第19話 カインの帰還
「豚さん。ニワトリさん。私はロード様がいなくなっても大丈夫だから、いつものようにニワトリさんのご飯を豚さんが食べて、豚さんがニワトリさんにつつかれる所が見たいなぁ」
二匹は最近、私のことばかり気にしていつもの日課をしません。
いつも二匹を引き離すのに困っていたのですが、それをしないのも少し寂しいです。
「ララ」
私が家畜達の小屋を掃除していると焦ったようにルーイ様が私を呼びました。
「ルーイ様? そんなに慌ててどうしたのですか?」
「それがカインが帰って来たのです」
「えっそんな、嘘ですよね?」
「本当です」
「今すぐ会いたいです」
私がそう言うとルーイ様は悲しそうな顔をしました。
「俺も早くカインに会わせたいのですがララには知って頂かなければならない話が、、、」
「私が十五歳になったら聞くお話ですか?」
「そうです。そして、あなたが役割を果たさなければいけなくなります」
「役割?」
「ルーイ、ここからはワシが伝えることにしようかのう?」
ルーイ様の後ろからおじいちゃんが現れました。
おじいちゃんも悲しそうな顔をしています。
そんな顔をしないでほしいのです。
私のせいでそんな顔をさせたくないのです。
「ララ、まずは今すぐにでも、カインに会いたいじゃろう?」
「うん」
「それなら目隠し無しでゲートへ行こうかのう?」
「うん」
それから私はおじいちゃんとゲートへ向かいます。
カインに会えるのだから嬉しいはずなのに、すごく不安でもあります。
『ララ姫』
「ライト君?」
私の頭の中でライト君の声が聞こえ、ライト君の名前を呼びます。
『ララ姫。僕達も一緒に行きます』
「えっ」
私は後ろを振り向きます。
そこには私の婚約者候補の皆さんが並んでいます。
「そうですよね。皆さんもカインに会いたいですよね?」
『そうですがそれだけではありません。僕達はあなたを守る為に来ました』
「私を守る?」
『あなたは今から、この村の秘密や、あなたの運命を聞くのです。それをあなたがちゃんと理解した時、絶望しないように、、、』
「絶望?」
私の言葉に皆さんの表情が曇ります。
「ララ、お前には全てを話す前に、すまないな。先に謝っておくよ」
「おじいちゃん?」
「まずは早くカインの元へ行こうかのう」
「うん」
そしてみんなでゲートへ向かいます。
「カイン!」
「ララ!」
私はカインが見えるとすぐに駆け寄ります。
しかし、私達の間には薄い膜のようなものがあります。
「カイン。会いたかったよ」
「ララ。俺も会いたかったよ」
カインはこの村を出た日から変わらない優しい微笑みで私に言いました。
「何故、村に入ってこないの?」
「俺はこの村を出た人間だから、入ることは許されていないんだ」
「そんな。どうしてそれを知っててこの村を出たの?」
「そうでもしなければララを守れないから」
「私の為?」
「そうだけど俺の為でもあるんだよ」
「カインの為?」
「そう。俺は諦めたくなかったからね」
「諦める?」
「救える命を諦めたくなかったんだよ」
カインはそう言って私を見つめました。
そんなカインの眼差しにドキドキしました。
「ララ。カインにも会えたじゃろうから、次はこの村の秘密を教えようかのう」
「おじいちゃん?」
「ララ。この村はワシの愛する奥さんが作りあげた村なんじゃ」
「えっおじいちゃんの奥さん? とても綺麗な奥さんでしょう?」
「そう。本当に今も、昔から変わらない美しい奥さんなんじゃよ」
「今も? でもおじいちゃんの奥さんは亡くなっているのよね?」
「それは嘘なんじゃよ。ララに彼女を紹介しよう」
そしておじいちゃんは門番さんに目で合図をしました。
門番さんは頷き、何かレバーを回します。
すると薄い膜の中に水が流れ出しました。
キラキラと太陽の光で輝いています。
「綺麗」
「ララにはそう見えるのかい?」
「おじいちゃんは違うの?」
「ワシには汚い濁った水に見えるよ。だってこの膜がワシの奥さんを奪ったんじゃからな」
おじいちゃんの言葉の後、何かが膜の中を通り過ぎました。
膜の中に生き物がいるようです。
「おじいちゃん。膜の中に何かいるよ」
