7.美味しいっ!
羽場家への帰り道。
行きとは逆に、今度は明子がククへ異世界のことについて聞きながら歩いていた。
明子からの、「むーちゃんは異世界で何してるの?」「魔王っているの?」「若返りの薬ってある?」などなどの質問にククが、「今は、クロアって名前の行方不明になったウチのリーダー捜してる」「昔は魔人ってのがいたけどもういない」「うん」と答えた。
そして、ギラついた目で若返りの薬のことを聞いてくる明子にククが答えていると、
「ワンッワンッ」
いつも通り、家の十数メートル手前で羽場家の愛犬ケルベロスの鳴き声が聞こえてきた。
もう家に着いたのか。若返りの薬絶対手に入れよう。などと考えながら明子は、
「ケルちゃん、ただいま。静かにね」
と垣根の向こう側へ声をかけながら家の前まで歩いて行き、門扉を開け中に入った。
飛び込むような勢いで駆けてきたケルベロスを明子が抱き止め撫で繰り回していると、羽場家の愛犬は後から入ってきた武刀モードのククに気づき、首を傾げ、
「ワン?」
小さく鳴き、
「そう、アタシよ。ムトー君に変化してるの」
ククが答え、
「ワン」
納得したような声で鳴いて、また明子へ顔を戻した。
その様子を見た明子が、
「(会話してるのねぇ)」
と改めて感心しつつ、この機会にククへ頼みごとをすることにした。
「ねぇねぇ、ククちゃん。私、ケルちゃんに聞きたいことがあるんだけど、通訳お願いしてもいいかしら?」
「いいわよ。じゃあ、ケルちゃんに直接話しかけて。この子達、人間の言ってることはなんとなく理解してるから」
そうなんだ、と心の中で驚いた明子が、ハッハッハッと舌を出して呼吸をしているケルベロスの頭を撫でながら話しかけた。
「ケルちゃん、お母さんのこと好き?」
「ワンッ」
「『好きー』」
「お母さんも大好きよ」
「ワンッ」
「『嬉しー』」
「で、ケルちゃん」
「ワン?」
「『なぁに』」
「お母さんの靴、どこに隠したの?」
「ワン」
「『仰っていることの意味がわかりません』」
「そう? ケルちゃんが大好きで、いつも匂いを嗅いでたレインブーツのことなんだけど、ケルちゃんが隠したんじゃないの?」
「ワン」
「『我が身は潔白です』」
「本当ね?」
「ワン」
「『天地神明に誓って』」
「正直に言ったら骨つきチキン買ったげる」
「ワン」
「『そこです』」
明子がククの指差す場所へ行き、地面を掘ってみた。靴が出てきた。
「確かにあったわ」
「ワン」
「『それは僥倖。して、褒美はいついただけましょうや』」
「明日あげる」
「ワンッ」
「『やったーーー』」
「で」
「ワン?」
「『で』」
「しばらくオヤツ抜きね」
「ワン!?」
「『な』」
明子は、ケルベロスの首輪を掴んで犬小屋へ連れて行き、リードに繋いだ。
明子がケルベロスに背を向け歩き出す。
「反省なさい」
「ワンッ」
「『お、お待ちを、妃殿下』」
「ご飯もしばらく安いやつにするから」
「ワン!?」
「『なんと』」
「野菜多めのやつね」
「ワンッ!?」
「『殺生な』」
「おやすみなさい」
「ウオーーーーーンッ」
「『うおーーーーーん』」
ケルベロスの慟哭が住宅地に響いた。
ククは、こいつってバハムートに似てるな、と思いながら明子の後を追った。
◇◆
「ただいまー」
「ただいまー」
玄関扉を閉め、明子とククが帰参したことを告げるが、
「……あれ?」
中からの返事はなく、明子が首を傾げた。
「もう寝たのかしら? ま、いいか。ちょっと待ってて」
明子が先に家へ上がり、お風呂場から水を張った洗面器とタオルを持って戻ってきた。
