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4.決意

 さて、気付いた点についてまとめましょうか。

 それが、独房の中で二十四時間を過ごした優菜の判断だった。


 まずわかったこと。それは、あの下劣な門番が定期的にここを見回りしているということ。間隔はおおよそ六時間に一回ね。

 そう思いながら、優菜はスマートフォンを操作する。


 スマホがあって助かったわ。あと、充電してあってよかった。……でも、何でこの世界に持ってくることができたんだろう。冷静に考えれば衣服もそう。裸体でもおかしくないのに……。やめやめ、考えても無駄なことは考えない。


 優菜がスマートフォンの画面をスリープさせる。その直前の電池マークは九十五パーセントという残量が表示されていた。


 次に、あの門番は見回りする際は必ず一人ね。たった一日だと何ともいえないけど、とても大事な情報だわ。そして、何よりも――。

 優菜は、そこで思考を一旦停止させ、嫌悪感を表すように表情を歪めた。


 あの男は必ず独房の前で立ち止まる。時間にして十分程。私の様子を確認するふりをして、視姦するためにね。


 優菜はわなわなと震える。

 手を握りこむ。

 最後に目をつむる。


 彼女にとって耐えがたい屈辱的だった。だが、目を見開くと同時に、彼女は三日月のような口となって笑う。


 ――使える。


 こんなことを思うのは、彼女がどこか歪んでいるからかもしれない。一般的な女子高生には、こんな思考はできないだろう。

 だが、彼女にはできた。複雑な家庭環境と、のちにわかる力の影響で若干性格が歪んでいたことによって。


 さて、門番が来るまで暇だし。私がいなくなった日本でも妄想してみようかな。

 暇を持て余した優菜が、独房の隅に移動して、壁に寄り掛かる。


 まずは兄さんのお父さんとお母さん。……精神的に堪えてそう。兄さんを失ってからまだ一週間しか経ってなかったし。でも、私の事なんてどうでもいいよね。だって養子だし。それに、養子に引き取られてすぐの中学一年生時なんか、援助交際まがいの事とかいっぱいしたし。


 優菜はそう思いながら小さな声で自嘲気味に笑った。

 沈黙を貫く牢獄に、彼女の声が響く。


 おっと、声には注意しないと。ここにいる最低な奴らに、私の声なんてもったいない。

 さて、続き続き。日和はどうしているかな? 数少ない友達だったし、ちょっとくらい泣いてくれているといいな。


 ……こんなことを思うなんて、私も大概ひどいよね。友達だったら泣いてくれるとか、そんなこと全然ないのに。本当に心の底から悲しんでくれる人は、亡くなった人からたくさんのものをもらった人だけ。私にとっての兄さんのように。

 だから、日和は泣いてないだろうな。私、彼女に何かしてあげられたようなことないし……。


 優菜は寂し気な表情を作り、膝を抱えた。


 やめやめ。次は学校の先生。……火消しに忙しそう。私が本来持ちだせない屋上の鍵を持っていたしね。ま、ちょっと体で揺さぶりながら、兄さんの話をするだけでなびく方が悪いんだよ。知ーらない。


 優菜はくすくすと笑いだすような感じで、小さく微笑む。


 そういえば、ここに来てから初めて笑ったかも。ちょっとは感謝しないとね。


 ……学校といえば、私を突き落としたことになっている人たちはどうなったんだろう。ニュースで取り上げられているかな? ……ないか。少年法があるしね。でも、引っ越しくらいはしてそう。今後の人生、暗く生きてくれるといいな――なんて。


 そう思ったところで、優菜の思考が停止する。色々と妄想しているうちに、あることを妄想してしまったのだ。



 ――もし、兄さんが生きていたとしたら……悲しんでくれたかな。



 優菜の呼吸が少し早くなる。

 何かを恐れるように目を震わせ、キュッと手を握る。

 ……怖かったのだ、その先を考えることが。


 しかし、一度思い浮かべてしまうと、シミのようにこびりついて頭の中から離れない。だから、優菜は意を決して妄想を始めた。


 兄さんにとって、私はどう見えていたかな? 出会いは中学一年生時。両親のいない私が厄介者として親戚中をたらい回しにされていた時だよね。……この時点で最悪だよね、普通。

