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冒頭だけシリーズ2  作者: 江菓
8/9

8本目 ホラー

今日は、私の最後の舞台。まるでホラー映画みたいに彼を追いかけ回して、最後は”ハッピーエンド”になるの…


夕日が沈み、子供たちが帰って寂しくなった薄暗い公園のベンチに座り、コーヒーを飲む松尾と澤田。松尾と澤田の真ん中には1人分の間が空いており、いつもなら「失礼しま〜す!」っと缶ジュースを持った山本が滑り込んでくる。しかし、今はそうやって入ってくる山本は居ない。2人は、先程その山本の骨を骨壷におさめて来たところだ。普通なら骨をおさめる所まではやらないのだが、山本の母親に「1つでいいですから…入れてやってください…」と言われ、澤田と松尾は山本の骨を骨壷に1つずつおさめてきた。骨になった山本はとても寂しそうで軽く、生きていた頃がとても懐かしく感じる。

「山本さん…」

ぽつりとつぶやくがいつもの「なんですか!」と元気に答えてくれる声は帰っては来なかった。

「ほんとに…死んじまったんだな…」

「そう…ですね…」

松尾は喪服の膝にシミを作る。澤田はブラックコーヒーをぐっと飲み、暗くなった空を見る。

「なぁ、松尾。」

「なんですか…」

「死んだら人はどうなるんだろうな…」

「僕は、生まれ変わると思います…」

「輪廻転生ってやつか、それもありだな…」

「澤田さんは…?」

「俺は星になると思うんだ。」

「星ですか…よく聞きますね…」

「あぁ、いいよな星になるって。空に浮かぶキラキラしてる物になって、見守ってて欲しいって意味なんだろうけどさ、俺は死んだ人が残された人達の心の中で輝いてるから星になるって言われてるんだって思ってんだ。」

「心の中で輝いてる、ですか…」

「そうだ、死んだ山本は俺らの心の中で輝いてる、今もな。きっとこれから先なにか迷うことがあった時に、山本が道標みたいに輝いて暗い人生って道を照らしてくれるんだと思うんだ。」

澤田は空に浮かぶ星を見ながらそう語る。松尾は暗闇の中で懐中電灯を持った山本がいつもの笑顔で笑ってこちらに手を振っている姿を想像する。

「山本が道を照らす…ふふふ、想像するとなんか面白いですね。」

「だな、ハッハッハッ」

「でも、そう思うと少しは気持ちが晴れそうです。」

「ならよかったよ!」

澤田は立ち上がり、少しベンチの少し遠くにあるゴミ箱に行く。そんな後ろ姿を眺めていると喉元に冷たい物が押し当てられる。それは街灯の光を反射させている、松尾はそれがナイフだとすぐにわかった。

「大声出したら切りますよ?松尾はん♡」

嬉々とした女の声で後ろからそう言われる……これまでの殺人事件の犯人であり、山本を殺した張本人である岡田舞花であるとすぐに気づいた。

「な、何が目的だ…」

「そんなの松尾はんの美しい死ですよ。」

「な、なら澤田さんは関係ない…」

「そうですねぇ〜私も邪魔されたら殺しちゃいますね〜」

フフフと嫌な笑い声が聞こえる。松尾はそこから動かず、ゴミ箱にゴミを入れている澤田に声をかける。

「さ、澤田さん!」

「なんだ〜」

呼んだはいいものの何も言うことがない。咄嗟に山本が飲むために置いていた胃薬のことを思い出す。

「僕、ちょっとお腹が痛くなってしまって…すみません車にある胃薬取ってきて貰えませんか?多分、ダッシュボードに入ってるので…」

「大丈夫か?すぐ取ってきてやる、ちょっと待ってろ!」

澤田はなんの疑いもなく車の方へ走っていった。松尾は胃薬を置いていた山本に心の中で感謝し、後ろの岡田舞花に集中する。

「僕をここで殺すのか?」

「ここはちょっと舞台に向かないわ。だからここでは殺さない。」

「じゃあ何しに来た…捕まえにか?山本みたいに…」

「私、松尾はんとゲームをしたいの。私の憧れの悪役達のように…あなたを追いかけ回して…捕まえて…精神的に追い詰めながら…殺したいの…フフフ」

その声はまるで友達と遊ぶことを楽しみにしている子供のようだった。喉元のナイフが退けられ、隣に岡田舞花がするりと座る。

「さぁ、逃げて。その後ろを私が追いかける。会場はこの街!さぁ、早く!」

岡田舞花の顔は神田と同じようでまるで違って見えた。神田の顔と瓜二つだが何かが違っていて、松尾には別人のように思えた。実際別人ではあるのだが。松尾は走り出した。ベンチから立ち上がり、車を停めている出入口とは逆の出入口へ走った。澤田を巻き込むまいと、慣れない喪服で公園を後にした。岡田舞花は逃げる松尾の後ろ姿に神田を思い出していた。