「そうだ。それがワシの奥さんなんじゃよ」
おじいちゃんはそう言って膜の中に手を入れます。
するとおじいちゃんのシワシワの手がハリを取り戻し若くなりました。
その手に手が重なります。
おじいちゃんの手に手を重ねた相手は真っ黒な尾びれを持ち、綺麗で美しい人魚でした。
「真っ黒な人魚?」
「そう。人魚の彼女は闇に心を奪われたんじゃよ」
「闇?」
「そう。その闇は人魚の彼女だけじゃ足りないようで色んな人をこの膜の中に閉じ込めたんじゃ」
「俺の母親もな」
おじいちゃんの言葉の後にカインが言いました。
「カインのお母さん?」
「そうじゃのう。カインの母とララの母がこの膜の中にいるんじゃよ」
おじいちゃんが人魚を見つめながら言います。
「私のお母さんも?」
「そうなんじゃ。カインの母とララの母は姉妹のように仲の良い親友だったんじゃ」
「そうなんだね。それならお母さん達は何処にいるの?」
「人魚の尾びれをよく見てごらん」
私は黒い鱗の人魚の尾びれを見ると何枚か鱗が透明になっています。
「透明の鱗があるよ?」
「そう。それがカインとララの母なんじゃ」
「でも、二つだけじゃないわよ?」
「そうじゃ。人魚の彼女は色んな人をこの鱗に閉じ込めたんじゃ」
「えっどうしてそんなことをするの?」
「闇は何十年、何百年と人魚の彼女を孤独にさせ、寂しさを抱かせて幸せそうな人をどんどん吸収し、自分も幸せになれると思わせておるんじゃよ」
「何百年?」
おじいちゃんの何百年という言葉に私は違和感を覚えました。
だっておじいちゃんの奥さんの人魚はすごく若く見えるし、おじいちゃんだってそんなに何百歳も生きれる訳がありません。
「この村の秘密なんじゃが、この村に入れば死が訪れないようになっておる」
「えっ。だからこの村はお年寄りが多いの?」
「それもあるが、この村の名前の由来を聞けば分かると思うんじゃ」
「名前の由来?」
「最後の村」
「この村にそんな名前がついていたの? どういう意味なの?」
「この村に訪れる人達は何かから逃げてきた人達が来るんじゃよ」
「逃げる?」
「そうじゃ。帰る場所がない人達が訪れる村なんじゃよ」
「それだと私の婚約者候補の皆さんはどうしてこの村に入れたの? 皆さんは逃げてきた人なんかじゃないよ?」
「彼らにも色々とあるんじゃよ」
おじいちゃんはそう言って皆さんのいる方を見ます。
「ララ。カインが俺達を助けてくれたんです。故郷で苦しんでいた俺達をカインが見つけてくれたんです」
ルーイ様が微笑みながら言いました。
すると婚約者候補の皆さんがルーイ様の言葉に頷きます。
私の知らない所で皆さんは苦しんでいたようです。
何も知らない私は皆さんを知らないうちに、傷つけていたかもしれません。
無責任なことを言っていたかもしれません。
『あなたは僕達に希望を与えてくれました』
ライト君が頭の中で話をしてきました。
『何も言わないで下さい。ただ僕の声を聞いて下さい』
私はライト君を見つめ頷きました。
『今の状況から逃げたいと思っている僕達はカインに見つけてもらったのです。そしてあなたに会ってあなたから逃げることではなく解決方法を学びました』
「おいっ、ライト。俺のララと何の話をしてんだよ」
私とライト君が見つめ合っているのを見てカインが不機嫌そうに言います。
『カイン兄さんがこれ以上、ララ姉さんを独り占めにするなと言っているのでこれを最後にします。僕はカイン兄さんとララ姉さんの為にこの村にいます。それは皆さんも同じなのです』
そうライト君は言って自分の唇に人差し指を当てて秘密ですと言いました。
その後、口パクをしたのですが前に一度見た口の動きです。
以前は【えーあん】と言っているように見えましたが今なら分かります。
【姉さん】です。
ライト君は私を姉さんと慕ってくれていたのです。
「可愛い弟くん」
私はライト君へお返しの言葉を贈りました。
ライト君は嬉しそうに笑っていました。
カインは私の言葉を聞いて、仕方ないなと言って私とライト君を愛おしそうな眼差しで見ていました。
「おじいちゃん」
「なんじゃ」
「人魚が人を吸収することを止められないの?」
