6.三・七
ピンポーン ピンポーン
輝夫がククと明子に意識を向けつつレジ業務をこなしていると、店の扉が開き一人の客が入ってきた。
両サイドにオレンジ色の三本線が入った白いジャージ姿の、生真面目そうな顔と髪型の男子高校生、武刀の友人でクラスメイト、佐蔵友作だった。
「い、いらっしゃいませ!」
動揺が冷めない輝夫の挨拶が店内に響く中、友作がトレードマークのピッチリとした七・三分けを手で撫でつけながら顔を斜め前へ向け、
「む」
すぐに明子を見つけて、そちらへと歩いて行った。
「こんばんわ、明子さん」
後ろからの声に明子が振り返った。
「あら、サクちゃん」
武刀と友作は、小学校からの友人でお互いの家に何度も遊びに行っているので、明子も友作のことはよく知っている。
「こんばんわ。今日も綺麗な七・三分けね」
「ありがとうございます。三・七ですが」
本人曰く、三に分けてから七を整えるので三・七なのであるが、周りの人にとっては未来永劫どうでもいい。
「サクちゃんもお買い物?」
「いえ、自分は勉強の合間の休憩時間に散歩をしていました」
「そうなの? こんな夜中まで勉強だなんて偉いわねぇ」
「それで、コンビニへ入っていく後ろ姿の美しい女性を見かけて、『あれはもしかして明子さんでは?』と思いまして」
「あらまぁ、お上手だこと」
「それと、その後ろにピッタリとくっついている夜中に体操服を着た裸足の変人が見えたもので、店に入りました」
「……あらまー」
「それがまさか、自分の友人だったとは……」
「……これからも友達でいてあげてね」
「で……」
ピッチリ横分けを手で撫でつけながら友作が武刀を――ククが変化している武刀を見た。
「なぜ武刀は体操服に裸足なんですか?」
「それには色々と事情があるのよ」
明子はその事情を説明しない。
なぜか?
それはもちろん、そのほうがとても面白いことが起こりそうだからだ。
「ふむ……」
友作はアゴをひと撫でして、まったくこちらを向かず、弁当を凝視して唸っている友人の姿をしたククへ歩み寄った。
「武刀」
「う~ん……」
「おい、武刀」
「むむむ~……」
「……おーい」
友作がククの肩をトントンと叩いた。
「ん?」
それでようやくククが友作へ顔を向けた。
「どうして無視する? それとも俺の声が耳に入らないくらい腹が減ってるのか?」
「へ? 何が?」
「俺がさっきから、武刀と呼んでいただろう」
「……アタシのこと?」
「……『アタシ』?」
「あ、そっか。アタシ今バハムートになってるんだった。あいつ、ムトーって名前だったわね。メンゴメンゴ」
「……『わね』?」
「アタシ、ククっていうの。あんた誰?」
「……」
友作が後ろにいる明子へ振り返った。
明子は笑いを堪えながら顔を背けた。
友作が顔を前へ戻した
「……何を言ってるんだ? 何かの遊びか?」
「違うわよ。アタシは今、バハムートに変化してるの」
「お前の姿は、どう見ても人間にしか見えんが?」
「じゃなくて、あんたの友達のムトーになってるの」
「なってるって何だ? お前が武刀だろう」
「だから、アタシはククだってば。ムトーに変化してるクク」
「……」
友作が明子を見た。
明子は声を殺して笑いながら友作に背中を向けた。
友作が顔をククへ戻した。
「ククとは何だ?」
「アタシよ」
「お前は武刀だろう?」
「中身がククなのよ」
「中身とは?」
「中身は中身よ」
「……ふむ。つまりお前は、こう言いたいんだな」
「わかってくれた?」
「私はアホです、と」
「やんのかコラァァァッ!」
「我が拳の前に跪け!」
ファイティングポーズをとる二人。
「はいストップ」
それを明子が止めた。「すみません」と明子が輝夫に謝ってから、
「ブフッ」