「あぁ、神田はん…今から、そっちに松尾はんを連れて行ってみせるわ…」

自身の頬を撫でながらそういう。口の端から笑みがこぼれる。岡田は松尾の背中を追いかけ始めた。手にはナイフを握り、ベンチにメモを残して。

どのくらい走っただろうか、松尾は無我夢中で何も考えず走り、いつの間にかあの場所に来ていた。

「はぁ…はぁ…」

キープアウトの黄色いテープをくぐり抜け埃臭い館内に入る。広い館内をまっすぐ1番奥の部屋をめざして早歩きで進む。大きな扉を開けると、前と変わらぬ大きなダンスホールに出た。神田が死んだ場所にはシミができている。

「ここで終わらせてやる…」

そう独り言を呟きながら、ダンスホールの端に設置されている掃除用具入れに身を隠す。松尾はあの最悪の事件の後ここによく来るようになっていた。事件を解決するためでもあったが何より、自分が愛した人と自分を愛してくれていた人が死んだ場所でもあったここがどうにも嫌いになれず、正反対の2人を思い出すにはちょうどいい場所だった。掃除用具入れの隙間から外を見ていると少ししてダンスホールのドアが開いた。入ってきたのは神田の顔をした岡田舞花。

「・・・松尾はん、あんたええ趣味してますねぇ〜!最後の場所をここにするなんて…はぁ…すごく胸が痛くて熱くてたまらない…♡」

岡田舞花は楽しそうに両手を広げダンスホールの中を歩く。松尾はまるでダンスでもしているかのような軽い足取りに少し不気味さを覚える。

「お話でもしましょうか!ホラーは悪役が自分語りをしながら主人公達を追い詰めることもあるから、やってみたかったの!」

そう大声でいう岡田。もちろん返答はしないが、岡田はとても楽しそうに話し始めた。

「私はね、特技も何も無いただの女の子だった。いい所はないのに、人と話すことが苦手という悪いところがあった。でもある時、演劇に出会ったの!演劇中に役になりきっている間だけは何もない私じゃない、キャラクターはあんなことやこんなことが出来る!何も無い私を捨てられる!そう思ったの。舞台に立って、キャラクターになりきることが私の幸せだった…キャラクターになりきれば私は人と話すことも怖くない、どんな失敗だって恥ずかしくない、生きていることに自信を持てた!その中でも私は悪役を演じることが好きだった!悪役の大半は自分のやりたいことに忠実でそのためならどんな手段も使う、彼らは私のなりたかった理想!自分のやりたいことに貪欲な彼らを私は心の底から慕っていたわ!貪欲になれるほどいいものを持っていない私は、貪欲な彼らを演じることで幸せにひたっていた!そうして、過ごしていたらいつの間にか大きな舞台に立っていたわ。様々な人が私の演じるキャラクターを見て、笑顔になって帰っていく…すごく幸せだった…あの時の感覚は今でも忘れられない!みんなが私を見て、私の演じるキャラクターを考えている、客席からの拍手と喝采は演技で熱くなった私の体をさらに熱くする…とても気持ちよかった…あの時は、私は悪役を演じていたけどきっと私という人生の主役だったわ!堂々と真ん中に立ってみんなの注目を私に集めていた!でも、何かが足りなかった…そんなある日、私は彼に出会った…彼の美しい顔と忘れられない色っぽい声、そして一つ一つの動作全てが私を虜にした。神田はんに私は一目惚れしたの!これまで一目惚れなんてしてこなかった私は、神田はんに会いたくてなんでもしたわ!それも理想としていた悪役達のように!そうして、神田はんが松尾はんを愛していることを知った。初めは嫌だったけれど神田はんに私の気持ちを伝えたの…そうしたらなんて言ってくれたと思う?」

岡田舞花はしゃがみこんで神田の血のシミを愛おしそうに撫でる。

「ニコニコと笑いながら『君が好いてくれて嬉しいよ。でも、私はその気持ちには答えられない。だから、君を認めてお礼を言うことしか出来ない。』って言ってくれたの…どういう意味がわかる?私はわかるわ…神田はんはすごく優しいの…本当だったら私の事なんて否定してとうざければいいのに、私を認めてくれた…私はその時気付いたの…舞台で足りないと感じたものはこうやって誰かに認められたかったのだと!舞台では、みんなに喝采や拍手を貰える、でも誰かに認められることはないわ。幼少期から自分で自分を否定し続けた私は、認められることを拒絶していたの!でも、神田はんに認めると言われた時、雷に打たれたように全身に電流が走った!私をやっと認めてくれる人を見つけた…そう思った!それから私は彼について行ったわ…仕事の傍ら彼の”料理”を手伝った!その間彼はずっと松尾はんの話をしてくれたわ…とても楽しそうに…あぁ…思い出すだけでも惚れ直しちゃう…神田はんを幸せに出来るのは松尾はんだけ…私は神田はんの幸せを願うだけ…それで良かった!そうして、私の人生という舞台の主役は神田はんになった。神田はんを引き立てる役を買ってでたわ!それがとても楽しかったし幸せだった。でも、神田はんは舞台から突然去っていった…神田はんは客席の松尾はんへ思いを伝えて、私の舞台は空っぽになった…私は引き立て役…主役の居ない舞台で引き立て役は何も出来ない…客席にはいっぱい客がいて、私は新たな主役を求めた。その時気付いたの、そうよ、私が神田はんになって主役に戻ればいいのって…それからは早かった…整形して、ダウンタイム中は神田さんのことをできる限り再現した。私は女優、誰かになりきるなんて簡単だった。そうして、私は神田はんになった。初めて神田はんの顔になったのを実感した時は最高の気分だったわ…これで私の人生という舞台はもう一度輝く…きっとブロードウェイにも負けないわ…!」

