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5.こんびに

「二十五円のお返しになります」


 釣り銭とレシートを手渡し、お客様がそれを財布へしまうのを待って、


「こちらお品物です」


 牛乳の入ったビニール袋も手渡し、


「ありがとうございました」


 輝夫は、しっかりと笑顔で頭を下げた。

 いつでも笑顔でハキハキと。

 コンビニアルバイト店員、私立大学二年生杉山輝夫(すぎやまてるお)は、そのことをとても大切にしていた。


 ドのつく田舎から出てきた自分に、親身になって色々と教えてくれる優しいオーナーのためにも、輝夫は今日も笑顔で丁寧な接客を心掛けていた。


「……(ペコリ)」


 袋を受け取り、輝夫を見て無言無表情で小さく会釈を返す、デニムのカプリパンツに七分丈の水色カーディガンを着た、艶のある黒髪ストレートロングの美少女。

 長いまつ毛に縁取られた、笹の葉のような形をした涼しげな目が魅力的で、少し視線が重なっただけでも女性慣れしていない輝夫の心臓は心拍数を上げてしまう。


 時折この店で見かける少女の名は、小早川皐月(こばやかわさつき)

 高校二年生で、趣味は読書という情報を、輝夫は彼女を知る仕事仲間のおばちゃんから聞いていた。


 見た目も中身も平々凡々で女性と縁のない大学生活を送り、さらに言うなら女性と縁のない二十年間を送ってきた輝夫である。

 それでも、いつかはこんな美人と付き合える日が来るといいな、と自分の明るい未来を思い描きながら、出口へと歩いていく皐月の背中を見送るのだった。


 皐月が両開きドアの片側を押し開け外へ出る。

 とそこへ、皐月の足元をすり抜けるようにして、一匹の小動物が店の中へ駆け込んできた。


「!?」


 皐月は驚きドアを開けたまま店内へ振り返り、輝夫も、


「ほわっ!?」


 突如来店した珍客に素っ頓狂な声を上げた。

 何でポメラニアンが店の中に……?

 戸惑う輝夫の目の前で小動物は急ブレーキをかけて止まり、辺りをキョロキョロと見回した。その様子に、


「(ははぁ、きっと首輪が外れて逃げ出して、ここへ迷い込んだんだな)」


 そう状況分析をした輝夫は、店内で暴れる前に捕まえようとレジカウンターを出てそ〜っと近づき、


「何じゃここーーーーーーーーーーっ!」


 足を止めた。

 小動物が喋ったからである。

 輝夫がポメラニアンだと勘違いした相手はククだった。


「チョーすずしー! これってえあこんの力ね! 音楽も聞こえるじゃない! 天井に音楽隊がいるんだわ! はわわわ〜。たくさんいい匂いがする〜。すんごくいい匂いがするよ〜。クンクンクン」


 冷房に驚き、有線放送に驚き、次いで鼻をヒクヒク動かしながらうっとりとした表情になるクク。

 その近くにいる輝夫は、彫像のごとく固まっていた。

 輝夫だけではない。

 何だ何だ? とレジ前に集まってきた輝夫以外の店員、店の中にいた数名の客、店の出入り口に立っている皐月も動きを止め、ククに注目していた。それに気づいたククが、


「……んあ? 何よ?」


 店にいる人達を見渡した。

 そこでようやく輝夫が意識を取り戻したかのようにパチパチと瞬きを繰り返し、


「……ポ、ポメラニアンが喋った」


 口を開いた。


「ポメラニアンって言うな!」


 怒られた。


「まったく、どいつもこいつもポメラニアンポメラニアンって! あんた達の目はフシ穴なの!? どこをどう見ても狐にしか見えないでしょうが!」


 右前脚でフロアタイルをペシペシ叩きながら、溜まっていた怒りをぶちまけるポメラニアンのような狐のクク。

 そんな小動物に怒られている二十歳の杉山輝夫。

 なぜ俺は、ポメラニアンに怒られているのだろう?

 いや、それよりも、どうしてポメラニアンが喋ってるんだ?

