスをしたらいけないんだ。早く正確にしなければララが悲しむんだ」
「ララ嬢のことか?」
「違う。ララ嬢は俺の大切なお姫様のララの代わりなんだ」
「カインはそのララ姫の為に旅をしているのか?」
「そう。俺はララの婚約者候補を探しているんだ」
「婚約者候補? でもカインはララ姫が好きなんだろう?」
「色々あるんだよ」
カインは答えを言わず誤魔化した。
そんなカインを見てその色々を話すことはないのだと思った。
「次は何処へ行くんだ?」
「このまま真っ直ぐ進むよ」
「この山の向こうは港街になってるぞ?」
「それじゃあ、海の向こうの大陸へ行けるか?」
「船が出ていれば行けると思うが、海は危険だと聞いたことがある」
「そうか。それでも俺は海の向こうの大陸へ向かうよ」
どうしてカインはそこまでして旅を続けるのだろう?
「命を懸けて行く意味があるのか?」
「ある。俺はララの為なら命を懸ける」
「ララ姫はそれを知っているのか?」
「知っていたら旅に出してくれなかったよ」
「旅に出るのも危険なのにそれを承諾したのか?」
「ララは俺を引き止めていた。でも俺の気持ちが変わらないことを知っているから仕方なく俺が旅に出るのを許可したんだ」
ララ姫はどんな気持ちでカインを送り出したのだろう。
ララ姫に会ってみたくなった。
「俺もララ姫の婚約者候補になれるか?」
「なってくれるのか? 頭の回転が早いスワンがいれば家も早く建つだろう」
「ララ姫に会うのが楽しみだ。カインをそこまで動かすララ姫を見てみたいんだ」
「それならこれからのことを話すがララには秘密だ。それができるか?」
「分かった」
それから俺はカインから村の話を聞いた。
そんな村があるなんて知らなかった。
カインは全部は話せないと言い、深い話はしなかった。
「山を越えるまでに道が複雑で迷うかもしれないから港街の近くまで一緒に行くよ。それからララ姫の元へ向かうことにするよ」
「分かった。助かるよ」
そしてカインと短い間だが旅をすることになった。
「しかし、ララ嬢みたいな大きな豚を初めて見たよ」
「ララ嬢は魔獣なんだ」
「えっ」
その話を聞いて俺はカインを見る。
カインはララ嬢を見ながら微笑んでいる。
魔獣って昨日の人を襲う生き物だろう?
「ララ嬢は魔獣だけど人を襲わないんだ」
「何で?」
「ララ嬢の首を切り落としたらララ嬢は死ぬから」
「元に戻る訳じゃないのか?」
「俺は色んな魔獣を見てきたけど一度、ララ嬢みたいに人を襲わない魔獣を見たことがあって魔獣を怖がった人間に首を切り落とされてそのまま元の姿に戻って死んだんだ」
カインは悲しそうな顔をしている。
カインが旅をして色んな経験をしているのは目を見れば分かる。
絶望、悲しみ、それだけじゃなくて楽しみや幸せ、そしてララ姫への想いが日に日に大きくなっていることも俺には分かる。
それは俺も旅をしているから分かるのかもしれない。
旅をすることは危険と隣り合わせだ。
しかし旅をしていない時に仲間とのんびり過ごす毎日はとても幸せで旅をしていると思い出してしまう。
幸せだった日常。
あの日に戻ればいいのになんて思ってしまう。
カインだってそんな風に思うこともあると思う。
「ララ嬢は死ぬのか?」
「分からないけど俺はララ嬢が正気を失って俺に襲いかかってくるまで一緒にいる。それにララに会わせたいし」
カインは笑って言った。
いつ、ララ嬢が襲ってくるか分からないのに笑ったんだ。
いつ、仲間が敵になるか分からないのに。
「ララ嬢。お前は幸せ者だな」
「ブー」
ララ嬢は嬉しそうに鳴いた、、、と思う。
何回も言うが豚の気持ちなんて分からないから。
「ここから少し道が険しくなるから気を付けろよ」
「うん」
「ブー」
俺の言葉にカインとララ嬢は返事をした。
俺は岩に飛び乗り越えていく。
ララ嬢は岩を壊して進んでいく。
カインはその岩が砕けた後を進んでいく。
二人と一匹の旅は楽しかった。
旅を楽しいと思ったのはいつ振りだろうか。
俺がまだ小さい頃。
俺は道に棄てられていたんだ。
名前も年齢も分からない俺を長老は拾って育ててくれた。
そんな長老と旅をするのは楽しかった。
それなのに長老は盗賊に襲われて売るために連れていかれそうになる俺を守る為に俺の目の前で殺された。
それから長老のいなくなった旅は楽しくない。