一度笑い、
「あ、あのね、この子、異世界から来たのよ」
半笑いで友作へ説明した。
「……異世界?」
「そう、異世界。この子の名前はククちゃんって言って、変身能力を持ってる狐娘なのよ」
言われたククがコクコクと頷く。
「それで今、むーちゃんは異世界にいて、ククちゃんはこっちに遊びに来てるってわけなの」
「……明子さんまで俺をからかうのですか?」
友作が眉を曇らせた。
「いやねぇ、そんなことしないわよ。私も聞いたときはビックリしたんだけどね、これが本当だったのよ」
「武刀が別人だという話もそうですが、異世界だなんて到底信じられません」
「そうよねぇ。……でも、最近のむーちゃんって、何か様子がおかしいと思うところなかった? 『僕、異世界に行ってるんだ』とか言ってなかった?」
「……」
それはあった、と友作はピッチリ横分けを撫でつけながら思い出す。
二週間ほど前、初老の男がお尻を痛そうに押さえながら教室へ入ってきたかと思ったら、それは武刀だった。
そして、理由を聞くと、「実は、異世界に喚ばれててさ」なんて答えが返ってきた。
もちろん信じなかったが、その後も毎日疲れた顔をしていたし、今日もあいつは学校で、異世界云々と話をしていた。
てっきり、疲れている理由を言いたくなくて、異世界という言葉を使ってはぐらかしているのだと解釈していたが、まさか本当のことなのだろうか……。
「はぁ~、その顔は信じらんないって顔ね」
ククが友作の表情を見て、ため息を吐き肩をすくめた。
「しゃーない。バハムートには頼まれてないけど、あんたにアタシが異世界から来たって証拠を見せたげるわ」
証拠……証拠か……。
友作の頭に一つの考えが浮かんだ。
「えーと……」
ククがハーフパンツのポケットを探り煙の護符を取り出そうとした。しかし、
「待った」
友作がそれを止めた。
「その証拠、俺のやり方で証明してもらっていいか?」
自分なりに試してみたいことがあったからだ。
「いいけど、どうすんの?」
「武刀……ではなく、ククと言ったな」
「うん」
「ククの世界に電力はあるか?」
「……何でみんなそれ聞くの?」
「あるのか? ないのか?」
「ないけど」
「では」
友作が人差し指を上向けた。
「見ろ。どうして天井が光ると思う?」
「でんとうがあるから」
「……では」
友作が店内を見渡した。
「この室内、とても涼しいだろう? どう思った?」
「えあこんがあると思った」
「…………では」
友作が携帯電話を取り出し音楽を流した。
「どうだ? 音が出ているだろう」
「あ、すまほ」
「お前は一体何がしたいんだ?」
「こっちが聞きたいんだけど」
「……明子さん」
友作が明子を見た。
「ごめんなさいね。それもう私がやったの」
友作がククへ顔を戻した。
「何が面白いのかわからんが、もうやめておけ」
「別に面白いとかじゃ」
「そもそもだ、百歩譲ってお前が本人でなかったとしても、親友の俺ならすぐに見抜ける」
武刀が聞いたら喜びそうな、でも悲しみそうなことを言って、友作は明子に、
「失礼します」
頭を下げ、さっさと出口へと歩いて行き店を出た。
「おやすみなさ~い」
明子がその背中へ手を振った。
「ありゃりゃ。怒ったのかな?」
少しばかり申し訳なく思いながら、ククが明子を見た。
「大丈夫よ」
「そう?」
「二、三日ウチをピンポンダッシュしたら気がすむでしょ」
「ぴんぽんダッシュって何?」
……
友作が出て行った後、ククは明子に食料品の説明をしてもらいながら、最終的に親子丼とハチミツパンを選び、明子がレジでお金を払って二人はコンビニを後にした。
「……」
明子たちの話をずっと聞いていた輝夫が、興味津々な目で見送っていることに気づくことなく。