「はい、これで足拭いてね」
「うん、ありがと」
ククは、上がり框に腰をかけ、足を綺麗にしてからリビングへ向かった。
中に入ると、明子がカウンターの向こうにあるキッチンで、親子丼を電子レンジへ入れて温めているところだった。
室内には明子以外誰もおらず、テレビはパズルのように横になった状態で元の形に組まれていた。
神経質な雄一郎が、バラバラになっているのが嫌で組み合わせたのだった。
明子は、「あの人らしいわね」としみじみ思ったが、ククにはなぜこうなっているのかわからない。
ククは、一度和室へ入り、白銀髪の美少女モードに変化してからリビングへ戻り、電子レンジや水道、コンロについて明子に質問を重ねた。少しして、
チン
コールベルを鳴らしたような音が電子レンジから聞こえ、温め終わったことを告げてきた。
「できたわよ~」
明子がレンジの中から親子丼を取り出し、フタを外し、カウンター前にある四人がけ卓上テーブルへ運び、ククが席に着き、
「わーい! それじゃ、え〜と……あ、そう! いただきまーす!」
武刀が食事の前に必ずやっていた挨拶を真似てから、木製のスプーンを掴み、親子丼をひと匙掬って口へ入れた。
「モグモグモグモグ……ゴクン」
「どう?」
対面に座った明子は、二つのグラスに麦茶を注ぎながら、ククが飲み込んだところを見計らい尋ねた。
「美味しいっ!」
「そう、よかったわ。フフフ」
自分が作ったわけではないが、異世界人に日本の食事を気に入ってもらえて嬉しく思う明子。
「はわわ〜、トロトロ卵と煮た鶏肉の柔らかい弾力が気持ちのいい食感ね。汁のしみたお米も美味しいわ~。パクパクモグモグ」
幸せそうな顔でククが親子丼をかき込んでいく。
「ところで、どうしてククちゃんは親子丼を選んだの?」
ふと気になり明子が聞いた。
「モグモグモグ、ゴックン。バハムートが美味しいって言ってたの」
「むーちゃんが?」
「うん。鶏肉と卵を一緒に調理した親子ドンって名前の鬼畜な料理があるって」
「……あんまり美味しそうには聞こえないけど、そう」
「バハムートの言ってたとおりね。すんごく美味しいわ。パクパクモグモグモグ」
その言葉に嘘はなく、プラスチックの容器に入っている親子丼は、どんどんククの胃袋に収まり、あっという間に残り半分ほどまでに減っていた。
「あらあら、もうすぐ食べきっちゃいそうね。デザートに買ったハチミツパンも、もう温めようか?」
ククの食べっぷりを見た明子が席を立とうとした。
「ああ、いいのいいの」
しかし、ククがそれを止めた。
「どうして?」
「あれは、リィザへのお土産だから」
「リィザ……ああ、むーちゃんを召喚してる人ね」
「うん。リィザってばハチミツパンが大好きだから、お土産に異世界のを持って帰ってあげようと思って」
「そうなの……」
だったら、これからむーちゃんがお世話になる人だし、私も若返りの薬のことでお世話になるだろうから、お高い瓶入りのハチミツも一緒に渡しといてもらおうかしら、などと明子が考えていると、
「ママさん、お湯が沸いてるんじゃない?」
ククが蒸気を吐き出しているヤカンを見て明子に教えてきた。
「あっと、いけないいけない」
明子は椅子から立ち上がり、キッチンへ行ってガスコンロの丸いツマミを捻り、火を消した。
そして、側に置いていたカップラーメンの袋を破り、蓋を開けた。
かやくやスープの素をわざわざ入れる手間のない、そのままお湯を注ぐだけのシンプルなカップラーメンだ。
歩いて走って驚いてとカロリーを大量に消費した明子はお腹が空き、夜食を食べることにしたのだった。




