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4.外

「これがアタシの本来の姿よ」


 二人を見上げてククが話しかける。

 そんな喋る狐を見た親子は、


「「……」」


 目玉が零れ落ちそうなほどまぶたを開いて驚き、明子が思ったことを口に出した。


「……ポ、ポメラニアンが喋った」


「ポメラニアンじゃないわよ!」


 ククに怒られた。優子も思ったことを口に出した。


「キ、キツネさんだーーーーーーーーーーっ!」


 ただし、こちらは正解。


「あら、ユーコはアタシが狐だってわかるのね。偉いわよ。ご褒美に尻尾モフモフさせたげる」


「わーい!」


 優子は、すぐさま尻尾に飛びついた。


「ふわ~~~~~、モフモフだ~~~~~。モフモフ~~~、モフモフ~~~」


 サラサラふんわり尻尾に顔をうずめてモフりまくる優子。


「モフモフ~~~」


 むしゃぶりつくようにモフり、


「モフモフ~……」


 モフり、


「……ぐー」


 寝た。


「あらあら、しょうがないわね、ウフフ」


 それを見たククが、母親のようなセリフを言って優子の頭を前脚でポムポムなでた。

 一方、本物の母親である明子は、頭の中がこんがらがっていた。

 異世界からやってきた見ず知らずの娘っ子が魔法のような紙を使ってテレビを切り刻み、動物と話し、さらにその正体はポメラニアンのような狐だった。

 あり得ないことの連続に、頭が情報を処理しきれないのだ。

 こんな非現実的なこと、もはやただの主婦である自分には対処しきれない。そう考えた明子は、ソファにあるスマホに手を伸ばし、電源を入れ、操作し――


「はい、チーズ」


 カシャ


 写真を撮った。

 考えることをやめ、そういうもんだと受け入れることにしたのだった。


「ククちゃん、何かお話しして〜」


 さらに動画撮影。

 ククのふわふわ尻尾を抱いて寝ている我が娘というラブリーな画を心ゆくまで撮ることにした。


「何話せばいいのよ? てか、何してんの?」


「動画を撮ってるのよ」


「どーが?」


 ククがくりんとキュートに首を傾げ、明子が説明しようとしたところで、


「ただいまー」


 玄関扉が開く音の後、男の声が家の中に響いた。雄一郎が帰ってきたのだった。

 声を聞いた明子が動画撮影を中断し、寝ている優子を抱き上げ、リビングを出て玄関へ向かった。


 そこでは、ネイビーカラーのビジネススーツを着た、ほぼ禿げ上がった髪を短く刈り込んだ男、武刀と優子の父、羽場雄一郎が玄関から上がり、明子たちに背を向け、いつもの決まった場所に脱いだ革靴をキッチリと揃えて並べているところだった。


「おかえりー」


 明子が後ろから声をかける。


「ただいまー」


 雄一郎が振り返り答える。


「おかーりー……」


 寝ぼけ眼の優子が声をかける。


「ハハ、ただいまー」


 雄一郎が笑顔で娘に答える。


「おかえんなさい」


 狐が声をかける。


「うん、ただい…………」


 雄一郎が止まった。


「…………………………え?」


 雄一郎は、たっぷりとククを凝視し、


「……ポメラニアンが喋った」


 ボソリと呟いた。


「ポメラニアンって言うな!」


 怒るクク。


「……えぇ〜」


 混乱している雄一郎。


「……」


 笑いをこらえている明子。


「……あの」


 と、雄一郎は明子へ顔を向け、


「コレ、何?」


 ククを指差して聞いた。しかし、明子は何も答えず、


「コレとは随分じゃない。アタシはククよ。よろしくね」


 ククが挨拶をしてシュタっと右前脚を上げた。


「あ、ああ、こりゃどうも。私は、羽場雄一郎と言います」


 雄一郎もシュタっと右手を上げた。

 そして、手を上げたまま、


「……え?」


 明子を見た。

 説明を求めてだ。

 しかし明子は答えない。

 なぜか?