 まさか、俺の大好きな異世界系の小説のように、ファンタジー世界からやってきたなんてわけないだろうし。

 輝夫が言葉もなく、目の前で起きていることの答えを探していると、


「ククちゃーーーーーん!」


 明子が怒れる狐の名前を呼びながら、ドアを開けたまま突っ立っていた皐月の前を通って店の中へ駆け込んできた。

 明子は、ククの側で急停止し、その白銀色の体毛に覆われた体を抱き上げ、


「オホホホ」


 周囲に笑顔を振りまき、


「ゴメンあさーせ!」


 走って店を出た。

 その場にいた全員が、それを呆然と見送った。



 ◇◆



 コンビニ裏の路地。

 ククを抱えて店から逃げ出した明子が、膝に手をつきゼイゼイと荒い呼吸を繰り返していた。


「どしたの? なんでお店出てきたの?」


 道路にお座りし、明子を見上げてククが尋ねた。


「はぁ、はぁ、あ、あのね、お店はね、はぁ、はぁ、ぺ、ペットの入店、はぁ、はぁ、き、基本禁止なの」


「アタシ、ペットじゃないけど」


「ど、動物は、はぁ、はぁ、ダ、ダメなの」


「人間しか入っちゃダメってこと?」


「そ、そう、はぁ、ふぅ、つ、ついでに、大声と、はぁ、て、店員さんへの、はぁ、ふぅ、お、お説教も、禁止ね」


「そなの? 失敗失敗」


 お座りの姿勢でペロリンチョと舌を出すクク。


「はぁ、はぁ、ふぅ〜」


 ようやく呼吸が落ち着いてきた明子が上半身を起こした。

 四十過ぎた体に突然の全力疾走はキツいわ、などと己の年齢を実感しながら。


「それとね、こっちの世界の動物は人間の言葉を喋れないの」


「ホントに? ま、アタシの世界でも珍しいけど」


「あら、そう?」


 てっきり異世界の動物は、だいたい喋るものだと思っていた明子である。


「でね、狐のままでククちゃんが喋ると目立っちゃうから、また女の子戻ってくれる?」


「わかった。んじゃあ、後ろ向いといて」


「どうして?」


「変化する過程が気持ち悪いから見せないようにするためよ。普段は煙の護符を使って変化中の体を隠してるけど、いちいち使うのもったいないし」


「ふ~ん」


 変化の時に出ていた煙は、その煙の護符とやらを使ったものだったのだろうと推測する明子。


「じゃあ……」


 と明子はククに背中を向けようとして、


「(……待てよ)」


 途中で動きを止めた。

 夜中にダボダボの体操着を着た白銀髪美少女というのも、それはそれで目立つと気づいたからである。


「どうしたの?」


 動かなくなった明子を見て、ククが聞いてくる。


「あ」


 その白銀狐に目を向け、明子がひとつ思い出した。


「ククちゃんて、色んなものに変化できるって言ってたわよね?」


「うん」


「むーちゃんにもなれる?」


「なれる」


 なんでもないことのように首を縦に振ったククを見て、ならばと明子がククヘ提案する。


「だったら、むーちゃんに変化してくれる?」


「別にいいわよ」


 ククとしてはどちらでも良く、とにかく早いとこコンビニへ入りたいので、素直に意見を呑んだ。


「じゃあお願いね」


 言って明子が後ろを向いた。

 それを見てククが集中力を高めて、頭の中に武刀の姿を思い描き、


「『変化』!」


 短い呪文を唱えた。

 そして、約十秒後、


「もういいわよ〜」


 との声に明子が振り返り、そこに見たものは、


「あら!? あらあらまぁまぁ」


 街灯に照らされる中、フルチンで夜の路上に立つ変質者だった。息子だった。


「どう? 完璧でしょ?」


 ククが腰に手を当て胸を張った。

 チ◯ポコがブラリと揺れた。


「ええ、どこからどう見てもむーちゃんだわ。声も本人になるのね」


「もちろん」


「スゴイわね〜……」


 武刀モードのククを上から真ん中まで、下から真ん中まで眺めて感嘆の声を漏らす明子。

 あの子ったら随分と立派な『息子』になったのねぇ、という意味もある。


「フフ、アタシの変化にぬかりはないわ」


「『アタシ』……」


 外なのに裸で胸を張り威張っているオネェな喋り方の我が子。チ◯ポコ丸出し。

 明子は、笑えるんだけど笑ってる場合じゃない、でもウケるという複雑な心境だった。


「ママさん、服ちょうだい。早くこんびにに行きましょ」


「え、ええ、そうね」


 明子は、持っていた体操着をククヘ渡し、