 でも、兄さんは普通に接してくれた。色々あったけど、兄さんのおかげで非行に走ることはなくなったし、普通の学生生活を送れるようになった。兄さんの後を追うために必死で勉強して、県内一番の進学校にも入ったし……って、これは自分が語り。兄さんから見た私じゃない。


 優菜は首を振る。


 どう……見えていたのかな。自分で言うのもアレだけど、スタイルはいいと思うんだよね。いらない中傷もあるくらいだし。


 優菜はそう思いながら胸元を見る。顔はほんのりと赤かった。


 掃除、洗濯、炊事、何なら裁縫とかだってできるし、兄さんに言われて言葉遣いを直したから、世間一般で言えばいいお嫁さんみたいだったと思うんだけど。

 ……兄さん、そんなところ絶対に見てないよね。そういうことには興味を持たない人だったし。というか、兄さんの身になって考えるなんて絶対無理! だって、何考えているか全然わからなかったもん。


 考えることを諦めた優菜は、天井の方を向き、首を伸ばす。そして、うずくまるようにして身を寄せなおした。


 兄さんは本当にやさしかった。言葉でハッキリ言ってくれる時もあった。でも、何より行動で示してくれた。悪いことをしたときはちゃんと怒ってくれたし、いいことをしたときはちゃんと褒めてくれた。泣きたいときには一緒に泣いてくれたし、笑いたいときは一緒に笑ってくれた。



 ――そして、一番いてほしい時にそばにいてくれた。



 そう思いながら、優菜はスマホがしまわれていない方のポケットからひよこの刺繍が入ったハンカチを取り出す。そして、懐かしそうに見つめた。


 兄さんからもらった最初の誕生日プレゼント。――あの時は兄さんに『こんなダッサイもの要らねーよ』、なんてひどいこと言っちゃったな。今では宝物なのにね。


 優菜はハンカチを強く握る。


 ――兄さん。会いたい。……今すぐに会いたい。


 自然と涙が流れ始めた。

 胸が焼き切れてしまうのではないかと思う程苦しかった。


 呼吸が荒くなる。

 涙が頬を伝う。

 だが、声だけは上げなかった。


 ここから脱出する。絶対に。この世界中を巡れば兄さんに会えるかもしれない。

 何でもする。手段なんか選ばない。これは神様がくれたチャンスだから。


 優菜はハンカチをポケットにしまう。


 そして、絶対に兄さんに会うんだ。会って言うんだ。

 ずっと言えなかった言葉を――。


 優菜は頭の中で思っていることなのに間を開けた。

 目をつむり、大きく深呼吸する。



 『好きです。世界で一番愛しています』と――。



 優菜は誓った。

 その瞳には一片の曇りもなかった。


 涙はもう流れてはいない。

 口元を固く結んでいる。

 確固たる決意とは、まさにこのことだろう。


 そんな優菜がポケットからスマートフォンを取り出し、画面のスリープを解除する。そこには零が三つ並んで表示されていた。


 そろそろそこの扉から出てくるはず。

 優菜はそう思いながら、右に見える扉を見つめる。


 そして、一分程経過したところで、鈍い音と共に扉が開く。


 のこのこと現れたわね。

 優菜の思惑通り、門番が姿を現す。


「ぐへへへっ」


 門番は優菜の方を向いて、下卑た声を浴びせる。その後、扉の右側――左右の独房数差を踏まえて言うと、左側二番目に位置する、右側一番目の独房の方に歩いて行った。


 今回も一人ね。そして、観察していた時と同じように、反時計回りで見回りし始めた。

 優菜はそのことに満足しつつも、できるだけ小さく鼻を鳴らす。


 頭の回らない奴の典型ね。門番という仕事をただのルーティンワークにしている。だからこそ読みやすい。


 優菜は口の端を吊り上げる。


 さぁ、勝負と行きましょう!


 ――優菜の脱出作戦が幕を上げた。

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