「ワシにはその決断ができんのじゃ」
「決断ってそんなに難しいことなの? これ以上お母さん達みたいな人達を増やしちゃダメでしょう?」
「しかし、既に吸収された人達はここで生きている。人魚の彼女が生きていれば生きていけるんじゃよ」
「それって生きてるっていうの?」
「だから俺がこの人魚と鱗になった人達を救う為に旅に出て答えを探したんだ」
カインが旅の本当の理由を口にしました。
「カインがそこまで全てを背負う必要はなかったんじゃ。それでもカインがそこまでするのにはララがいたからなんじゃ」
「私?」
「透明な鱗を見れば分かるんじゃ。カインがそこまでする理由がな」
私は透明な鱗の横の鱗を見ます。
よく見ると文字が書いてあります。
「私の名前?」
「そこにララが入るんじゃ」
「えっ、私もお母さん達と同じになるの?」
「そうじゃ。人魚の彼女が教えてくれたんじゃ。闇に負けそうになりながら必死に教えてくれたんじゃ」
おじいちゃんはその日を思い出したのか悲しそうに言いました。
「俺達が幸せになってしまえばララは鱗になってしまう。それを阻止できるのは俺がこの村を出ること。ララが寂しい想いをすることなんだ」
カインも悲しそうな顔をしています。
まるで自分のせいで私を悲しませているとでも思っているかのようです。
「カインもでしょう?」
「俺?」
「カインも寂しかったでしょう?」
「そうだな」
カインは苦笑いをして答えました。
「それなら私の婚約者候補の皆さんは何故、必要なの?」
「それは俺が一生、隣にいられないかもしれないから、もしそうなった時のことを考え、代わりになってくれる人を選んで連れてきたんだ」
「一生なのね」
「一生、隣にいなければララは幸せにはならないだろう?」
「そうだね。私の隣にはカインが必要だからね」
「それでいいんだ」
カインは自分に言い聞かせる為に言っているようです。
本当にそれでいいのでしょうか?
それで解決するのでしょうか?
「それでいいわけないじゃない」
「ララ?」
「私は嫌よ。私だけがこの運命から逃げるのも、カインが寂しそうにしているのも嫌よ」
「しかし、それがララの母親の願いでもあるんだよ」
「えっ」
「自分達のようにはなってほしくないんだよ」
「お母さんは私が幸せにならなくてもいいと言ってるの?」
「ララの母親の想いを人魚が教えてくれたんだ。自分の娘には生きていてほしいと」
カインも本当は私と離れるのは嫌なんだって、そう思っているのは分かります。
でもカインには村を出ることが最善策だと思っていたのです。
「今は?」
「今って?」
「諦めたくなくて旅をしたんでしょう?」
「うん」
「それなら旅をして今はどう思っているの?」
「…………」
「カイン?」
「ララ。今日はもう、疲れたよ。だから明日、また話そうか?」
「カイン。どうしたの?」
カインの様子が変です。
長年、一緒にいるので分かります。
何か隠しているようです。
「ララ」
「うん。分かったよ」
それから私は自分の家へ戻ります。
カインの言いたいことはカインの目を見れば分かりました。
昔のように私は行動をします。
「ララ。やっぱり気付いてくれたんだな」
「うん」
私はその日の夜に、またカインがいるゲートへ来ました。
何故かというと、昔からカインは本当に言いたいことは、夜中にしか話さないことを知っているからです。
「ララ。昼は人魚がいたから話せなかったんだ」
「そうだったんだね。それよりカインは元気なの? 怪我はしていないの? お腹は空いてない?」
「ララ。俺は大丈夫だから。ララと会えただけでどんな疲れも消えたよ」
「私はカインの回復薬だね」
「なんだよそれ? 普通は自分のことをそんな風に言わないと思うんだが?」
カインはクスクス笑いながら言いました。
「いいの。この話は終わりよ。お昼のお話の続きをしようよ」
「そうだな。俺は旅をしても、やはり諦めきれないんだ。救える命を」
カインは真剣な眼差しで私を見つめ、言いました。
「救える命を救うことはできるの?」
「できると願うんだ」
「願う?」
「願えば叶うんだ。魔法なんて存在しないんだ」
「魔法?」