フフフ!っと笑う岡田舞花。ちょうど掃除用具入れの前に来た岡田舞花に松尾は掃除用具入れから出てタックルする。

「ぐはっ!」

岡田舞花はタックルの衝撃で床に倒れ込む。そして、松尾は倒れた岡田の上に乗り、身動きが取れぬよう体で拘束した。

「くそっ!暴れるな!」

「ハイハイ…でも、松尾はん、ちょっと詰めが甘いんとちゃう?」

「は?」

チクリと背中に痛みが走る。痛みに驚き、岡田舞花の横に倒れ込む。すると、足と腕がビリビリと痺れ始めた。

「な、なんだこれ!!」

「ビリビリするやろ〜?ちょっとだけ痺れる毒!靴のかかとに毒針隠すなんて映画みたいで面白いやろ?フフフ」

そう言いながら立ち上がった岡田舞花は拘束されていた手首を撫で、肩を伸ばす。

「ナイフで神田はんみたいに殺すのもあり、出血多量もあり、窒息死とかもええかもね?どれがいい?選ばせてあげるよ?」

岡田舞花は手足が痺れて動けない座り込んだ松尾の顎をクイッと指で無理やり上げ、にっこりと微笑む。松尾はあぁ、この顔は神田と全く同じだ、とこんな状況下でも考えてしまった。もう逃げられない、どうしようもない。

「殺すなら好きに殺せ…僕は、お前を死ぬまで捕まえるために追いかけてやる…」

「ふーん…」

「神田みたいに…なって欲しくないからな…もう、目の前で人が死ぬのは嫌なんだ…!」

「神田はんみたいに…」

「今だって悔やんでる!僕がもっと早く神田を捕まえていれば…神田は死ななかった!神田を助けられなかった…目の前にいたのに…」

ポロポロとあの日を思い出して泣いてしまう。松尾はあの時、神田を助けられなかったことを後悔していた。殺人犯で、自分の婚約者を殺した相手でも、元は自分の仕事仲間であった。中も良かった方だと思っている。どんな奴でも、助けたかった。神田だから、死んで欲しくなかった。きっとあの時、自分が止めていればきっと今頃神田は生きていて刑務所に居た。たまに会いに行って会話できていたかもしれない。松尾自身も神田をとても良い奴だと思っていたからこそ、死んで欲しくなかった。

「そんなに…神田はんを助けたかったの…?」

「あぁ…神田はあんな奴でも、俺の大事な仕事仲間であり友達だ…」

そう言いながら、松尾は岡田舞花を睨むと岡田舞花は泣いていた。ボロボロと大粒の涙を流しながら泣いていた。

「神田はんのこと…そんな風に思ってたの…?私、ずっと神田はんから聞いてたことが本当だと思ってた…神田はん、松尾はんに好かれてないって…嘆いてたのに…そんなに好いてたんや…神田はん…良かったね…神田はん…」

そう言いながら岡田舞花はナイフを落とし、涙を拭っていた。岡田舞花は神田が松尾に好かれているという事実が嬉しかった。わんわん泣いている岡田舞花を後ろから駆けつけた澤田が拘束し手錠をかける。

「松尾!大丈夫か!」

「澤田さん!?自分は大丈夫です、どうしてここに?」

「ベンチにメモがあったんだ。メモには『松尾はんと遊んできます』と書いてあってもしかしたらって手錠とか取ってここに来たんだ!無事でよかった!応援も呼んでる!!もうすぐ来るぞ!」

「ありがとうございます!」

岡田舞花はまだ泣いていた。松尾は手と足の痺れから解放され、濡れた頬を拭った。澤田はダンスホールを見渡し、松尾にこういった。

「またここだな…でも、今度は助けられた。よくやった、松尾。」

松尾は頷き、良かったと安堵した。あの事件の後、松尾は1度ここに澤田と来たことがあった。その時、澤田と松尾は『もし次こんな悲惨な事件があった時は必ず犯人を捕まえる。自殺は絶対にさせない。』という約束をしていた。外からサイレンの音と車の音がする。応援が来たようだ。岡田舞花を連れ、2人は館から出た。

次回は9月22日に投稿します。

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