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8.もう一杯!

「何それ?」


 ククが親子丼を食べながら尋ねた。


「フッフッフッ、これはカップラーメンって食べ物よ」


「え、食べ物?」


 それを聞いてククが一旦食事の手を止めて席を立ち、カウンターへやってきた。

 大きな目をキラキラ輝かせながらククが発泡スチロールの容器を覗いた。


「……硬そう」


 目はすぐに曇った。


「今は硬いけど、こうやってお湯を入れて……」


 明子がヤカンを持ち上げ、熱湯を注ぐ。


「ふやかして、柔らかくしてから食べるの」


「ふーん……あんましいい匂いしないし、なんだか質素ね」


 親子丼の前に戻り、食事を再開させるクク。

 全然食いつかなかったな、と期待はずれなククのリアクションを残念に思いながら、明子は三分待った。



 ◇◆



 三分後。


「うんまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!」


 ククは、カップラーメンを食べて絶叫していた。


 親子丼を食べ終えたククが、明子がフタを取ったカップラーメンに鼻をヒクつかせ、「一口ちょうだい」と言って食べた結果の絶叫だった。


「チュルチュルチュル、モグモグモグ、ゴックン、んまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!」


 フォークに絡ませた麺を口へ運び、小さい子のようにチュルチュル吸い上げ食べている。


「お湯だったわよね!? 何でお湯入れただけなのにこんなに美味しいの!? チュルチュル」


「それはね」


「んまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい! ママさんは料理の天才ね! モグモグ」


「いや、私は」


「んまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい! 超まいうー!」


 聞いちゃいねぇ。

 後で説明すればいいか。

 今は、カップラーメンに夢中なククをそっとしておくことにした明子だった。


 そのまま、美味い美味い言いながらククは麺をたいらげ、喉を反らしてスープをズズズーーーっと全て飲み干し、


 ターンッ


 小気味良い音を立ててテーブルに空の器を置き、


「ママさんっ、もう一杯!」


 スナックで酒を要求する客のようにおかわりを所望した。


「ああ、はいはい」


 その勢いに押されるようにして、明子が椅子から立ち上がった。

 カップラーメンを用意しながら、


「(これってもしかして、コンビニ行く必要なかったんじゃ……?)」


 と思う明子であった。



 ◇◆



「ふ〜、さっぱりさっぱり」


 結局ククは、カップラーメンを二つ食べ、満腹になったところで狐の姿に戻り、トイレの使い方を教えてもらい、明子と一緒に風呂に入って体を洗ってもらい、今洗面所から出たところだった。