「魔法だよ」
カインはニヤリと笑って言いました。
カインのこの顔は何か行動を起こそうとしている証拠です。
そして私には何も教えてくれないことも知っています。
「危険なことはしないでよ?」
「うん」
「本当に分かってるの?」
「ごめん」
「どうして謝るの?」
「俺一人でこの村を出ると決めたからだよ」
「今頃そんなことを言うの? 勝手に決めて村を出て、村に入れなくなるなんてカインはバカよ。そうやって私の側から離れようとするなんて本当にバカよ」
「ごめん」
「諦めないから」
「えっ」
「私も諦めないからね。またカインに触れる日がくることを」
私はそう言って膜に掌を当てます。
おじいちゃんのように膜の中には手は入っていきません。
ただ何かプニプニとしたスライムのような感触がしました。
「俺は最初から諦めるつもりはないよ」
カインはそう言って反対側から私の手に重ねるように膜に掌を当てます。
それでも膜の感触しかありませんが私には目の前にカインがいるだけで嬉しいのです。
でもこの膜越しでしか会えない毎日を過ごすのは不安です。
「ララ。おいで」
「うん」
私はカインに呼ばれ返事をし、膜におでこを当てます。
カインも私と同じことをします。
カインは昔から不安になる私を、こんな風におでこを合わせ落ち着かせてくれます。
「ララ。大丈夫だから。俺達は幸せにならないかもしれないけれどこんな風に話をしたり、笑ったりはできるから」
「でも触れることはできないでしょう?」
「それでもララが生きていてくれるなら俺は我慢できるよ」
「私は、、、」
「ララ。この関係がどうなるかは分からないんだ。良い方向に進むかもしれないんだ。だからそんなに不安にならないでくれないか?」
「だって」
「ララ。笑ってほしい。ララの笑顔で俺は頑張ることができるから」
そんなことを言われても笑えるわけがありません。
この先のことが不安で仕方ありません。
「ララ」
「何?」
「ただいま」
カインはいきなり今までとは関係のない言葉を発しました。
そして私に笑いかけてくれました。
そうです。
おかえりをカインに言っていませんでした。
やっと帰ってきたカインに、まずは言わなきゃならない言葉を。
「おかえり」
「ララ。誕生日おめでとう」
「ありがとう。プレゼントはカインの旅のお話を聞かせてよ」
「いいよ。でもその前にこいつを紹介するよ」
「こいつ?」
「そう。ララ嬢」
それからカインは小さなミニブタサイズの豚さんを見せてくれました。
「この子がララ嬢なのね。とても会いたかったの。ララ嬢、カインを守ってくれてありがとう」
私がララ嬢にそう言うとララ嬢はブーと鳴いて応えてくれました。
「ララ嬢はこの村には入らないでこれからもカインを守ってくれる? 私の代わりに」
ララ嬢はカインを見た後、私を見てブーと鳴き、カインの足元に座りました。
「ララ。俺はララの為なら何でもできるんだ」
「それならララ嬢はカインの為なら何でもできそうね」
「ララ?」
「私には何もできないの。私には何も、、、」
「ララ。ねえララ。お願いだから俺を見て」
カインのお願いには逆らえません。
私はカインを見ます。
「ララ。そんな風に思わないで。俺にララを守らせてよ。一生」
「また一生なのね。カインは私の為に一生を私にくれるの?」
「俺は小さな頃から一生をララにあげるつもりだったから。俺の大切なララだから」
「願えば叶う?」
「うん。必ず叶うと願い続けた人が教えてくれたんだ」
「カイン。私はあなたに触れたいよ。お願い。カインに触れる日が来ますように」
「ララに触れる日が来ますように」
どうか神様。
私の願いを叶えて下さい。
どうか神様。
カインの願いを叶えて下さい。
私はまた神様に願います。
私は願うことしかできません。
カインのお手伝いもできません。
私はただ見守ることしができません。
私はそれでいいのです。
私は。
私ができることを精一杯やるだけです。
私は諦めません。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しんで読んでいただけたら幸いです。