色んな花の名前や虫の名前、昔話などを俺に聞かせてくれた。
長老に会いたくなった。
空を見上げると長老が死んだあの日のように青空が広がっていた。
「あれからどのくらい経ったのだろう」
「スワン?」
俺の独り言にカインは不思議そうに言ってきた。
「カイン」
「何?」
「旅は楽しいか?」
「最初は嫌だった。怖かった。けれど色んな出会いがあると楽しかった。友ができ、ライバルができ、弟ができたんだからな。そんな出会いが楽しみになったんだ」
「そっか、楽しいのか」
「スワンは?」
「楽しいと思えるようになった」
「俺よりも旅をしているのに今なのか?」
「俺にとって旅とは別れだと思っていたから」
「別れもあるけどまずは出会いがあるからだろう?」
「そうだな」
俺はまた空を見上げた。
空はやっぱり青かったけれど何故かいつもと違って見えた。
それは隣に戦友である戦を共にする友がいるからかもしれない。
カインとなら悲しみも苦しみも楽しみも喜びも分けあえるのかもしれない。
隣でニコニコ笑って俺の寂しい気持ちを和らげてくれる。
そう思っていると草むらから見たこともない動物が現れた。
目は正気を失っているように焦点が合っていない。
見た目は熊だが顔から狂暴さが滲み出ていた。
牙を剥き出しにし唸っている。
「カイン」
「スワン」
俺達は目で合図をして腰にある剣に手を添える。
大きな熊の首を切り落とすには一人の力ではダメだ。
「スワン、俺が先にいく」
カインは先に熊の首に剣の刃を当てる。
やはり一人の力では無理そうだ。
「カイン、いくぞ」
「おう」
そして俺はカインの剣に向かって両手に持った剣をクロスさせ当てる。
俺の剣の勢いでカインの剣は熊の首を切り落とした。
そして煙になりその中からアライグマが出てきた。
「アライグマが熊になるなんて魔獣の力を何処で手に入れているんだ?」
俺は不思議に思ったことを口にした。
「俺にはまだ分からないことはたくさんある。だからそれを知る為にも海の向こうに行かなければならないんだ」
「それがカインの本当の旅の理由か?」
「俺の本当の旅の理由は誰にも分からないよ」
「どうして?」
「俺だけが知っていればそれでいいから」
カインに本当の旅の理由を聞きたかったがカインは言わないだろう。
カインは自分一人でその重荷を背負うと決めているから。
カインの全ての行動がそれを物語っている。
「この先を真っ直ぐ進めば港街だ」
「そうか。ありがとうなスワン」
「あぁ。気を付けろよ」
「うん。ララを頼むな」
「分かってる。カイン必ず戻って来いよ」
「うん」
「カイン」
「ん?」
「死ぬな」
「必ず戻る。ララの元に」
そしてカインは港街へ歩いていく。
俺は元来た道を戻りそしてララ姫の待つ村へと向かった。
長旅でも嫌にならないのは魔獣など出ない安全な旅だからなのか、ララ姫に会うのが楽しみなのかは分からない。
旅が好きになっている俺はカインが戻ったらまた一緒に旅をしたいと思った。
村へ着くと美しい女性が目の前に目隠しできた。
手を引かれながら近寄る彼女に目を奪われた。
フワフワした白いワンピースを着ているララ姫は何処か飛んでいってしまいそうなタンポポの綿毛のようだった。
手を差し伸べて捕まえていたくなるほどだが手は出せない。
それはカインに言われている。
ゲートでは入っていいと言われるまで手を出すなと。
カインの話をすると心配しているように手を祈るように胸の前で抱えているララ姫。
ララ姫のカインへの気持ちも俺は一瞬で理解した。
二人の間には誰も入れない。
カインは何の為に旅をしているのだろう?
ララ姫を見ていると切なくなった。
カインとララ姫は幸せになれるのだろうか?
ララ姫が寂しくないように婚約者候補がいるんだな。
俺達婚約者候補はカインの代わり。
ララ姫の話し相手。
ララ姫の遊び相手
ララ姫の心の安らぎの相手。
そして俺はララ姫の知識を教える相手。
それなら俺の全ての知識を使ってララ姫に教えてあげよう。
カインがどれだけララ姫を大事に思っているのか。
そんな俺でも分からないことがあると思う。
しかし、それはララ姫には教えなくても分かっていることかもしれない。
俺はカインを待つ。
ララ姫と一緒に待つと決めた。
読んで頂き誠にありがとうございます。