 まだわずかに体毛が湿っているククがリビングへ入り、扇風機の前へ行き、


 カチッ


 前脚でスイッチを入れ、


「はぁ〜、気持ちぃ〜」


 全身に風を受け、心地良さに目を細めた。


「……順応性高いわね」


 その様子を見て、後から入ってきた赤いショートパンツに無地のノースリーブシャツという寝間着姿の明子が神妙な顔で呟いた。


「ククちゃん、ブラッシングしてあげるわ」


 明子が買い置きしてあったハーフブラシを持って、ククの後ろに座った。


「ありがとー」


 お礼を言ってふわふわボディサイズの尻尾を一度振るクク。

 明子はまず、その誰でも触りたくなる尻尾からブラシを通していった。


「はわわ〜……くすぐったいけど良い気持ち〜……」


 ククは目を閉じて、明子の奉仕に浸った。


「ママさん、今日はありがとうね」


 目を瞑ったままククが明子に話しかける。


「こんびにでおごってもらって、かっぷらーめんもご馳走になって、ホント感謝してるわ」


「いいのよ。こっちの世界は楽しめた?」


「すんごく楽しめたわ。次はアタシが異世界のものを持ってくるわね」


「若返りの薬! 若返りの薬ね!」


 明子、必死。


「あ、はい……」


 ククが引くほどに。


「……まぁ、若返りの薬は簡単に見つかんないだろうけど、あったらね」


「お願い!」


「あと、ユーコとパパさんにもお土産買ってくるわ」


「ありがとう、ククちゃん。……お父さんには、毛生え薬あったら買ってきてあげて」


「わかった」


「ククちゃんは、明日の朝食またカップラーメンにする?」


「明日は、日の出のあとすぐに還るの。リィザがそのくらいに召喚するって言ってたから。だから、朝食はいいわ」


「あら、そうなの」


「お見送りもいいからね。ゆっくり寝てて」


「じゃあ、ハチミツパンと一緒にカップラーメンもいくつかビニール袋に入れておくから持って還って」


「やた! ありがとうママさん!」


「ウフフ」


 ナイスなリアクションに柔らかい笑みをこぼす明子。

 そのあとククは、明子に身を任せ、二人してしばしまったりとした時間を過ごした。


 ………………

 …………

 ……


「よし、こんなものかしらね」


 ブラッシングを終えた明子が、ククの背中を撫で、尻尾をモフモフしてから立ち上がった。


「ありがとう、ママさん」


 ククはお礼を言って、扇風機のスイッチを切り、


「んじゃあアタシ、バハムートに変化するわね」


 そう言って、隣の和室へ移動しようとした。


「あら? むーちゃんになるの?」


「うん。そうしないと、召喚されないから」


「そうなんだ」


 それってブラッシングした意味なかったんじゃ……というのは置いといて、


「だったら、そっちの部屋に水色ストライプのむーちゃんのパジャマがあるからそれ着てね」


 明子はククに寝間着のことを伝えた。


「うん、わかった」


 返事をして、ククが和室へ向かい、明子が横開きの扉を開けてあげ、ククが中へ入ったのを見て閉め、少しの間をおいて、


「『変化』!」


 中からククの声が聞こえてきた。

 明子が、ハチミツパンの入ったビニール袋に、ククの護符やカップラーメンを入れながら、待つこと一分ほど。


「パジャマってこれかしら?」


 水色ストライプの寝間着を着た、声も見た目も武刀なのに喋り方はオネェな羽場家の長男に変化したククが、扉を開けて出てきた。


「ええ、そうよ」


 やっぱり笑えるわね、などと思いながら明子が頷いていると、


 ガチャ


 リビングの扉が開き、


「お帰り~。ふぁ~あ、優子と一緒に寝ちゃってたよ」


 ほぼ禿げ上がった髪を短く刈り込んだ男、スラックスにワイシャツ姿の羽場雄一郎が、後ろ頭をボリボリかきながら部屋へ入ってきた。

 雄一郎は、すぐに武刀に気づき、


「なんだお前、帰ってきてたのか」


 当然ククとは見抜けず、普通に話しかけた。


「異世界ってところに行ってたんじゃないのか? あ、そのテレビビックリしただろ? ちょっとお母さん、テレビのことと喋るポメラニアンについてちゃんと話し」


「ポメラニアンじゃないわよ!」


 明子へ説明を要求しようとした雄一郎へ抗議したのは、もちろんククだ。見た目は武刀だが。


「……え?」


 唖然とした顔をククヘ向ける雄一郎。

 唖然とした部分は、


「……『わよ』?」


 そこだ。


「てれびのことはごめんなさいね。アタシが風の護符で切っちゃったの。直せるかどうかわかんないけど、今度アタシの世界の道具をもってくるわ」


「……」


 目を瞬いて、雄一郎は明子へ視線を移し、


「……こいつ、どうしたの?」


 ククを指差して聞いた。


「……」


 笑いを堪えている明子は答えない。

 なぜか?

 言わずもがなだ。


「……まさか、これに目覚めた?」


 雄一郎が右手の甲を左頬に当て、高飛車な貴婦人が高笑いでも上げそうなポーズをとり、上目遣いに明子を見た。

 ハゲてる旦那の媚を売るようなポーズに明子は、


「ブフォッ」


 限界突破。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」


 腹を抱えて笑いだした。


「……」


 なぜ自分が笑われているのかわからない雄一郎は、次にククを見て、


「……お前、これなのか?」


 同じポーズで上目遣いに聞いた。


「ブフォッ」


 破壊力抜群。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」


 ククも腹を抱え、体をくの字に折って笑いだした。


「「ハハハハハハハハハハハハハハハッ」」


「……」


 笑う二人を交互に見て、


「……何これ? イジメ?」


 とこぼすしかない雄一郎である。

 そこへ、


「ククーーーーーッ!」


 突如、二階から緊迫感のある声が響いてきた。

 武刀本人の声だ。


「ハハハ……あら?」


「ハハハ……え?」


 笑いを収めた明子とククがリビングの閉じられている扉の方へ顔を向けた。

 声に続いて、階段を駆けるようにして降りてくる足音も聞こえてきた。

 その合間に、


「ククーーーーーーーーーーッ!」


 武刀の切羽詰まったような声がもう一度、異世界狐の名前を叫ぶように呼んで…………


「……音がしなくなったわね」


「……うん、消えた」


 気配がぷっつりと途切れた。


「何だったのかしら?」


「さぁ?」


 首を捻る明子とクク。


「……」


 それ以上に首を直角まで捻っている雄一郎。

 雄一郎は、混乱の極みにいた。

 どうして武刀が側にいるのに武刀の声がしたんだ? と。


「今のってむーちゃんの声よね?」


「うん」


「……武刀はお前だろ」


 ぼそりとツッコむ雄一郎。

 明子がリビングの入り口まで歩いて行き、扉を開けて廊下を覗いた。

 しかし、そこに人影はなかった。


「……むーちゃんいないわね。よくわかんないけど、明日むーちゃんに聞けばいいか」


「そうね」


「……今聞けよ」


 ツッコむ雄一郎。


「さ、そろそろ寝ましょう」


「そうしましょ」


「……放置プレイ」


 雄一郎……。


「もう、わかってるって。そろそろちゃんと説明したげるから、とりあえずお風呂に入ってきて」


 明子が雄一郎の後ろへ回り、背中をぐいぐい押した。


「あ、ククちゃん。テーブルの上にあるハチミツパンの入ったビニール袋に、体操着のポケットにあった紙とカップラーメン入れといたから持って上がってね」


「ありがとうママさん!」


 ククは、元気にお礼を言ってビニール袋を手に持ち、お風呂場へと雄一郎を押して行く明子のあとにつづいてリビングを出て、


「おやすみ、ククちゃん。またいつでも来てね」


 笑顔を向けてくる明子へ、


「うん、今日はありがとう。おやすみ。パパさんも」


 もう一度お礼を言って就寝の挨拶を返した。


「……来てねって何? ここって羽場家じゃないの? パパさんって俺? 何で武刀がいるのに武刀の声が……」


 ククは、小さい声でブツブツ喋る雄一郎とその背中を押している明子に手を振り、洗面所へ入る様子を見てから、二階へ向かった。

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