8.いつから俺が無能だと勘違いしていた?
バウス・グラネスは騎士の家系である。小さい頃から騎士になるよう育てられ、父に習い槍を振ってきた。
プレアデス学園に入学してからも、魔法は下手だったものの、よく起こる、生徒同士の小競り合いでは負けたことがなかった。
その実力を高位の貴族であるロバートに買われ、ロバート達と共に弱い者、主にシリウスを傷つけながら過ごしてきた。
その結果、得たのは自分が最強であるという自信と弱い者を
いじめ抜く快感だった。
だが.....
その鍛え抜かれたはずの槍を無能の、そして、武芸の初心者で
あるはずのシリウスが初見でかわし、無傷でいる。
「ふざけるなぁ」
この瞬間、バウスの中には今までに無かったような、とてつも
ない怒りが、ふつふつと煮えたぎっていた。
俺は正面にいるバウスが、とてつもなく怒っていることを
肌で感じ取った。だが、この時、俺はおびえるどころか
高揚していた。
―――――楽しい――――
一瞬の駆け引きで勝敗がつく、この戦いが。バウスの槍を
かわす、あの感覚が。
俺の中で今まで感じた事の無かった、楽しさがそこにはあった。
「さぁかかってこい、その槍で俺を仕留めてみろ!」
「貴様ぁ!殺してやるぅ!」
じりじりと間合いを詰めてくるバウス。俺は剣を構え、槍に
備える。
ビュン! 槍がうなり、俺の喉に迫る。
「だめよ、あれはよけきれない!」
レイラが悲鳴に近い声をあげる。
「シリウス」
ルーナとフェルドは最早、手を合わせて祈っている。
他のギャラリーも悲鳴を上げ、目をつぶっていた。
「いいぞ、バウス。いっそ、殺してしまえ」
笑って観戦しているのはロバート達だけだった。
これはよけれない!
さっきの数倍の速さで迫ってくる槍を目に捉え、俺は
剣を槍の前に突き出す。
だが、一点を狙ってくる槍に、正面から剣を当てるなどという
精密な動作を俺はしたことがなかった。
しかしこの時、神は俺に味方した。見事、剣先で槍の一点を
防ぐことができたのである。
剣は火花を散らし、反動を食らった俺は後ろにのけぞる。
その時、俺の目に学園で一番高い、時計台が目に入る。
そして、その上で優雅にくつろぎながら、この試合を観戦し
ていた、アンドロメダまで目に入った。
俺はあいつのわがままのせいで、今、戦ってるのに....
「あいつぅ...」
俺は突如、アンドロメダに対する怒りに体を支配される。
とそのとき、追撃をかけてきたバウスの槍が、俺の目前に
迫った。
「貴様ぁ!ふざけるなぁ!殺してやる!」
「あいつこそふざけるな!!!」
俺はアンドロメダへの怒りを目の前の槍に垂直にぶつける。
横からの力をくらった槍は、横にそれ、俺の横を通過する。
そのまま、俺は剣を槍に沿って滑らせ、遂にバウスの頭へと
当てた。
「そこまで!」
それと同時にシーファ先生が勝負の終わりを告げる。
俺は勝ったのだ。
「嘘だろ...」
「あいつが勝つなんて」
「無能じゃなかったのか...」
周囲は騒然とし出す。
「ばかやろぉ、お前ら。シリウスはなぁ、強いんだぞ」
フェルドとルーナは泣いて喜んでくれている。
――――ん?泣いて?
「まさか..本当にカウンターで勝っちゃうなんて...」
レイラはぽかんと口を開けて驚いている。
どうやら本当に勝てるとは思ってもいなかったようだ。
まぁ、取りあえず良かった。俺はレイラ達の方に向かう。
その直後、俺は後ろからゾッとする気配を感じ、剣を
振った。
パァン!
振り向くと、そこには折れた槍を呆然と眺めているバウス
がいた。
どうやら後ろから俺に襲いかかったらしい。
シーファ先生がすぐさま割って入る。
その時、ロバートが叫んだ。
「卑怯だ!レイジ(物体強化魔法)を使ったんだ!
じゃなければ、バウスの槍だけ折れるはずがない!」
俺はロバートが何を言っているのかしばらく分からなかった。
後ろから襲いかかったのはこいつだろ?何で俺が卑怯なんだ?
そして、その気持ちをレイラが代弁してくれた。
「自分で何を言っているのか分かってるの、ロバート?
悪いのはどう見てもバウスじゃない?」
「だが武術でレイジを.....」
「シリウスが魔法が下手だってのはあなたたちが一番知って
るんじゃないの?それに例え同じ物質で出来ているもの同士が
ぶつかっても、ぶつかった角度で変わるのよ」
「えぇ、レイラさんの言うとおりです。しばらくあなたたちは
頭を冷やしていなさい」
シーファ先生の追撃も受けて、完全に黙り込むロバート。
でもレイラさん...俺もレイジくらいは使えます....
レイジという初級魔法の基本の基本まで使えないと思われていた
俺は少しだけ悲しかった。
~帰り~
「アンドロメダ、お前、今日はご飯抜きな」
「我輩が...悪かっ...た...かも...しれぬ...」
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