「あ、靴持ってくるの忘れたわ」


 そこで初めて気づいたが、


「靴くらいなくてもいいわよ」


 ククが気にしなかったので、服を着て準備完了。

 明子が先頭に立ち、二人は再びコンビニへと向かった。



 ◇◆



 ピンポーン ピンポーン


「オホ、オホホホホ……」


 コンビニのドアが開いてウェルカムの音を鳴らし、明子が引きつった笑顔で再来店。

 明子につづいて、


「どーもー」


 ククが朗らかな笑顔で入ってきた。

 ただ、中身はククだがその見た目は、これといって特徴のない普通の容姿をした男子高校生、羽場家長男の武刀に変わっているが。


 二人を目にしたレジにいる輝夫は、


「いら……しゃいませ!」


 一瞬詰まったものの、元気よく笑顔で迎えた。


「さっきはごめんなさいね、オホホ」


「アタシよくわかんなくてさ。騒いで悪かったわね」


 謝る明子と武刀モードのククに、輝夫は、


「いえ、お気になさらず。ごゆっくりどうぞ」


 笑顔を崩すことなく返した。

 そんな輝夫の反応に明子は心の中でホッと胸を撫で下ろした。

 何も聞かれなかったことと、店員の愛想がいいのでコンビニといえば必ずここを利用しているためこれからも来れる、という安堵だった。


 輝夫は聞きたかった。

 もちろん喋るポメラニアンについて。

 しかし、聞くわけにはいかなかった。

 明子は、たまに見かける常連さんであり、ヘタなことを聞いて二度と来店されなくなると困るし、お客様の内情に深入りするものではない、という意識が働いたからだ。

 あと、明子の側にいる、半袖半パンの体操着姿でオネェ言葉を操る裸足の男が不気味だったという理由もある。というわけで、


「(……なぜあの男が謝るんだろう?)」


 武刀に変身しているククのセリフに、内心首を傾げながらも、輝夫は二人を注視するにとどめた。


「おお〜、見慣れないものだらけね〜」


 ククが高くなった視点で店内を観察する。

 明子はその横で、ククの様子を見守ることにした。


 店内は、入ってすぐの左側にレジがあり、そこから右奥へと広がっている構造で、漢字の『目』を横に伸ばしたような通路の合間、壁際に商品が並んでいる。


 ククはまず、外に面した窓側通路の左右にある陳列棚の商品をドアの前から眺め、しばらくして前へ数歩移動し、次の通路の左右にある陳列棚、さらに前へ進み、次の通路にある陳列棚の商品をレジ前から眺め、そして、


「ムフフ……」


 いい匂いを漂わせているレジカウンターに設置された販売什器、奥の通路の陳列棚にある弁当へ目を向けた。

 気になるものは多々あれど、夜も遅いし、お店が閉まる前に食べ物を買い、他の商品はまた今度来た時に見ようとククはプランを立てていた。

 ククは、二十四時間営業ということを知らない。


 ククがレジ前、弁当、総菜、パンと流し見て行く。

 そんな中、ククは棚にあるパンを一つ掴み、じーっと見つめてから明子へ尋ねた。


「ねぇ、ママさん。この透明な袋って何?」


「それは、ビニール袋って言うのよ」


「ふ~ん。ここに書いてあるのって文字?」


「ええ」


「何て書いてあるの?」


「『日本一のモチモチ食感』だって」


「ニッポンって何?」


「この国の名前ね」


「へ〜。ここってニッポンっていうのか」


 ……


「……」


「店員さん」


「……」


「店員さんてば」


「……え? ……あ!」


 レジにいる輝夫の前に、客が商品を持って立っていた。

 明子とククへ目を向け、会話に聞き耳を立てていたため、輝夫は気がつかなかったのだ。


「し、失礼しました! いらっしゃいませ!」


 あわてて商品を受け取る輝夫。

 しかし、その手は震えていた。

 明子とククの会話に驚きを禁じ得なかったのだ。


 彼が着ている服は、確かここからそう遠くない場所にある高校の体操着。

 その容姿からしても高校生なのは間違いないだろう。

 なのに、ビニールを知らず、文字を読めず、あまつさえ自分がいる国の名前を知らない、そんな人間がいるのか、と。

 なのに、日本語は流暢に話せるなんて、そんなのまるで、俺の大好きな異世界ものの小説の中の住人みたいじゃないか、と。

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