9.異世界ニッポン最高
「フ~ンフフ~ン♪」
ククが鼻歌を歌いながら、お土産の入った白いビニール袋を揺らし、上機嫌に階段を上っていく。その途中で、
「フ~……ン? ん~?」
目の高さにある階段の床板に、赤い点を見つけた。
「クンクン……血だ」
匂いを嗅いだククが、それが何であるかをすぐに理解する。
「何でこんなところに……クンクン」
神経を尖らせ、もう一度鼻をひくつかせるクク。
すると、その匂いは、二階へとつづいていることに気がついた。
「……」
灯りが点いている上階から人の気配は感じないが、念のためククがビニール袋の中から風の護符を取り出し、忍び足でまだ乾いていないポツリポツリと落ちている赤い点を辿るように階段を上った。
二階に着いて、血の跡を視線で追うと、その先にあるのは武刀の部屋だった。
ククは音を立てないよう歩を進め、内側に向かって扉が大きく開いている真っ暗な室内へ顔を覗かせた。
「……やっぱ誰もいないわね」
予想した通りであることを確認してから、ククが部屋へ足を踏み入れた。
「え〜っと、確か入り口横にすいっちが……あ、あったあった」
ククは、室内灯を点けようと壁に目を向け、そこにある横向きのタンブラースイッチを見つけた。
「んで、膨らんでる方を押す……っと」
カチッ
優子に教わったようにククがスイッチを倒してすぐ、天井にある丸く平べったい半透明のカバーに覆われた蛍光灯に灯が入り、室内を白く照らした。
「おお〜」
詠唱いらずの魔法のような点灯方法に、ククは軽く感動を覚えながら、部屋の中を眺め、
「うわ……」
青いカーペットに、何滴もの血が落ちている箇所を見つけた。
そこは、ベッドの横だった。
「……むぅ」
ククが腰に手を当て考える。
血が集中して落ちている場所は、自分がこの部屋に現れたところだ。
ならば、部屋や廊下、階段にあった血痕は、先程短い間だけ還ってきたバハムートのものだろう。
では、なぜ血を流すようなことになっているのか?
それに、リィザはもうバハムートを還すだけの魔力がなかったはず。なぜ、あいつをニッポンに帰還させることができたのか?
「う〜ん…………って、考えるまでもないわよね。問題発生か……」
自分の勘の鋭さを恨むように、ククが額に手を当てた。
「バハムートがリィザに夜這いをかけたのね」
まぁ、外れてるわけだが。
「リィザが寝た後、バハムートがリィザの部屋に忍び込んで、気づかれて、どつかれて、鼻血が出て、そんで……」
ククが血の滲むカーペットに視線を落とした。
「少しだけ睡眠をとったことで魔力がちょびっと回復してたリィザが怒ってバハムートを還したけど、殴り足りなくてすぐに喚び戻したってところね。うんうん」
自分の推理にククがカックンカックン首を縦に振った。
まぁ、外れてるわけだが。
当てろという方が無理なわけだが。
「ホントにあいつはエロムートね」
やってもいない汚名を着せられた武刀は、憐れというほかないだろう。
「ふあ〜〜〜……はふぅ」
口を目一杯開けて長いアクビをしたククが、風の護符をしまったビニール袋を武刀の勉強机の上に置いた。
「明日は早いから、さっさと寝ますか」
そう自らに言ってククは、扉の方へと歩いていき、
「あ」
優子が落とした、乗り物のような猫のぬいぐるみを見つけて拾い上げた。
「……こっちの世界では、魔物のぬいぐるみが流行ってるのかしら」
日本では有名な某キャラクターであっても、異世界狐にはそう見えてしまう。
ユーコへのお土産は、魔物のオモチャにでもしようかしら、などとお土産候補に変なものを入れながらククは、ぬいぐるみも机の上に置き、
カチッ
電気のスイッチを切って、室内灯を消した。
そして、ベッドに腰掛け、
「……ん? なんだか……柔らかい? いや、弾む?」
スプリングの効いたマットレスに驚き、
「へぇ〜、これスゴく良いわね」
しばしボヨンボヨンと体を弾ませ遊んだあと、
「おやすみ〜」
布団を被った。
「異世界ニッポン最高……」
ポツリと呟いて。
「……あ……ベッドの下……起きたら……調べよ……」
武刀が聞いたら泣いて叫んで止めそうなことを、沈みゆく意識の中思い出しながら。
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