 目を白黒させている旦那が面白いからだ。


「あ、あの、ホント何なのコレ? モニタ◯ング?」


 首を周囲へ巡らせてカメラを探し始める雄一郎。


「あ、でもモニタ◯ングだったら、気づいてないフリをしたほうがいいのか」


 変な気を使いはじめた。


「家入るところから撮り直します?」


 ククに提案してる。


「ブフッ」


 明子はたまらず吹き出した。


「え? ち、違うの?」


「アハハハハハハハハハハッ」


 明子は、戸惑っている雄一郎に優子を預け、腹を抱えて笑った。

 その様子を見て、明子が何も喋らなかった理由がオタつく旦那の反応を楽しむためだと理解したククが、


「はぁ~。何やってんだか……」


 ため息を吐いて首を左右に振った。



 ◇◆



 雄一郎に優子と留守を任せることにして、明子はスウェットパンツをスキニージーンズに穿き替え、グレーのジップアップパーカーを羽織り、財布とスマホ、ククが着ていた体操着を持ち、


「今日はむーちゃん異世界に泊まるから。テレビとククちゃんのことは後で説明するわね。コンビニ行ってくるわ」


 と言い置いて、


「異世界? テレビ?」


 混乱の只中にいる旦那様を残して、ククと一緒に玄関前アプローチへ移動し、扉を閉めた。

 ワンワンッと吠えながら駆け寄ってきたケルベロスに、ククが、


「ポメラニアンって言うな!」


 怒り、


「アタシは狐よ。変化することができる狐なの」


 ケルベロスへ説明した。


「ワン……」


 納得したように大人しくなったケルベロス。

 それを見てククが、


「そんなことないわよ、ウフフ」


 謙遜した。


 会話の内容はまったくもって不明だが、話がついたようなので、明子は門扉を開け、一人と一匹は外へ出た。


「……へぇ~」


 道路に四つ足で立ち感心したような声を上げ、アスファルトをペシペシ前脚で叩いているククを、


「こっちよ」


 明子が促し、夜になっても暑さが引かなくなってきた梅雨が明けたばかりの町中を歩き出した。


「今からどこ行くの?」


 明子の隣でちょこちょこと足を素早く回転させながらククが尋ねた。

 明子は、その姿を愛らしく思いつつ、気持ち歩く速度を緩めて、


「コンビニよ」


 目的地を告げた。


「こんびにって?」


 初めて聞く名前にククが首を傾げた。


「ん~とね、とっても便利で、生活に必要なものは大抵そろってるお店ね」


「へぇ~」


「そこで、ククちゃんのお夜食を買いましょう」


「夜食!? 食事!? やった!」


「もちろん、お金は私が払うから、好きなのを選んでね」


「ありがとうっ、ママさん! どんなところか超楽しみ!」


 私もククちゃんのリアクションが楽しみよ、フフフ。とは、明子の心の声だ。


 コンビニまでの道中は、ククから明子への質問攻めだった。


 「あれ何!?」「これ何!?」「それ何!?」と驚きまくるククに、「車っていってね――」「自動販売機っていってね――」「ボルゾイっていってね――」と明子が説明してあげた。

 そのため、通常なら十分ほどの道のりを倍の時間かけて、ようやくコンビニ全体が見渡せる交差点までやってきた。


「この赤く光ってるのは何?」


「信号っていって、前にある信号を見て、赤く光ってる時は道を渡っちゃダメなの。青……じゃなくて、緑なら進んで良し」


「ふむふむ」


 明子の説明にククがコクコク頷く。


「そして……」


 明子が()()を作り、


「そして?」


 ククが聞き、


「あちらに見えるのがコンビニです!」


 交差点を渡って、右へ百メートルほども進んだ先にある、黄色い看板のお店。

 ククの右側に立ち、視界に入らないよう隠していた明子が一歩後ろに下がり、そのお店をバスガイドさんのように手で示した。


「えーーーーーーーーーーっ! 何あれ!? 超光ってる! 超眩しいんだけど!?」


「うんうん」


 ビックリ仰天なククを見て、明子が満足そうに頷いた。


「は、早く! 早く行きましょ!」


 興奮を隠しきれないククが、その場でぴょんぴょん飛び跳ねる。


「待って待って。今言ったように、道を渡るのは信号が緑になってからよ」


「早く緑になれ! 早く緑になれ!」


「あ、でも、お店に動物は入れ」


「緑になったーーーっ!」


 クク、ダッシュ。


「ないから……ってうおぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!」


 明子も遅れてダッシュ。

 全速力でククを追った。


「ククちゃん待ってーーーーーっ!」


「お店で待ってるーーーーーっ!」


「そうでなくーーーーーっ!」


「ひゃっほーーーーーっ!」


 ククがスピードを上げた。

 小さくてもそこは獣。

 明子はどんどん引き離される。

 コンビニの前までやってきたククは、駐車場を突っ切り、ドアを開けて店から出てきた女性客の足元をすり抜け、店内へ走り込んだ。

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